マイク・ワイス(31)は肩から足首にかけて、少なくとも70個のタトゥーを入れている。2011年に最初のタトゥーを入れて以来、ざっと1万3千ドル(1ドル=140円で換算して182万円)をつぎ込んだ。
米ニューヨーク州ラーチモント(訳注=ニューヨーク市の北東約29キロにある村。全米の中でも裕福な場所の一つとされる)に住むワイスはグループフィットネスのインストラクターだが、タトゥーを入れている何百万人もの米国人の一人である。
かつてタトゥーは船乗りや社会不適合者らのカウンターカルチャーと受けとめられていたが、今ではどんな文化にもある。調査機関「ピュー研究所」によると、米国の成人の約3人に1人が少なくとも1カ所にタトゥーを入れている。
タトゥー業界はかつてないほど活況を呈している。市場調査会社「フォーチュン・ビジネス・インサイツ」の調べだと、世界のタトゥー市場は現在約22億ドルに達しており、2032年までには40億ドル超の規模に膨れ上がると予想されている。
米国には2万軒を超すタトゥー店がある。タトゥーアーティストのカリ・バルバ(64)は「Outer Limits(アウター・リミッツ)」という店のオーナーで、カリフォルニア州に2店舗を持っている。彼女が最初の店をオープンしたのは1983年だった。
業界が上向いたとしても、アーティストが必ずしも利益を得るわけではない。「私が最初にお店を開いたころには、同業者の営業を妨害しないよう、お互いに約30マイル(約50キロ)圏内に店を開くことはしなかった」とバルバ。「今では、近いところで3ブロックほどのところにいくつも店がある。タトゥーアーティストの数が多過ぎて、現在、たくさんのベテランアーティストが苦労している」と言っている。
アシュリー・ラス(42)は2021年に乳がんと診断された時、タトゥーを入れた。「手術、化学療法、放射線治療、そして頭髪を全て失うなど、起こり得ることがすべて起きた」とラスは言う。米セントルイス在住で、非営利団体を立ち上げた彼女は「自分の歩みを記録しておきたかった」と話した。
ラスは例外ではない。ピュー研究所の調査では、タトゥーを入れている米国人の3分の2以上が、何か、あるいは誰かを記憶に留めるためにタトゥーを入れたと答えている。ラスはがんと診断されてまもなく離婚し、その記念も兼ねてフェニックス(不死鳥)のタトゥーを入れる決断をした。
タトゥーはまた、明示的に自己を主張するものでもある。ロサンゼルスのミュージシャンでアーティストのエズラ・ミシェル(29)のタトゥーの一つは、トランスジェンダーの男性であることを示すものだ。
ミシェルは胸部手術を受けており、傷痕はほとんど目立たないほど薄くなった。生まれ変わった経緯を心に刻もうと、手術痕が消えないようにそれぞれの傷痕の上にタトゥーを入れる決断をした。
しかし、単に美的な好みでタトゥーを入れることもある。
「自分の身体に永久に消えない印を刻むのであれば、そこには意味が必要だと思いながら育った」とジェイド・フォーマン(27)は言う。ロサンゼルス在住の電気技師だ。「だから、タトゥーにどんな意味があるのかと色々な人に聞きはじめた。彼らは『何もない、ただ格好いいと思ったから』と言うんだ」。フォーマンは合計75個以上のタトゥーにざっと2万5千ドルを費やしてきた。
オレゴン州リンカーンシティーに住むライフコーチ(訳注=人生や生活の指南をする人)のカミーユ・ケア(48)のように、意外な場所でタトゥーのデザインのインスピレーションを得る人もいる。
ケアは肩に入れているライオンのタトゥーを指して、「これはディーゼル(訳注=イタリア発祥のファッションブランド)の店で見つけたベルトのバックルからとった。私はこのライオンが大好き」と話した。
誰もがタトゥーを入れているのなら、それはもはやタブーとは言えないのではないか?
ロニー・パイク(60)は、カリフォルニア州テメキュラに暮らすTik Tokゲーマーでインフルエンサーでもあり、片腕全体に色彩豊かな袖のようなタトゥーを入れている。彼女は、「私と同年代の女性はみんな、変わり者を見るかのように私を見る」と言う。
しかし、この年齢でタトゥーを入れていることは、他の世代にアピールするのに役立つと彼女は言うのだ。「私には、Tik Tokで110万人のフォロワーが多い」とパイク。「すごく若いフォロワーがいる。私はその人たちに未来を見せている。彼らは将来、自分がタトゥーを入れていることに後悔の念を抱かないだろう」と彼女は続けた。
それでも、後悔する人もいるかもしれない。実際、タトゥーの除去ビジネスは繁盛しており、「アライド・マーケット・リサーチ」によると、2027年までに8億ドル近くの市場になると推計される。
数年前、ワイスは両手にタトゥーを入れたが、すぐに後悔した。「このタトゥーを入れた後に私が最初に就いたのは事務仕事だった」と彼は振り返る。「手のタトゥーを見られたらクビになるのではないかと、すごく不安だった」
彼は初出勤日の前に、レーザーでタトゥーを除去する施術に通い始めた。痛みを伴う施術だった。「結局、6回の施術に計1400ドルを費やした」と彼は言う。タトゥーは薄くなったが、完全に消えたわけではなかった。
幸いにして、彼の新しい仕事に支障はなかった。「結局、私は仕事に通い出したが、誰も何も言わなかった」とワイスは話していた。(抄訳、敬称略)
(Julia Rothman、Shaina Feinberg)©2024 The New York Times
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