「半裸か、さらには全裸だと、議論がより深まる」と駐米フィンランド大使のミッコ・ハウタラは断言する。「ネクタイを締めてテーブルを囲んでいるときや公式な場ではできない話し方になるからだ」
外交は、さまざまな場で具体化されていく。米ホワイトハウスの大統領執務室での公式会談や、壮大なイーストルームで開かれる公式晩餐(ばんさん)会。各国大使館でのざっくばらんなレセプション。最高級ホテルのロビーで、マティーニを傾けながらの一対一の対話もあるだろう。
そして、もう一つ。フィンランド政府の得意技がある。人脈づくりや会合にサウナを使うことだ。それも、ほとんど全裸で。
「それには、一つの掟(おきて)がある。サウナで起きたことは、すべてサウナにとどめるという決まりだ」とハウタラは強調する。「完全な保秘と信頼関係が守られるように努めている」
母国ではサウナは日常生活にとけ込んでいる、とハウタラは説明する。「人口550万の国に、300万のサウナがある。小さなアパートにだって付いている」
そのサウナを、フィンランド人は週に何度も利用する。夕方だけではない。一日が始まる前の朝の時間帯、シャワーを浴び、猛烈な暑さに耐えて座り、冷たい水で体を冷やすという儀式をする。昔から水着は身につけないのが普通で、これを何回も繰り返す。それから、健康的な食事へと移る。これが、社会の習慣となっている。
それを在米フィンランド大使館が外部の影響力ある人々に開放したのは、16年前のことだ。政治家や外交官、ジャーナリストや公務員、学者といった人々を招くようになった。サウナをともにしながら、人脈を広げようという発想だった。
この集いは、今は「Diplomatic Sauna Society(外交サウナ協会:以下DSS)」と呼ばれている。国際社会でのフィンランドの影響力が強まり、参加する多忙な専門家たちの健康志向と相まって、ワシントンかいわいでその招待状が切望されるようになった。
「このサウナの集いに加わりたいという人は数多く、招待状のニーズは高い」とロビー・グラマー(33)は語る。米誌フォーリン・ポリシーで外交・安全保障問題について書いているジャーナリストだ。
自分のサウナ体験を記事にすると、「国務省や国防総省、議員スタッフ、ほかの記者からわんさか反響があった。『どうやって中に入れたの』と聞かれただけでなく、『自分も参加できるよう口添えを』とせがまれた」と話す。
「サウナに行きたいという議員の問い合わせは、私も受けている」とハウタラも認める。大使館によると、そんな依頼が毎週数件はあるようだ。
このDSSは、ワシントンでは二つの開催方式がある(同じような集いは、ベルリンやロンドンも含めて世界中のフィンランド大使館が開いている)。
一つは、15~20人を集めて月に1回ほど開く大がかりなもの。その夕べは、「サウナ」というネオンがともる地下の薄暗いバーで始まる。参加者は性別で分かれ、デザインブランド「マリメッコ」のバスローブや、オーガニック化粧品「ルメネ」のバス用品といったフィンランド製品がいっぱいの更衣室に案内される。
そこで、服を脱ぐ。全裸をすすめられるが、水着着用も許されている。そして、あのサウナの儀式に入る。シャワー、体を熱して冷やす、の繰り返し。これを何回か済ますと、着替えてバーのあるところに戻る。飲み物と、フィンランドの昔ながらの軽食が用意されている。ミートボールや、ディル(訳注=ハーブの一種)のソースをかけたサーモンをのせたライ麦パンなどが出てくる。
もう一つはやや小さなグループでのサウナ外交で、大使が私邸で毎週開いている。こちらのサウナに入れるのは10人ほどまで。屋外にあり、体を冷やすのはプールになる。
そして、すべての参加者には証明書が授けられる。そこには、「DSSの会員資格は、大使館の外交サウナでカ氏180度(セ氏82度強)の熱気をものともせずに雄弁に会話し、強烈な気概を示した人たちだけに与えられる」と書かれている。
「私は、ツイッターに自分の証明書の写真を投稿した。とても光栄だった」。トランプ政権で国務次官補だったマリー・ロイスは、自らの体験をこう振り返る。
このサウナの集いについてジャーナリストのグラマーは、米国の首都で開かれる催しにうれしい変化をもたらしてくれたと歓迎する。
「ワシントンの各国大使館は、いつもさまざまな会合を開くけれど、たいていは堅苦しくて退屈だ」と首を振る。「でも、サウナは違う。ずっと温かさがあるし、歓迎されているのがよく分かる」
健康によいことをしながら人脈作りにもなるのがよい、とうなずくのはベン・カントレル。オクラホマ州選出の共和党上院議員マークウェイン・マリンの首席補佐官だ。「テニスコートやゴルフコースでのタフな会合にしり込みするようなタイプではないので、サウナもそれに近いと感じる」。だから、金曜夜のサウナ会合に6時間をあてることもいとわない。
サウナへの招待は大切にしたい、とウォルター・ランドグラフ3世はいう。米フィラデルフィアにあるシンクタンク・外交政策研究所のユーラシア部門のシニアフェローだ。「あの雰囲気の中でサウナに入る儀式をしながら、その体験をほかの人と分かち合うと、自然とうちとけて胸襟を開くようになる。私的な会話でもあり、閉ざされた空間なので話がさらにはずむ」
その通り、と大使のハウタラはいう。サウナの集いの最もよい点の一つは、通常の仕事の会合と比べて時間がかなり長いことだ。「名前は伏せておくけれど、米国のある主要メディアの編集者と5、6時間をともにすごしたことがある。そんなことは、普通ではありえない」
ロシアのウクライナ侵攻を受けて、フィンランドが北大西洋条約機構(NATO)に加盟したことで、この国に特別な関心が寄せられていることもプラスに働いている。
「プーチンの権力中枢がどう機能しているのかを理解しようとすれば、ロシア人と話すのが一番だが、多くの場合はそうはいかない。となると、次はフィンランド人のところに行くということになる」とジャーナリストのグラマーは語る(フィンランドとロシアの国境は800マイル〈1290キロ超〉もある)。
フィンランドにとっても、米国で緊密な関係を築くことは利益になる、とマックス・バーグマンは指摘する。米シンクタンク・戦略国際問題研究所(CSIS)の欧州、ロシア、ユーラシア部門の責任者だ。
「サウナに来た人は忘れられない体験をし、自分をもてなしてくれたフィンランド人を覚えているだろう。その人から次に会合の依頼があれば、すぐにOKとなる」
だから、この仕組みはどちらの側にもメリットがあることにグラマーも同意する。「まさか自分がこんなことをいうようになるとは思ってもいなかったけれど、裸づきあいで人脈を作る方がずっといいよ」(抄訳、敬称略)
(Alyson Krueger)©2024 The New York Times
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