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トランスジェンダー女性は必ずしも有利ではない 相次ぐ競技締め出しに研究者が警鐘

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
2022年3月19日、米ジョージア州アトランタで開かれたNCAA(全米大学体育協会)の女子水泳選手権に出場したリア・トーマス
2022年3月19日、米ジョージア州アトランタで開かれたNCAA(全米大学体育協会)の女子水泳選手権に出場したリア・トーマス。トランスジェンダーの女性アスリートで、米ペンシルベニア大学の学生だった。IOCが資金提供した新たな研究では、トランスジェンダーの女性選手は総合的な筋力の指標である握力が出生時の性別が女性だった人に比べて優れていることが判明。しかし、跳躍力や肺機能、相対的な循環器系の健康度は低いことがわかった=David Walter Banks/©The New York Times

総合的な筋力の指標である握力は優れているが、跳躍力や肺活量、相対的な循環器系の健康度は低い――。

国際オリンピック委員会(IOC)が資金を提供した最新の研究によると、トランスジェンダーの女性アスリートは生物学的に女性に生まれついたアスリートに比べてこのような特徴があることが分かった。

トランスジェンダー女性と男性アスリートの比較もしており、そのデータは、トランスジェンダー女性が女子スポーツに出場することを禁止する規則の支持者がしばしば言い立てる一般的な主張とは矛盾した。

すでに一部のオリンピック競技からトランスジェンダー選手は締め出されているが、このデータをもとに、研究論文の筆者らは締め出し方針の拙速な拡大に警鐘を鳴らしている。

今回の論文の筆者の一人で、IOCの医科学委員会メンバーであるヤニス・ピツィラディスによれば、この研究の最も重要な発見は、生理学的な差異を考慮すると、「トランスジェンダー女性は生物学的に男性ではない」ということだという。

賛否両論がある今回の研究は、未決着でもともと政治問題となっていた論議に興味深い情報を加えた。その結果、パリ五輪や米大統領選が近づくにつれ、議論はますます騒がしくなるだろう。

研究論文の筆者らは、女子スポーツに出場するトランスジェンダーの女性選手についての、不変的で不均衡な優位性があるという思い込みに警鐘を鳴らし、スポーツに特化した研究に基づかない「予防的禁止やスポーツ資格からの除外」といった措置を講じないよう勧告した。

ところが、あからさまな禁止措置は増え続けている。ゲイ、レズビアン、バイセクシュアル、トランスジェンダーの平等を掲げる非営利団体「Movement Advancement Project(MAP=ムーブメント・アドバンスメント・プロジェクト、運動促進計画)」によると、現在、米国の計25州が、トランスジェンダー選手が少女や女性の大会に出場するのを禁じる法律か規則を設けている。

さらに、小規模な大学の運動部を統括する団体「全米大学運動競技協会(NAIA)」は2024年4月、出生時の性別が女性で、ホルモン療法を受けたことがない人以外、トランスジェンダー選手が女子スポーツに出場することを禁止した。

2024年夏のパリ五輪で最も注目される2競技、水泳と陸上は、自転車競技とともに、男性として思春期を過ごしたトランスジェンダーの女性選手の出場を事実上禁止した。

ラグビーは、安全上の問題を理由に、トランスジェンダーの女性選手の出場を全面的に禁止しており、他の競技でも、参加を認められた選手はテストステロン(男性ホルモン)の数値を抑制するためにより厳しい条件を課せられることが多い。

IOCは、トランスジェンダーの女性選手に関する資格規定については、各競技を統括する国際的な連盟に委ねている。そして、研究基金を通じてさまざまなテーマの研究に資金を提供しているように、今回の研究にも資金を提供したが、IOC関係者が研究結果に対して意見を述べたり、影響を与えたりすることはなかったとピツィラディスは言っている。

