1960年代のことだが、ジェーン・グドールはタンザニアのゴンベ渓流国立公園で、1回に数週間ずつかけてチンパンジーの観察を始めた。彼女の最も重要な発見の一つは、チンパンジーがお互いに定期的にジェスチャーを交わすことだった。
たとえば、オスのチンパンジーは威嚇するとき頭をもたげ、母親のチンパンジーは子に背中に乗るよう身ぶりで合図した。
霊長類学者たちは何世代にもわたってグドールの研究を引き継ぎ、チンパンジーだけでなく、ボノボやゴリラ、オランウータンが行った意味のあるジェスチャーを80種類以上見つけた。
現在、研究者らはこうしたジェスチャーを活用して類人猿の心の内をのぞこうとしている。私たち人間がどのようにして本格的な言語を発達させたかを知る手がかりになると考えている研究者もいる。
「確かに、ジェスチャーは大きな役割を果たした」とリチャード・ムーアは言っている。英ウォーリック大学の言語哲学者だ。
1980年代、当時まだ若手の比較心理学者だったマイケル・トマセロは飼育下のチンパンジーが成獣になる過程の観察をもとに、類人猿のジェスチャーに関する最初の理論を提唱した。類人猿の赤ちゃんが母親に対してジェスチャーをし、成長するにつれて他のチンパンジーに向けた新しいジェスチャーを身につけることに気づいた。
トマセロは、その観察にもとづき、類人猿の間でのジェスチャーは単純な習慣として発達すると説いた。
たとえば、赤ちゃんが母親の口から食べ物を何度もつかもうとすると、ついには、母親は赤ちゃんがまだ腕を伸ばしている間に食べ物を与え始めるかもしれない。すると、赤ちゃんはその動作を最後までやらなくなるかもしれない。
トマセロの様式化の理論によると、類人猿はヒトがするやり方でコミュニケーションをするためにジェスチャーを使うわけではない。
私たちは、お菓子屋でカンノーリ(訳注=イタリア・シチリア島発祥の菓子で、筒状に揚げた生地にクリームなどが詰まっている。映画「ゴッドファーザー」に登場して世界的に有名になった)を指さすとき、店員が私たちの身ぶりを見てそれが私たちが買いたいものだと理解することを知っている。
しかし、トマセロの理論によれば、類人猿は他の類人猿のジェスチャーを見てその考えを理解するわけではない。類人猿は単に、特定のジェスチャーをすれば自分の欲しいものが与えられることを学習しただけなのだ。
ところが2010年代までに、霊長類学者のなかにはこの理論に重大な欠陥があると考える学者も出てきた。トマセロの理論だと、類人猿同士の1対1のやり取りから生じるジェスチャーには数多くのバリエーションがあるだろうと予測されていた。
だが、チンパンジーの大規模な調査によって、チンパンジーはすべて同じジェスチャーをしていることがわかった。一部の動作には、異種間で共有されているものさえあった。
類人猿が場面に応じてジェスチャーを発達させたという考えに批判的な研究者は、それを否定する新たな理論を展開した。そして、求愛ダンスが鳥のDNAに組み込まれているように、類人猿のジェスチャーは遺伝子に組み込まれていると提唱した。類人猿の繁殖を助けるようなジェスチャーは自然淘汰(とうた)によって優遇され、受け継がれてきたというのだ。
「ジェスチャーは生得的なものだ」とリチャード・バーンは言っている。英スコットランドのセントアンドルーズ大学の霊長類学者で、この理論の発展に尽力してきた。
しかし、バーンの教え子のカースティー・グラハムは生得説にも納得できない思いを募らせた。「80種類の身ぶりはすべて遺伝的にコード化されていると考えた方が理にかなっているだって?」。現在、米ニューヨークのハンター大学で教壇に立つグラハムは振り返った。「これが、本当によりすっきりした説明なのだろうか?」
グラハムは、前出のムーアも自分と同じ疑問を持っていることに気づいた。米カリフォルニア大学サンディエゴ校の比較心理学者で、トマセロの下で博士号を取得したフェデリコ・ロッサーノもまた、同様だった。
この3人は2024年8月、学術誌「バイオロジカル・レビュー」で第3の理論を発表した。「私たちは、この理論が既存のデータと相反する見解とを調和させるものになることを望んでいる」とムーアは言う。
