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エイズ(AIDS)原因のHIV、10代女性の感染者多く スティグマ根強い南アフリカのいま

World Now 更新日: 公開日:
「隠れ家」と呼ばれるクリニックで働く女性たち
「隠れ家」と呼ばれるクリニックで働く女性たち=2024年7月、南アフリカ・クワダレンズワ、宮地ゆう撮影

「隠れ家」を訪ねた

日本でエイズという言葉を日常的には聞かなくなって久しい。だが、感染の恐怖を感じて暮らした経験のある人はいまも多くいるのではないだろうか。その後、いつの間にか聞かなくなったが、それは予防法の発達などで新たに感染する人が減り、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)に感染しても死に至る病ではなくなったという事情もある。

ところが、世界には今なお、約4千万人のHIV感染者がいるという。特に感染者が集中しているのが、サブサハラ(サハラ砂漠以南の地域)だ。なかでも南アは約770万人と、国民の約12%がHIVに感染している上、世界中の感染者の2割を占める計算になる。なぜ、この国では感染がこんなに多いのか。

ところどころにイギリス植民地時代の建物が残る南アフリカ共和国のダーバンは、インド洋に面した港湾都市だ。7月下旬、ここを拠点に治療やHIV感染予防活動をおこなう「エイズ基金南アフリカ(AFSA)」のスタッフと、ダーバン中心部から北東約150キロにあるクワダレンズワという村に向かった。

南アフリカ共和国のダーバンの位置=Googleマップより

AFSAはスタッフ200人を擁する南アのエイズ支援団体だ。国内9地域で活動しており、州政府や医療機関、NGOと連携して、薬の処方からコミュニティー作りまで幅広く活動している。

物売りの人や乗り合いタクシーでごった返す市の中心部を抜け、幹線道路へ。低木の広がる荒野を1時間半ほど走ると、土ぼこりが上がる道の脇に点々と家が並ぶ村に出た。車は小さな平屋の家の前で止まった。スタッフが「セーフハウス(隠れ家)」と呼ぶ場所だ。この中で、この日の取材のために女性たちが待ってくれているという。

「隠れ家」に入ると、中は簡素な作りで、狭い廊下を隔てて四つほどの小部屋に分かれていた。そのうちの一つには診療用ベッドや注射器が置かれ、看護師の女性が座っている。地元の女性たちは、HIVの検査や薬の受け取り、カウンセリングなどに通ってくる。

「カーテンを閉めて、誰が中にいるか分からないようにしています」。AFSAと連携してこの施設を運営するNPO「イジバニ」のマックスウェル・フォノさんは話す。

エイズが他の病気と大きく違うのは、偏見や差別が根強くあることだ。当初、男性の同性愛者の間で広まったことや、感染リスクが高いセックスワーカーへの差別など、さまざまな「スティグマ」によって、現在でも家族や友人にさえ明かせない人は多いという。

19歳のノンタンド・ダミニさんは、まだあどけなさの残る女性だ。昨年11月に定期検査に訪れ、HIV感染を知った。「本当に孤独な気持ちになった」と、小さな声で言った。

性行為をした相手は5歳年上のボーイフレンドだけだ。だが、彼に告げると「なぜ俺だと疑うんだ」と激怒された。彼が複数の女性と関係を持っていることには気づいていたが、それ以上は問い詰められなかった。

22歳の大学生の女性は、17歳の時に感染を知った。「これでもう死ぬんだと思った」。唯一、性行為をした年上の男性は「俺は陰性だ」と言い張ったが、しばらく後、彼の家でHIVを抑える薬を見つけた。問いただすと、感染を知りながらコンドームを使わなかったと、ようやく認めた。カウンセラーに「治療によってエイズ発症は抑えられる」と励まされ、今は「将来は心理学者になりたい」と大学で学ぶ。

感染ルート、研究者の夫婦が解明

南アのHIV感染者の多くが若い女性たちだ。それはなぜなのか。その答えを30年以上求めてきた、世界的なエイズ研究者の夫妻を訪ねた。

ダーバンにあるクワズールー・ナタール大学ネルソン・マンデラ医科大学の一角に、南アフリカ・エイズ研究プログラム・センター(CAPRISA)はある。

入り口には、夫妻が各国の政府や国際機関、大学などから受けた表彰状やメダルが並ぶ。2022年には日本政府から野口英世アフリカ賞を受賞した。

所長のサリム・アブドゥル・カリムさん(64)は、「ここには最先端の設備がある」と案内してくれた。

サリムさんはアパルトヘイト(人種隔離)政策があった時代に黒人の通える医学部で学んだ。妻のカライシャさん(64)とも大学で出会った。

二人は結婚し、米ニューヨークのコロンビア大学大学院に留学。このころ、米国、なかでもニューヨークはエイズの猛威に見舞われていた。「エイズは医療の問題だけでなく、スティグマがつきまとう。だからこそ私たちが取り組むべき病気だと思った」

