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パリ五輪の見どころは暑さ対策? 厚着・サウナ・氷風船…東京上回る予想に選手も模索

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
仮設会場(奥)の準備が進むコンコルド広場の噴水で記念撮影をする人たち
五輪期間中のパリは、東京大会の時より暑くなりそうだという。2024年5月、仮設会場(奥)の準備が進むコンコルド広場の噴水で記念撮影をする人たち=パリ、河崎優子撮影

2021年の東京五輪は歴史上もっとも暑い大会だった。しかし、パリ五輪はその記録をわずかに上回るかもしれない。

2024年6月に出されたある報告書が、夏の酷暑の中で競技する選手たちが抱える潜在的な健康リスクを警告している。

この報告書は、英国持続可能なスポーツ振興協会とオーストラリアの環境団体「フロントランナーズ」が発表したものだが、7、8月のパリの平均気温は、前回パリで五輪が開かれた1924年と比較すると平均で3度以上も上がっているという。

今日、五輪のためにトレーニングをすることは、力とスピードを競うことだけでなく、暑さにどう対処するかという問題なのだ。マラソン、競歩、トライアスロンといった持久力を問われる種目では特にそうである。選手たちは何時間も休憩なしに競い合うのだから。

オーストラリア選手団の医師団長であるキャロリン・ブロデリックは、「最上の準備は暑さに適応することだ」と言う。「しかし、そのためには、単に暑さに耐えるだけでなく、その暑さの中でトレーニングをせねばならない」

ブロデリックによれば、暑さに完全に適応するには2、3週間の耐熱トレーニングが必要だが、最初の7日間でも、ある程度の効果がみえるという。

7日たった時点で、アスリートは同じトレーニングをしても発汗が始まる体温が下がり(訳注=低い体温でも汗をかくようになれば、熱が逃げやすくなり、体温の上昇を防ぐ効果がある)、心拍数も下がるという。

五輪に向けた調整の最終盤で、アスリートたちが暑さに備えてどんなトレーニングをしてきたかを紹介しよう。

ひたすら汗をかく

一流選手たちは、暑さをものともしないようにするために、高温多湿の地にトレーニング場所を移す。あるいは、地元にいたまま厚着をしたり、屋内の室温を高くして高温多湿に似た環境を作り出したりしてトレーニングをする。

極端な対応策を取った例もあった。ベルギーのホッケーチームは、東京五輪に備えて室温を50度まで高めた屋内施設でトレーニングを行ったほどだ。

米ブリガムヤング大学で陸上競技とクロスカントリーの監督をしているエド・アイストーンは、五輪のマラソンに2度出場したことがある。1988年のソウル大会と1992年のスペイン・バルセロナ大会だが、どちらのマラソンも高温多湿の気候下での消耗戦だった。

アイストーンはこう言う。「通常、五輪の開催地を選ぶとき、マラソンにとって最適の地であるかどうかは考慮されない」。アイストーンは現在、彼の大学の選手と五輪出場選手たちに暑さ対策を特訓している。

彼がコーチしている2人の五輪マラソンの米国代表選手、コナー・マンツとクレイトン・ヤングは1週間のうち何日かは、練習のあとに20分から30分、サウナに入る。

米フロリダ大学のスポーツ医学専門家である医師ジェイソン・ザレムスキーによると、練習後にサウナに入ると、筋肉、心臓、皮膚への血流が増えるなど、生理学的に暑さへの順応を促す効果があるという。

ヤングの練習着について、アイストーンは寒冷地用の防寒服や軍隊が使っている化学防護服を引き合いに出す。通気性のない素材でつくられており、ヤングはその日着ているウェアの上にこれを着て走ることがある。

カナダのマラソン代表であるロリー・リンクレターもまたサウナに入り、ランニング中に厚着をすることがある。6月末、レースの後日に体調回復のため行う10マイル(約16キロ)を走った時は、28度近い気温の中、黒の長袖のTシャツを着ていた。

「選手はエンジンなのだ。エンジンが熱くなれば、早く燃え尽きる。そしたらスピードは落ちてしまう」とリンクレターは言う。「いちばん大事なことは、暑さによって妨げられにくい体を作り上げることなのだ」

パリ中心部チュイルリー庭園で日光を逃れ、日陰で休憩する人たち
パリ中心部チュイルリー庭園で2024年6月、日光を逃れ、日陰で休憩する人たち。パリ五輪は史上最も暑い大会になりそうだ=Antoine Boureau Hans Lucas via Reuters Connect

体を冷やす

トレーニング中の暑さへの適応は、対応策の一部に過ぎない。アスリートたちは、競技中にいかに体温を下げ、水分を補給するか、その方法も模索しなければならない。

先に紹介したブロデリックは、テニスの全豪オープンの医師団長も務めているのだが、試合中の90秒の休憩中(訳注=コートチェンジの時間)に凍ったタオルやぬれタオル、冷たい飲み物を利用することを勧めている。

ホッケー、ラグビー、サッカーの場合は試合休止時間が予測しづらいが、選手たちは同様の工夫ができるだろう。

休憩時間が組み込まれていない持久競技では、暑さと湿度に特に影響を受けるため、選手たちは時に体を冷やすための創意工夫が必要だ。

2019年にカタールのドーハで開かれた世界陸上競技選手権大会について、高温多湿の環境がマラソンや長距離競歩の選手たちにどのような影響を与えたかを調べた専門家たちの研究が、2023年に発表されている。

それによれば、この大会で自己ベストの記録を出した選手はわずか1人で、残りの選手たちのタイムはそれぞれの自己ベストから3%から20%も遅かった。マラソンでは、何十人という選手、具体的には男性の25%、女性の41%が途中棄権した。

こうした状況に備え、体温の過熱を防ぐため、持久競技の選手たちは競技開始前に深部体温を下げ、かつ競技中も体温を低くおさえるようにしている。

冷却剤を入れたアイスベストが競技前によく使われるのは、深部体温を上げずに手足をウォームアップできるからだ。アイストーンは、体を冷やすもうひとつのローテクを提案する。水を入れて凍らせた風船だ。野球のボールぐらいのサイズで、選手たちが準備運動中に手でにぎることができる。

アイストーンは、「氷風船を選手に与えると、それを握ったり、両手で交互に持ちかえたりする」と述べた。ザレムスキーも、手のひらを冷やせば体温を下げるのに役立つと指摘する。

加えて、アイストーンが言うには、氷風船が溶けたら風船をかみ破いて中の冷たい水を飲んだり、体に振りかけたりもできるのだという。

レースが始まると、多くの選手たちは冷たいスポンジを使ったり、頭、首、手首に水をかけたりして体を冷やそうとする。2024年6月下旬に米オレゴン州ユージーンで陸上の全米五輪選考会が開かれたときは、25度くらいの気温の中、女子1万メートルの選手の中には体に水をかける人もいた。

暑さを受け入れよ

すべてのアスリートがパリの暑さを恐れているわけではない。短距離や中距離の選手の中には、暑さを歓迎している者さえいる。

「暑いのは当然のこと」とユージーンでの全米選考会の男子400メートル障害の決勝前に語ったのはトレバー・バシットである。彼はパリへの切符を手にした。バシットは米フロリダ州ゲーンズビルでトレーニングをしているが、熱くなったトラックに触れて手をやけどしないようにいつも指にテーピングをしている。

マラソンのリンクレターも暑さをそんなに心配していない。「過去数年間こういう練習をやってきたからね。パリも暑いことを願っている。さらに一段と進んだ暑さ地獄が楽しみですらある」(抄訳、敬称略)

(Talya Minsberg)©2024 The New York Times

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