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核をめぐる議論の現在地 オバマ政権の核政策担当者と読み解く

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
ブラッド・ロバーツ元米国防次官補代理。現在所属する米ローレンス・リバモア国立研究所のホームページから

核兵器には、2つの相いれない議論が存在する。核軍縮と核抑止だ。どちらも、核の惨禍を食い止めるために始まった議論だ。被爆国の日本では、理想を掲げた核廃絶を善、現実論を唱える核抑止を悪と捉える風潮が強い。理想論だけでは脅威を防げないし、現実論だけでは核を減らせない。専門家の間でも、核軍縮(軍備管理)と核抑止の2つの主張を巡る交流はほとんどみられない。
核兵器禁止条約が発効し、核大国アメリカでバイデン新政権が発足したこの機会に、核をめぐる世界の動きをどう読むかを考えてみたい。今回は「核なき世界」を掲げたオバマ政権で核・ミサイル防衛担当を務めたブラッド・ロバーツ元国防次官補代理に聞いた。(朝日新聞編集委員・牧野愛博)

――1月22日、核兵器の開発、保有、使用を全面的に禁じる核兵器禁止条約(核禁条約)が発効しました。条約は核軍縮と核抑止に、それぞれどのような影響を与えるでしょうか。

核禁条約を支持する人々は、条約によって核保有国に核放棄を迫る圧力が強まることを期待している。

だが、条約がネガティブな効果を与える可能性もある。核禁条約は、(米英仏中ロに核保有を認めた)核不拡散条約(NPT)への政治的な支持を失わせてしまうかもしれない。それは、米国が同盟国に提供している核の保護を終わらせることにもつながる。

もし、世界中の核兵器が廃棄される前に米国による「核の傘」が崩壊すれば、日本のような米国の同盟国は、近隣諸国による核を使った脅迫や攻撃に対してもろい存在になってしまう。

核兵器禁止条約の採択後、「前進し、世界を変えよう」と力強く演説し場内から大きな拍手を浴びるカナダ在住の被爆者サーロー節子さん(中央)=2017年7月7日、ニューヨークの国連本部、松尾一郎撮影

――バイデン政権はどのように対応するでしょうか。

まだ、わからない。米国の民主党は、核政策を含む多くの問題で現実派と進歩派に分かれているからだ。

バイデン政権はトランプ政権よりも軍備管理に取り組むだろう。でも、オバマ政権での経験やその後の国際情勢の展開もあり、バイデン政権の軍縮ビジョンの見通しは明るくない。他の核保有国が、核抑止力に頼らないようにした米国の試みに参加する準備ができていないことが明らかになったからだ。

――米国とロシアは、2月5日に期限切れを迎える新戦略兵器削減条約(新START)を5年間延長することで合意しました。

バイデン政権はロシアとの軍備管理体制を維持したいと考えている。新STARTの延長は簡単な問題だった。

難しいのは、5年の延長期間が終了した時に何をすべきかについてロシアと合意することだ。

冷戦時代の軍備管理は、米国とソ連という二国間で核兵器をコントロールするという単純な問題だった。

しかし、今日の世界は二国間ではなく多国間の問題になっている。更に、軍備競争には、核兵器だけでなく、ミサイル防衛、極超音速兵器、サイバー空間、宇宙空間も含まれる。より複雑な問題だ。

そして、ロシアも中国も、米国との間でさらなる核削減交渉に参加する準備ができていないようだ。

――夏には、5年に1度のNPT再検討会議が開かれる予定です。過去には、核保有国と非核保有国の対立が激しくなり、非核保有国中心の核禁条約の発効につながりました。今回の会議をどのように展望しますか。

この会議は、核問題を巡る国際的な大きな食い違いを浮き彫りにするだろう。

一部は不拡散に重点を置き、別の人々は核軍縮に重点を置く。NPTが好きな国もあれば、核禁条約が好きな国もある。核保有国による段階的な軍縮アプローチを支持する国もあれば、無駄だと受け止めている国もある。外交を好む国もあれば、力を好む国もある。