サリム・アブドゥル・カリムさん(左)、妻のカライシャさん
サリム・アブドゥル・カリムさん(左)、妻のカライシャさん=2024年7月、南アフリカ・ダーバン、宮地ゆう撮影

南アに戻った2人は、5千人以上の血液を集め、感染経路を徹底的に調べ始めた。そのうち、あることに気づく。「年代別に男女の感染者を見ると、15~19歳の女性の感染率は、同じ年齢層の男性に比べてずっと高かった」

南ア第2の人口を抱えるクワズールー・ナタール州の約1万人を調べた2017年発表の研究では、25歳以下のHIVの感染率は男性が7.6%に対し、女性は22.3%と約3倍にのぼる。

ウイルスの遺伝子解析が可能になると、どのウイルスが誰から誰へとうつっているかが明らかになり、聞き取りだけではわからない実態が見えてきた。

それによると、HIVに感染した25歳以下の女性のほとんどが、9歳程度年上の男性から感染していた。さらに、25歳以下の女性と性交渉をしている男性の約4割は、同時に25~40歳の女性とも関係を持っていた。つまり、同じ男性たちが、若い女性たちと、さらに上の年齢層の女性たちに同時に感染させていた。感染を知らない若い女性たちは年を重ね、今度は同世代の男性に感染させる――。そんな拡散の構図ができていたのだ。南アで感染がとまらない一因を科学的に裏付けた大きな一歩だった。

カライシャさんは「若い女性たちは仕事がなかったり、生活に困窮したりで、精神的にも経済的にも安定している年上の男性と付き合う傾向がある。男性が検査をしなかったり、感染を隠したりしたまま複数の女性と関係を持つことで、HIVが拡散される」と説明する。

南ア政府は「仕事は女性が経済的な力を得る一番の方策だ」と雇用拡大を呼びかけているが、女性は男性より平均して38%賃金が低いという調査もあり、生活は厳しい。他の支援団体は「HIVをうつされても、生活のために関係を切れないという女性は少なくない」という。

別の地域で会った女性(43)は、「結婚後も男性が複数の若い女性と性交渉を持つことは珍しくなく、感染しても、現実をただ受け入れるしかなかった」と明かした。

一方、カリム夫妻の研究の意義は大きかった。どの段階でどのような予防をすべきかが見えてきたからだ。定期検査を呼びかけ、コンドームなどによる感染予防の重要性を説く。そして、経済的・社会的な不均衡の中で暮らす女性たちの状況を考え、「自分の力でいかに身を守るか」に焦点を当てるようになった。

2010年には、女性が膣(ちつ)の中に抗ウイルス薬のジェルを入れることでHIVへの感染を防げるという研究結果を発表。これはこの年の米科学誌「サイエンス」の画期的な研究のトップ10に選ばれた。

長年続いてきたエイズ研究は思わぬところでも成果を出している。

2021年11月、サリムさんの名は新型コロナウイルスの変異株(ベータ株)発見のニュースとともに世界に流れた。サリムさんは、2020年にコロナが話題になり始めた直後から、普段はHIVの検出に使っているPCR検査機の一部をコロナ用に転用し、いち早く検査態勢を整えた。「米同時多発テロが起きたとき消防士がすぐに現場に向かったように、世界的な公衆衛生の危機に医療従事者として何ができるかが問われていた」とサリムさん。

CAPRISAはエイズ研究のために南ア各地に研究施設を持っており、各地のコロナ感染を把握することができた。そして、11月に変異株を発見。すぐに、南アの担当大臣に報告し、世界保健機関(WHO)に伝えた。

のちにサリムさんは、米国のコロナ対策を率いた米大統領首席医療顧問(当時)のアンソニー・ファウチさんとともに「危機に立ち上がった科学者」としてネイチャー誌などに表彰された。ファウチさんもまた、もとはHIVの研究者だった。

CAPRISAの研究所内を案内するサリムさん=南アフリカ・ダーバン、宮地ゆう撮影
CAPRISAの研究所内を案内するサリムさん=南アフリカ・ダーバン、宮地ゆう撮影

HIV感染者、アフリカ・サハラ以南に集中

米疾病対策センター(CDC)が、エイズ(後天性免疫不全症候群)の症例を初めて報告したのは1981年6月。日本でも1985年から各地でエイズ患者が報告され、「エイズパニック」と言われる社会現象が起きた。

国連合同エイズ計画(UNAIDS)によると、世界で新たにHIVに感染する人の数は1995年の年間330万人をピークに、2023年には130万人に減った。治療法の進歩で、HIVに感染してもエイズの発症を抑えられるようにもなり、エイズに関連する死者は2004年に210万人だったのが、2023年には63万人になっている。

ただ、感染の止まらない地域もある。2023年時点の試算で、HIV感染者の65%はサハラ砂漠以南のアフリカ諸国に集中している。 国連は2030年までの流行終結を目指す宣言を採択しているが、目標の達成は難しそうだ。