類人猿は特定のジェスチャーを受け継いでいるわけではないが、身ぶりを使って他のチンパンジーとコミュニケーションがとれるという感覚は継承している、と彼らは主張する。チンパンジーは、類人猿がよく使う動きを借りて(科学者の専門用語では「リクルートして」)、新しいジェスチャーをつくり出すのだ。
たとえば、類人猿は、捕まえたばかりのサルの肉のような食べ物を求めるジェスチャーとして、腕を伸ばすことがある。
「私はサルを持っていて、あなたは私のすぐ近くに座り、サルをじっと見つめているとしよう。私は、あなたがそのサルを食べたいと思っていることをすでに察知しており、その身ぶりは明確な要求になっている」とグラハムは言う。
グラハムによると、この理論は、他の方法では説明できないいくつかの観察結果を説明できる。
たとえば、霊長類学者は、ある類人猿がジェスチャーで欲しいものを手に入れられなかった時、相手の類人猿からそのジェスチャーがもっとはっきりと見えるように場所を変えていることに気づいた。そのジェスチャーが単に学習した習慣的な動きであるなら、それほど柔軟に対応することはできないだろうと彼女は言うのだ。
「そうしたジェスチャーは、目的を定めて意図的に行われている」。そう彼女は指摘する。
「借りもの」説は、類人猿のDNAにジェスチャーが生まれつき組み込まれていなくても、非常に多くの身ぶりを共有できる理由を説明する。類人猿は似たような体格をしているので動き方が似ており、結局は同じジェスチャーをしてしまう。その結果、類人猿は自分自身の身体で何を表現するかを考えるだけで、ジェスチャーの意味を簡単に解釈できるのだ。
グラハムは、この借りもの説は、類人猿がなぜ、指さしのような私たちには理解しやすいしぐさを認識するのに苦労するのかについて、新たな概念を提供すると主張している。こうした動作は、類人猿がふだんの生活で自分の身体を使って行っていることとは直結しないのだ。
それはしかし、類人猿が何か新しいジェスチャーを学べないということを意味しない。グラハムたちはジェスチャーに目的がある限り、類人猿は新しいジェスチャーを学べると予想している。彼らは、それを確認するための実験を開発中である。
バーンは、自分が提唱する生得説と比較すると、借りもの説は「非常に複雑な仕組み」に思えると言っている。他の動物はジェスチャーを遺伝的に継承できることが明らかなのに、なぜ類人猿には異なる説明が必要なのかと疑問を呈した。
「問題は、現実をよりよく説明するために追加の理論的装置をすべて活用する価値があるかどうかということで、その結論を出すためには長い時間と多くの議論を要するだろう」と彼は言っている。
しかし、現在は米デューク大学で教壇に立つトマセロは、借りもの説を彼の様式説の改良版とみて称賛した。
トマセロによると、ジェスチャーに関して様式説を最初に発展させた時、科学者たちは類人猿がお互いをどれだけ理解できるかをまだ分かっていなかった。彼は、借りもの説は「類人猿の認知能力に対し、当初の見解よりも、高い評価を与えている」と指摘し、「これは重要な進展だ」と言っている。
類人猿のジェスチャーが直接的に人間の言語を生み出した。そう推測する科学者も中にはいる。初期の人類はジェスチャーを、文法を備えた手話に変換し、それを話し言葉に変化させたというのだ。
しかし、ロッサーノたちはジェスチャーと言語との関係はもっと遠いとみている。私たちの祖先の類人猿は、ジェスチャーをどう学び、それを社会生活でどう使うかという点において、前例のない柔軟性を発達させてきた。それは、人間の言語にとっても重要な要素である。
「(身ぶりを)使うことと学習することの柔軟性は、どこから来るのか?」とロッサーノは問いかけ、「おそらく、ジェスチャーにおける柔軟性から来ている」と言った。(抄訳、敬称略)
(Carl Zimmer)©2024 The New York Times
ニューヨーク・タイムズ紙が編集する週末版英字新聞の購読はこちらから