今年(2018年)のボストンマラソンは、横殴りの雨と凍(い)てつくような寒さの中で行われ、史上まれにみる過酷なレースとなった。
過酷な条件は一方で、女子の耐久能力の強さを示した。すなわち、悪天候に耐え抜く力という点では、男子選手より女子選手の方が強いことが分かった。天候の良いレースでは途中棄権するランナーは男子の方が少ないのに、今年のボストンでは女子ランナーの方がずっと少なかったのだ。
過酷な天候下では、なぜ女性の方が忍耐力を発揮できるのだろうか?
メジャー大会の一つであるボストンマラソンは完走者の平均タイムが抜きんでて速いことでも知られているが、今回は結果も低調だった。優勝タイムは男女とも1970年代以降最も遅く、途中棄権者数は2017年より全体で50%も増えた。
しかし、完走率を男女別にみるとずいぶん違う。男子の途中棄権率は17年大会より80%も増えたのに、女子は12%増に過ぎなかった。男子ランナーの途中棄権率が5%だったのに対し、女子は3・8%だった。エリート選手だけを見ても同様の傾向を示した。
私(記者)も爆弾テロ事件が起きた13年大会を含め、2度ボストンマラソンに出場した。途中棄権の誘惑に駆られる時もしばしばあるが、実際に途中棄権したことはなかった。時に極度の苦痛に襲われると、どこまで耐えられるか分からなくなる。しかし、その自分と向き合いながら走り続ける。そしてゴールインすると、いっさいが救われる。それでも、なぜ苦しむのかなんて考えたこともなかった。
今回のボストンマラソンで、私はジェンダーが何らかの形で関係しているのではないかと思うようになった。悪天候のボストンで、女子が男子より耐久力を発揮した理由をあげれば、体脂肪率の違いや意思の貫き方、あるいは苦痛に耐える能力の違い、さらに出産まで、男女の違いをあげることができる。ただし、完全な解答というものはあり得ない。
一つの説は、女性の体内には脂肪がもともと多くあるため、気温が低くても体のコンディションを維持できるという見方だ。一般的には確かに当てはまる。生命維持に必要な体脂肪は男性で3%前後、女性は12%だ。皮下脂肪率も女性は男性の2倍ある。
しかし、12年のボストンマラソンは今回とは逆に、カ氏86度(セ氏30度)という暑さの中で行われた。それでも、完走率は女性の方が男性より高かった。12年から18年にかけて、女性の完走率が男性を上回ったのはこの12年と今回の大会だけだ。
となると、女性は悪天候下で、より耐久力を発揮できるということか?
この疑問に答えるには心理学的アプローチが必要になってくる。耐久力というと、その人に備わっている一つの能力と見られるかもしれない。しかし、一つのことを持続してゆく力というのは、たとえペースを落とすことにしても最終的にはその人の自主的な判断にかかっていることが多い。
「もうだめだ、これ以上走れないという地点に達すると、それは身体的な限界だと感じる。しかし」と「Endure(耐える)」の著者アレックス・ハッチンソンは私に言った。「肉体的な限界というのは、実際には脳の働きによるのです。ですから、ほとんどの場合、途中棄権は脳の決定によるのです」
その決定の過程は、苦痛の知覚、あるいは忍耐という力とつながっているとみられる。これは異論があるかもしれないが、たとえば女性としての潜在的な要因に「出産」があげられる。出産は大概の場合、極度の痛みを伴う。女性の出産と運動の能力が最高潮に達する時期は重なっているか、あるいは非常に近いところにある。ボストンマラソンを走った女性ランナーも、出産を経験した人が結構いた。
バージニア州リッチモンドで不動産業をしている33歳のケイラ・ダマートは、今回2位入賞したサラ・セラーズにずっとついて走っていた。しかし、セラーズの姿がかすんで見え、意識がもうろうとし始めると、彼女は本来の自分のペースに落とし、ゴールにたどり着くことだけに集中して走り続けた。完走した時にはゴールすら気づかなかったという。彼女は46位だった。
