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「核使用は厳格に」を見送ったバイデン政権 ロシアの「核の脅迫」波紋は世界に

揺れる世界 日本の針路
旧ソ連の弾道ミサイル「SS-20」と米国の「パーシングⅡ」
ワシントンの米航空宇宙博物館には、「冷戦終結」の象徴として、INF条約で米ソが廃棄に踏み切った旧ソ連の弾道ミサイル「SS-20」(中央左)と米国の「パーシングⅡ」(同右)が並んで展示されている=2019年2月、ランハム裕子撮影

NPRは当初、1月にも発表されるとみられていた。日米関係筋によれば、ウクライナ情勢に影響を与えないよう、「国家防衛戦略(NDS)」やNPRなどの戦略文書の発表を見合わせていた。同筋は「3月末までに国防予算を議会に提出する必要があり、NDSやNPRの概要の発表に踏み切った」と語る。

このところ世界では、核兵器をめぐる動きが続いている。ウクライナ情勢を巡っては、ロシアのプーチン大統領が2月27日、戦略核を運用する部隊を特別態勢に置くよう、ショイグ国防相らに命じた。北朝鮮も1月、核実験や大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射実験のモラトリアムを破棄する方針を発表した。

概要には「安全かつ効果的な核抑止力と、強固で信頼性のある拡大抑止に対する約束を維持することが最優先事項だ」との文言が明記された。果たして、NPRの概要には日米の学者や市民団体などが求めていた「核の先制不使用」も、核兵器の目的を核攻撃の抑止と報復に限る「核の唯一目的化」も盛り込まれなかった。

吉崎氏は「バイデン大統領もオバマ元大統領も、核への依存を減らそうとしてきました。ロシアが2014年にクリミアを併合したときも、オバマ政権は北大西洋条約機構(NATO)諸国への拡大抑止を強調し、国防費のGDP(国内総生産)比2%公約の実現を要請しつつも、エスカレーション戦略は求めませんでした。この点、トランプ政権とは大きく異なります。プーチン大統領がウクライナ侵攻を決断した背景の一つには、バイデン氏の核に対する慎重な姿勢があったのかもしれません」と語る。

ロシアによる「核の脅迫」の結果、バイデン政権は「危機を高めないため、核の使用になるべく触れない」とする従来の政策の修正を迫られた。そればかりか、「ウクライナ・ジレンマ」にも直面した。吉崎氏は「ウクライナは米国の同盟国ではありませんが、ウクライナが攻撃を受けると、その隣にある米国の同盟国が安全保障上の影響を受けるというジレンマです」と語る。

ロシアによるウクライナ侵攻後、バイデン大統領もブリンケン国務長官も、ウクライナを念頭に「(同盟国に加えて)パートナー国の死活的利益を守る」目的でもエスカレーションの可能性を強調し始めた。吉崎氏は「結局、トランプ前政権の方針に回帰したことを意味します」と説明する。

防衛研究所の吉崎知典氏
防衛研究所の吉崎知典・研究幹事(本人提供)

トランプ政権が18年に発表したNPRには、核を搭載した潜水艦発射巡航ミサイル(SLCM)の開発が盛り込まれていたが、今回のNPR概要版では、この方針はキャンセルされた。吉崎氏は「今回のウクライナ危機とは直接関係がない」という。吉崎氏によると、バイデン政権はウクライナ危機の前から「核への依存を減らす政策の象徴」を模索しており、その象徴としてSLCM開発放棄を目指していた。

米国はトランプ政権下のNPRに従って、新型の核を搭載できる潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)「トライデント2」(射程1万3千キロ)に低出力の核弾頭を搭載できるよう改修した。原子力潜水艦に装備されるトライデント2は秘匿性が高く、非脆弱な戦略核として運用できる。これを新たな基盤として確保しておけば、SLCM開発を見送ってもバランスがとれると思われる。

吉崎氏は「SLCMの開発費は31年までで100億ドル(約1兆2400億円)もかかるとの試算もあります。トライデント2があれば、核を搭載したSLCMに依存しなくても問題ないと判断したのでしょう」と語る。

核をめぐる波紋は、日本にも広がっている。ロシアによる「核の脅迫」を契機に、安倍晋三元首相が2月、NATOが実施している「核共有」について、日本でも議論を行っていくべきだと訴えた。

NATOの「核共有」とはどんなものなのか。吉崎氏は「非常に限定されたものです」と指摘する。

吉崎氏によれば、NATOの一部加盟国に配備された米軍のB61核爆弾を使う場合、NATOの核計画部会での合意と、核保有国である米英両首脳の同意が必要になる。「仮に、欧州のNATO加盟国がB61核爆弾の使用を求めても、米国は拒否できます。逆に欧州側が共有したB61核爆弾の使用を拒んでも、米国はNATOに配備していない核兵器を使えます。NATOは同盟としての核抑止、政治的な責務、政策決定メカニズムを共有していますが、米軍のB61核爆弾そのものを共有しているわけではありません」

ただ、吉崎氏はNATOが6月に発表する予定の戦略概念の内容に注目している。「ウクライナ危機を契機に、米国による拡大抑止の概念が広がっています。欧州側の加盟国のなかに、核の共有について関与を更に強めたいという考えが出てくる可能性があります」

ブリュッセルのNATO本部
ブリュッセルのNATO本部=2022年3月24日、代表撮影

核共有を行っているドイツは、B61核爆弾を搭載できるF35A戦闘機の購入を決定した。「NATOが先に核の危機をエスカレートさせる事態は避けたいでしょう。でも、ロシアが核の脅迫を続けた場合、核を持たないNATO加盟国が米軍の核兵器に関与する度合いが増えるかもしれない、というメッセージをロシアに送る可能性はあります」

吉崎氏は欧州を中心に核を巡る議論が加速する可能性があると指摘する。日本を巡る東アジアでも、中国が2030年までに核弾頭を1千発保有する可能性があるとの分析を、米国防総省が昨年秋に発表した。北朝鮮では7回目の核実験を目指す動きが出ている。

火星17をバックに、革ジャンとサングラス姿で歩く金正恩氏
火星17をバックに、革ジャンとサングラス姿で歩く金正恩氏(中央)=労働新聞ホームページから

日本では、安倍元首相らの発言のほか、折木良一元統合幕僚長ら自衛隊元高級幹部らが昨年11月、「非核三原則」の是非を問う議論を呼びかける政策提言を発表した。同時に「唯一の被爆国」を理由に、核を巡る議論は決して許されないとする主張も根強い。

吉崎氏は「今、核兵器と通常兵器の境目がグレーになっています。核を使おうとする勢力に対し、使用を抑止するメッセージを発信する必要があります。非核三原則を巡る議論をしましょうという意見は、中国や北朝鮮が核を使うことを抑えるメッセージになります」と語る。「議論することと、唯一の被爆国として核の廃絶を願う気持ちは決して矛盾しません。どちらも、核を使わないでほしいという考えが出発点にあるからです」