中国北西部の都市で最近、タクシー運転手は非常にぶっきらぼうな政府の指令を受けた。タトゥー(刺青)を消せ、というのだ。
この指令は2020年8月に出されたもので、甘粛省の省都、蘭州市の運輸当局は地元のタクシー運転手のイメージを高めるためのキャンペーンを展開した。タトゥー禁止の規則は乗客を不愉快にさせないためという触れ込みだ。
それは、若い世代に広がるタトゥー人気を抑え込もうという全国的な取り組みとも重なる。かつて汚名を着せられていたこのボディーアートが、若者たちの間でどんどん受け入れられるようになっているからである。
だが、蘭州市のある運転手はタトゥーを維持したいとして、当局のオンラインフォーラムで同市の指令に対し、丁重ながら鋭く反論した。
「私たちは、運転免許証を申請する際には犯罪歴がないことを示す書類を提出する」と投稿した。その運転手が誰なのかは特定されておらず、コメントを求めることもなかったが、こうも書く。「タトゥーが自分たちを悪漢や犯罪者にするわけではない」
同運転手は、タトゥーの除去は苦痛だし費用がかかり、レーザー技術で皮膚から痕跡を擦り取るために繰り返し通う必要があると書き込んでいる。この過程で、傷痕や色あせた斑点が残る可能性もある。
当局の指令は実に差別的だと同運転手は言うのだ。
しかし、9月7日の公開回答では、蘭州市の運輸委員会は態度を変えなかった。その回答は、エビデンス(科学的根拠)を提示しないまま、「運転手の大きなタトゥーは女性や子どもの乗客を非常に不安にさせる可能性がある」としている。
運輸委員会はまた、「すでにタトゥーを入れている運転手はできる限り外科的処置でそのタトゥーを取り除くべきだ」と主張する。
タトゥーの除去は強制されるのか、誰が費用をもつのかについてははっきりしていない。9月22日に当局に電話取材をしたが、同市の担当者はコメントを避けた。
蘭州市運輸委員会の運転手への回答は中国全土で報じられ、積年の論議を復活させた。中国では、タトゥーが若い人たちにどんどん受け入れられるようになってきているが、タトゥーを犯罪者のしるしとみなす人たちからはなおも敬遠されているのだ。
タトゥー文化は、中国が2008年の北京オリンピックに向けて西側に窓を開き始めたのを機に盛り上がりだした。西洋の影響とポップカルチャー(大衆文化)が共感を呼んだのだ。エンターテイナーやアスリートたちがテレビに出てタトゥーを見せることが増えた。競技中もタトゥーがある腕をむき出しにしたバドミントンの五輪チャンピオン(金メダリスト)の林丹らだ。
タトゥーパーラー(刺青を入れる店)やタトゥーの学校、大会が増えた。チェン・チエ、ジョーイ・パンといった何人かのタトゥーアーティスト(刺青師)は、水彩画のような筆致で中国の水墨画を思わせるスタイルを開発した。ピン刺しで輪郭が細く、パステルカラーが特徴の韓国流ミニタトゥーの繊細な新スタイルに影響を受けたアーティストたちもいる。
日本では、タトゥーはヤクザのような組織犯罪シンジケートと長く関連付けられてきたが、規制は徐々に緩んでいる。多くの浴場や温泉施設はまだ、暴力団員を排除するためにタトゥーを入れた客を受け入れていない。しかし、国は9月中旬、タトゥーの施術に医師免許は不要とする決定を下し、タトゥーパーラーや従事業者は恩恵に浴した。
中国の場合、タトゥー容認の増加は保守派からの抵抗を受けている。テレビの検閲で、2017年と19年には、女性の胸の谷間や男性のイヤリングと同様に、タトゥーが見える画像はぼかされた。中国のスポーツ関係者は昨年、アラブ首長国連邦(UAE)で開かれたサッカーのアジアカップでタトゥーを入れた選手は長そでシャツを着るように命じた。
蘭州市の指令は、タクシー運転手にとって最も厳しいものの一つだったかもしれない。
中国北東部・吉林省の省都、長春市は最近、タクシー運転手のタトゥーを禁止する独自の規則を発表したが、タトゥーを消すのではなく、単に隠すよう告げたのだ(客を乗せている間は、運転手はたばこを吸わず、車両を清潔に保ち、エアコンをつけることも指示)。
不満を公にした蘭州市の運転手は、長春市のやり方が好ましいと述べ、蘭州市当局に指令の修正を提案した。
「指導層が私たちの業界にもっと肯定的な光を当てたいと願っていることはわかる」と同運転手は書いている。「私たちにタトゥーを消すように命じることの目的は、乗客に見えないようにすること。隠せば、同じことだ」
押し問答のすえ、蘭州市の運輸委員会は、運転手たちは腕や首の大きなタトゥーを隠す方法でもよいと述べたが、これは当面の措置と示唆した。
「差し当たり、タトゥーを完全に消し去ることができない人は隠す必要がある」。運輸委員会は運転手にそう返答したという。
タトゥーに対するネット上の反応はさまざまだ。ソーシャルメディアでの非公式な世論調査で、タトゥーを入れたタクシー運転手の車に乗るかどうかを女性3千人に尋ねたところ、850人は乗る、1千人が乗らないと答えている。
ある男性のインターネットユーザーは、中国版ツイッター「微博(ウェイボー)」で、タトゥーの芸術性は尊重するけれど、タトゥーを入れた運転手がひと気のない道路に入ったら緊張するだろうと書き込んだ。
蘭州市の規則はタトゥーに対する古臭い固定観念を反映しているだけだと指摘する人がいる。湖北省の省都・武漢市の29歳のインターネットユーザー、ダイアン・ヤンは微博にこう書いた。「お偉方はタトゥーが嫌いだとしても、女性を口実に使わないでほしい。タトゥーは悪意の表れとみなされるべきではない」
「ごく普通のこと」とリー・ミンチュン(21)は言う。彼女は北京の大学生で、タトゥーについてのインタビューに応え、「個人的な好みだけで、誰かが生計を立てる道をふさぐことはできない」と語った。 自分はタトゥーを入れたいと彼女は言っていた。
(抄訳)(Tiffany May)©2020 The New York Times
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