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米韓が合意した「核協議グループ」、韓国がアメリカの核運用に関与できるという幻想

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
アメリカのバイデン大統領(右から2人目)と会談するため、訪米した韓国の尹錫悦大統領(左から2人目)。両首脳はそれぞれの夫人とともに歓迎セレモニーに臨んだ
アメリカのバイデン大統領(右から2人目)と会談するため、訪米した韓国の尹錫悦大統領(左から2人目)。両首脳はそれぞれの夫人とともに歓迎セレモニーに臨んだ=米ホワイトハウス、ABACA via Reuters

ワシントンで4月26日(現地時間)、バイデン米大統領と韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領による首脳会談が行われた。尹氏は韓国大統領として12年ぶりの国賓訪問になった。会談後に発表された共同声明を見れば、米国が全力でもてなした理由がよくわかる。最先端半導体の供給網再編などで、米国は韓国への圧力を緩めなかった。何よりも、韓国が最も望んだ核抑止力への影響力拡大という悲願は、ほぼ現状維持という結果に終わったからだ。(牧野愛博)

経済交渉、韓国は「成果」乏しく

尹錫悦政権は今回の訪米を、1年後に迫った総選挙に向けた「起爆剤」に位置づけていた。徴用工問題などを解決に導いた3月の日韓首脳会談は、進歩・野党陣営から「売国外交」とたたかれた。韓国世論調査会社リアルメーターによれば、尹氏の支持率は3月第1週には42.9%あったが、日韓首脳会談を巡る批判の高まりなどを受け、4月第2週には33.6%まで落ち込んだ。

訪米前のロイター通信とのインタビューで、中国・ロシアとの対決姿勢を宣明にしたのも、保守層を結集し、無党派・中間層に支持を広げる狙いがあった。

そのうえで尹政権は、米韓首脳会談の成否は経済と安全保障の両分野にわたり、韓国市民の不安をどれだけ解消できるかにかかっていると判断していた。

経済面では「IRA」と「CHIPS」の例外扱いが通るかどうかが焦点だった。IRAはインフレ抑制法(Inflation Reduction Act)、CHIPSは半導体関連法(CHIPS and Science Act)、ともにバイデン政権が力を入れる法律だ。IRAにはインフレ抑制と共に気候変動対策などを迅速に進める政策が盛り込まれている。米政府が今月17日に発表した電気自動車(EV)への補助金支給対象車種は、すべて米国メーカー製だった。韓国製は日本やドイツと共に支給対象から外れた。自動車は韓国の対米輸出の主力の一つで、打撃は大きい。

CHIPSは、中国との最先端半導体競争に勝利するため米国産業の育成などを目指す。韓国のサムスン電子など半導体メーカーが米国からの補助金を受ける場合、中国への投資が制限されたり、企業秘密を米政府に知られたりする可能性が指摘されている。

共同声明には、IRAと半導体科学法に関する韓国企業の懸念を緩和するための米国と韓国の最近の努力への評価や、「相互互恵」という言葉が盛り込まれた。韓国企業への影響を最小限に抑える狙いが読み取れるが、韓国自動車メーカーがEVの補助金支給対象になったわけでも、韓国半導体企業の中国投資が自由になったわけでもない。

韓国の専門家の一人は「今回のワシントン宣言は、韓国版プラザ合意*)になるかもしれない」と恐れる。

核協議グループ、合意したものの……

そして、尹政権は安全保障面では、韓国内で燃えさかる「独自核武装論」の鎮火に必死になった。北朝鮮による相次ぐミサイル発射や核開発のため、韓国内では6、7割が核武装に賛成している。尹政権のブレーンによれば、米韓同盟を強化すべきだと考える国家安保室は核武装や核の共有という考え方は取っていない。

ただ、尹大統領は国民の支持率も考慮し、世論を簡単には無視できないという考えを周囲に漏らしていたという。このため、国家安保室の金泰孝第1次長が今月訪米し、米国の「核の傘」を含む拡大抑止力を強化する案について協議を重ねていた。

ワシントン宣言は、拡大抑止を巡る新たな協議体「核協議グループ(NCG)」の創設が盛り込まれた。では、韓国は北朝鮮から核攻撃されたとき、米国の核報復攻撃に影響力を発揮できるようになったのだろうか。尹大統領は記者会見で「米国と韓国は、核および戦略兵器の運用計画に関する情報を共有し、韓国の高度な通常戦力と米国の核戦力を組み合わせた共同作戦を共同で計画および実施する方法について定期的に話し合い、その結果を両首脳に報告する」と述べた。