この会議は核兵器を巡る混乱の深まりを印象づける可能性が高い。

ただ、現実はそれほど悪いものでもない。

――2009年から日米で、10年からは米韓で、「核の傘」の信頼性などについて話し合う拡大抑止協議が、それぞれ始まりました。中国や北朝鮮の核ミサイルの脅威が増すなか、米国の「核の傘」は、日本や韓国から信頼されていると思いますか。

軍事・技術的にみれば、日韓両国は、長距離ミサイルから日韓を守る手段を米国が持っていると確信して良い。政治的に見た場合、日韓の人々は、米国との同盟が米国市民の強い支持を得ている事実を理解すべきだ。

私たちの間には、経済や政治、そして負担の分担について意見の相違があるかもしれない。だが、私たちは、私たちの安全が危険にさらされた際の相互の義務について基本的な合意がある。日本に対する米国の核の傘は強力だ。

敵対国は、米国の同盟国の重要な利益が危険にさらされているとき、同盟国を守るために必要なことを行う米国の意志と能力を疑うべきではない。

――韓国では独自の核開発や原子力潜水艦の建造、あるいは北大西洋条約機構(NATO)の一部で行われている核の共同管理などを模索する声があります。

米国には3つの優先項目がある。第一に、北朝鮮の脅威を排除するための国際的な外交努力をリードする。第二に、韓国の人々と関係する朝鮮半島で抑止力を維持するための環境の変化について、オープンで率直な議論に参加する。第三に、米韓と日米間の核を巡る協議を強化するというものだ。

現職米大統領として初めて広島を訪れたオバマ米大統領=2016年5月27日、広島市中区の平和記念公園、代表撮影

――一方、日本では広島や長崎の記憶が強く、核開発を望む声はほとんどありません。逆に核抑止よりも、核兵器禁止条約など核軍縮を高く評価する傾向にあります。日本は今後、核戦略についてどのような姿勢が必要でしょうか。

核軍縮あるいは核抑止のいずれが良いのかという質問にも聞こえるが、実際には、両方必要だ。

すべての責任ある核保有国と核で保護された国々は、核兵器を世界から安全になくすことを可能にする条件作りに取り組むべきだ。一方、核兵器や核の脅威が残っている限り、核抑止力が確実に安全で安心、効果的になるよう取り組むべきでもある。

――米国は昨年、中距離核戦力(INF)全廃条約から離脱しました。米国はこれからどのように対応していくでしょうか。東アジアへの中距離ミサイルの配備や、中国やロシアとの交渉などをどのように展望しますか。

INF全廃条約は復活しない。ロシアと中国は、米国がINF全廃条約での約束を守っている間に作り出した大きなアドバンテージを、交渉を通じて譲り渡すようなことはしないだろう。

戦略的安定の回復への助けになるよう、米国は海軍艦艇と一部の航空機に改良したミサイルを配備するだろう。さらに、同盟国に中距離ミサイルの配備を求める可能性もある。ただ、それらは核弾頭を搭載するのではなく、通常兵器型ミサイルになるだろう。

――日本は昨年、陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の配備を中止しました。敵基地攻撃能力の議論も始まっています。専守防衛政策を変更するべきだという主張もあります。日米同盟は今後、どのように変化していくでしょうか。

日米同盟は攻撃ではなく、防衛のためにある。日本の防衛だ。抑止力は同盟戦略のなかの不可欠な要素と言える。

しかし、抑止力には自分の身を守ること以上の要素が求められる。敵対国が同盟への侵略を試みた場合、耐え難いコストを支払うことになると確信させる能力を持つ必要がある。

日本にある程度、限定された敵基地攻撃能力があれば、抑止力が強化され、戦争が起きる可能性も低くなるだろう。