ダマートに今回のレースと自身の出産経験を比較してもらうと、彼女は「出産のときも、もうだめだとは決して思わなかった」と言った(無論、出産時に途中棄権という選択肢はないが)。彼女はこれまで出場したレースはすべて完走している。
過酷な条件下での男女の違いは、意思の貫き方にもあるといえる。たとえば、自分のペースを守るという点では女子の方が男子より分別があるとされる。これはさまざまな状況下でもいえるが、特に気温が低い時に発揮される。低温時に大きくペースを変えると体温調整に影響が出る。このため自分のペースを守ることが大事になってくるのだ。
「男子はスタート時から積極的に走ろうとする傾向がある。その分リスクを背負って走り始めるから、レース後半に自滅してしまうケースが多々ある」とハッチンソンは言う。今回のボストンマラソンについても「あれほどひどい横殴りの雨の中で18マイル(約29キロメートル)地点でばててしまえば、途中棄権のリスクは一気に高まってくる。しかも、びしょぬれのウェアは7ポンド(約3・2キログラム)になり、それを身につけて走らなければならないのだから」と語った。
状況に応じて目標や期待値を修正する能力に関しても、女子の方が優れているかもしれない。
長距離ランナーのエリート養成コーチのスティーブ・マグネスに聞くと、彼はこんな話をしてくれた。
「私がコーチをしてきた選手の中では、確かに女子の方が悪いコンディションに強く、男子なら棄権するような場合でも、女子は棄権できるのに最後まで走ろうとする。一般論だが、女子ランナーは状況に応じてレースの狙いを変えてゆく調整力を男子以上に持っている。男子の場合、このレースは黒人選手が多いか白人選手が多いか、うまくレース展開ができるか、失敗したらどうしようと、そんなことを考えながら走る傾向が強い」
トップクラスの大会をみても、米国人ランナーのこの傾向はある程度理解できる。先のボストンマラソンでは、男子の優勝候補の一人と目されていたゲーレン・ラップが20マイル(約32キロメートル)付近で棄権した。先頭集団を追いかけていたが、低体温症に陥った。女子の優勝候補に挙げられていたモリー・ハドルとシャレーン・フラナガンは、彼女たちが目標としていたペースをかなり落としながらも完走した。レース前半では、女子選手たちは集団で走った。優勝候補のもう一人、デジレー・リンデンはかなり苦しんでいて、隣を走っていたフラナガンに棄権するかもしれない、と話しかけた。それでも、リンデンは「アメリカの勝利」という目標のため、あと数マイルだけでも他のアメリカ人女子選手を支えようと苦痛に耐えた。そうしているうちに、彼女は立ち直った。そして優勝したのだった。
「女性は生物学的、社会的に、いわゆる世話を焼く傾向がある」と指摘したのはTEDのポッドキャストWorkLife(ワークライフ)のホストで心理学者のアダム・グラントだった。彼は「私が想像するに、過酷な状況下だと男子は途中で棄権するか、やけくそになって『くそー、やってやるぞ』と自分に言い聞かせるか、そのどちらかになる。しかし、女子の場合は一緒に走っているランナーと心を通わせ合いながら支え合おうとする傾向がより強く出てくる」と言うのだ。
女性にとって、運動競技の世界に入って競走することは、今なお社会的な壁がないわけではない。その意味で、ボストンマラソンの女子選手は男子以上に壁を必死に打ち破ってきたといえる。女性は強くなることだけを考えてきた。今回のボストンの荒天という壁はその女性の強さを見せつける格好のレースだった。
ただし、我慢強さは、単純にジェンダーの違いだけで説明できることではない。
今回のボストンマラソンは、逆境の中で戦ってきた者にとって、ある意味理想的なレースだった。男子も女子も、優勝したのは理想的とはいえない環境の中でトレーニングを積み重ねてきたアマチュアランナーだった。男子優勝者の川内優輝は日本の高校で事務をしている。働きながらボストンに出場し、18年に入って4度目のレースで4度目の優勝を手にした。
ボストンで優勝した後、川内はこう振り返った。「僕にとってはベストコンディションでした」(抄訳)
(Lindsay Crouse)©2018 The New York Times