男性はテストステロンの分泌が盛んな思春期に広い肩幅や大きな手、長い胴体、増大する筋肉量、筋力、骨密度、心肺機能といった大きな優位性を獲得する。このため、トランスジェンダーの女性選手には、不公正でほとんど不可逆的な競技上の優位性があるというのが禁止措置の一般的な論拠になっている。

IOCが出資した今回の新研究は英ブライトン大学で実施され、データに基づいた査読付き論文が2024年4月、学術誌「British Journal of Sports Medicine(ブリティッシュ・ジャーナル・オブ・スポーツ・メディシン)」に掲載された。

19人のシスジェンダー(出生時の性別と性自認が一致する人)男性とトランス男性12人、トランス女性23人、シスジェンダー女性21人が対象だった。

対象者はいずれも、競技スポーツをしているか、少なくとも週3回の身体トレーニングをしていた。そして、研究者らによると、トランス女性対象者の全員が少なくとも1年間はテストステロンのレベルを抑制し、エストロゲン(訳注=卵胞ホルモン)を補充する療法を受けていたという。対象者には、全国ないし国際レベルで競技をしている人はいなかった。

この研究では、トランスジェンダーの女性対象者はシスジェンダーの女性対象者より握力が強かったが、肺機能と相対的なVO2max(運動時に使われる酸素の最大量)は低かったことがわかった。トランスジェンダーの女性対象者は、下半身の強さを測る跳躍テストでもシスジェンダーの女性や男性よりも低い数値を示した。

この研究には、サンプルサイズが小さいことやアスリートの性の移行期を長期にわたって追跡調査していないことなど、いくつかの限界があることを、筆者らが自ら認めている。また、先行研究で示されているように、トランスジェンダーの女性対象者は、シスジェンダーの女性対象者と比べて、少なくとも1項目で優位性を保持していることが判明した。握力だ。

だが、スポーツ・運動科学の教授であるピツィラディスは、運動能力を決定するのは単一の指標ではなく、複数の要因の組みあわせだと言っている。

男性として思春期を過ごし、身長が伸び体重も増えた選手は、性別を移行した後、「この大きな骨格をより小さなエンジンで動かさなければならない」と彼は言う。

バレーボールを例に挙げ、トランスジェンダーの女性選手にとって、「ジャンプやブロックが以前と同じ高さまで上がらなくなるだろう。そして、全体的にパフォーマンスが落ちると感じるかもしれない」と言っている。

しかし、男性と女性選手の生理学を研究している米メイヨークリニックの医師マイケル・ジョイナーは、彼自身やその他の人たちの研究によれば、ほんのわずかな差で勝負が決まるトップクラスのスポーツでは、科学はトランス女性の参加の禁止を支持すると言うのだ。

「テストステロンがパフォーマンスを向上させることはわかっている」とジョイナーは指摘し、「そして、テストステロンには残留作用があることもわかっている」と言う。さらに、テストステロンのレベルを抑制する薬物を服用したトランス女性のパフォーマンスの低下は、男女間の運動能力の典型的な差異を完全になくすわけではないと付け加えた。

トランスジェンダー選手の支持者や、参加禁止に反対する一部の科学者は、統括機関や議員たちが、そもそも存在しない問題の解決策を制定しようとしているのだと非難している。

トランスジェンダーの女性選手にトップ選手はほとんどいない、と彼らは指摘する。また、男性として思春期を経験することで得られる筋力やパワー、有酸素運動能力が永続的に有利になると推定する科学的な研究は数少ない。

オリンピックに出場した選手たちの成績はさまざまだ。2021年の東京五輪では、トランス・ノンバイナリー(訳注=性自認が女性でも男性でもない人)で、出生時に女性だったサッカー選手のクインが、カナダ女子チームの金メダル獲得に貢献した。しかし、ニュージーランドのトランスジェンダー女性の重量挙げ選手ローレル・ハバードは、バーベルを頭上に挙げることができなかった。