だが、様々な公開情報や政府当局者等の証言に基づいて考えれば、何も変わっていない。何よりも、バイデン大統領が「核の運用に関する情報を共有する」と発言したわけではない。変わったことは、米国を信じるための機会や対話の種類が増えたに過ぎない。

米国は過去、日韓に対し、「日本や韓国が核攻撃を受ければ、米国は必ず核の報復攻撃をする」と確約してきた。北朝鮮が2006年に初めての核実験を行ったことを受け、日本は2010年から、韓国は2011年から、それぞれ米国と定期的に拡大抑止協議を行ってきた。

日韓に、米国の核搭載ICBM(大陸間弾道弾)発射基地や戦略原子力潜水艦内部などの視察を認めたり、机上演習で、様々なケースごとに米国の意思を確認したり、日韓の希望を具体的に聞き取ったりしてきた。米政府関係者は当時、「極秘の施設を見せたのは、私たちの拡大抑止にかける決意を日韓に知らせるためだ」と語っていた。

ただ、それはあくまでも「意思の確認」であり、作戦計画の共有ではなかった。また、評論家の故岡本行夫さんは回顧録「危機の外交 岡本行夫自伝」(新潮社)で、1987年夏に米ノースダコタ州の戦略空軍基地で核トマホークミサイルを搭載したB52戦略爆撃機の運用を視察したことを明らかにしていた。岡本さんはICBMなどが配備されたワイオミング州の空軍基地を訪れ、ワシントン州の海軍基地では戦略原潜の内部も視察したという。何のことはない、米国は半世紀近くにわたって、同じ事を繰り返してきたに過ぎない。

岡本行夫氏
岡本行夫氏=2016年3月、東京都港区、竹花徹朗撮影

日本や韓国の一部には、北大西洋条約機構(NATO)の核共有にあこがれる声もある。ただ、米ローレンス・リバモア国立研究所グローバルセキュリティリサーチセンターのブラッド・ロバーツ所長は、NATO核企画部会について「企画という言葉には非常に広い意味がある。それは、どの航空機で(共有しているB61核爆弾を)運び、どの標的を攻撃するといった軍事作戦計画の作成を意味しない。それを行うのは(米欧州軍司令官が司令官を兼務する)欧州連合軍最高司令部だ」と語る。

おそらく、尹大統領が26日の会見で語った「共同計画の協議」も通常兵器に限られ、核戦力については米国だけの機密扱いにするとみられる。

東京外国語大学の吉崎知典特任教授によれば、NATOの一部加盟国に配備された米軍のB61核爆弾を使う場合、NATOの核企画部会での合意と、核保有国である米英両首脳の同意が必要になる。吉崎教授は「仮に、欧州のNATO加盟国がB61核爆弾の使用を求めても、米国は拒否できる。逆に欧州側が共有したB61核爆弾の使用を拒んでも、米国はNATOに配備していない核兵器を使える」と語る。

核兵器は、公式には国連常任理事5カ国(P5)だけが保有を許された、いわば戦後秩序の象徴だ。米国が26日の米韓首脳会談で、その権限を一部たりとも韓国に渡す約束をしたとは考えにくい。米国は、尹錫悦大統領を、バイデン大統領夫妻主催の公式晩餐会(ステート・ディナー)や上下院合同会議による演説など、最大級のもてなしで遇し、米韓同盟70周年を祝った。すでに訪米前から、尹政権の外交ブレーンの一人が予想していた「難しい交渉が多いため、抽象的な表現で華やかさだけを演出する合意」になった。

ただ、日本も「対岸の火事」として傍観できない。多数の北朝鮮や中国の核ミサイルの射程に入っているからだ。折木良一元統合幕僚長は「日本が緊急時に核搭載米艦船などの一時寄港を認める方針を決めれば、新たな核抑止力になる」と語る。

現状では、周辺国が「非核三原則だから、日本は核抑止力を巡る意思決定に関与しない」と受け止めているからだという。折木氏は一時寄港を認めることにより、「主権国家として米国との間で核抑止を巡る政策判断に関与できるようになる。最終判断は米国になると思うが、核兵器の使用計画や訓練、意思決定プロセスなどへの関与は重要だ」と語った。