「トランス女性が女子スポーツを乗っ取るという考えはバカげている」とジョアンナ・ハーパーは言う。トランスジェンダー選手研究の第一人者で、米オレゴン健康科学大学の博士研究員だ。

自身もトランスジェンダーのハーパーは、スポーツにおいて、トランスジェンダーの女性とシスジェンダーの女性との生理学的な差異を考慮することが重要であり、テストステロンのレベルの抑制を義務付けるなど、一定の制限を支持すると言っている。ただし、一律に禁止することは「不必要であり、不当」だとし、IOCが資金提供した今回の研究を歓迎すると話していた。

「トランス女性は、本当の女性ではなく女性のスポーツに侵入する男性だとか、トランス女性は男性としての運動能力をすべて女性スポーツに持ち込むだとかいった懸念があるが、それはいずれも真実ではない」とハーパーは指摘する。

世界の陸上競技を統括する組織「World  Athletics(世界陸連)」の会長セバスチャン・コーは、科学的には未解決のままであることを認めた。しかし、同組織はトランスジェンダーの女性選手を国際的な陸上競技から締め出すことを決定した。なぜなら、「私は、この問題で危険を冒すつもりはないからだ」と彼は語った。

コーは、「私たちは、これが女性という分類を維持するのに最善の策だと考えている」と言うのだ。

トランスジェンダー禁止をめぐる争いのうち、少なくとも著名な2件が法廷に場を移している。

米ペンシルベニア大学出身の水泳選手リア・トーマスは、2022年に行われたNCAA(全米大学体育協会)の選手権で500ヤード(457.2メートル)自由形で優勝したが、その後、水泳の国際統括組織「World Aquatics(世界水泳連盟)」が出場禁止規則を定めたことに異議を唱えている。

アイビーリーグ(訳注=米北東部にある全米トップの8私立大学)で最高の男子水泳選手の一人だったトーマスは、NCAA選手権での勝利で、大学スポーツのトップクラスの女子選手権で優勝した最初のトランス選手となった。

しかしながら、トーマスがすべてのレースで勝ったわけではない。第2レースでは5位タイ、第3レースは8位に終わった。500ヤード自由形の彼女の優勝タイムはNCAA記録よりも9秒あまり遅かった。スイスに本部がある「スポーツ仲裁裁判所(CAS)」に提訴された彼女の訴訟は、パリ五輪が始まる2024年7月より前に結論が出る見込みはない。

一方、トーマスと対戦した選手を少なくとも1人含めた、計十数人の米大学の現役および元選手たちが2024年3月、NCAAを訴えた。彼らは、トーマスを全米選手権に出場させたことで、米連邦政府から資金援助を受けている教育機関での性差別を禁止する法律「タイトルIX」(訳注=タイトルナイン。教育改正法第9編)に基づく権利を侵害されたと主張した(タイトルIXは、トランスジェンダーの女性選手を支持する主張の根拠にもなっている)。

LGBTQ+の問題を報じるウェブサイト「Outsports(アウトスポーツ)」は、IOCが資金提供し、「一律的なスポーツへの参加禁止は間違い」と結論付けた今回の研究を「画期的」と評価してたたえた。

しかし、英紙テレグラフ掲載の記事で、一部の科学者や選手たちはこの研究には大きな欠陥があるとし、トランスジェンダーの女性がスポーツで不利になるとした点について、IOCの「最低を更新するものだ」とのレッテルを貼った。

議論があまりに白熱しているため、ピツィラディスは自身や研究チームが脅迫を受けたと言っている。そのため、他の科学者たちがこのテーマに関する研究をためらう可能性があると警告した。

「徹底的にたたかれ、人格攻撃されると分かっていながら、こうした研究をする科学者がいるだろうか?」と彼は問い、こう続けた。「これはもはや科学の問題ではない。残念ながら、政治問題になっている」(抄訳、敬称略)

(Jeré Longman)©2024 The New York Times

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