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アメリカの少子化「子どものいない猫好き女性」が原因? 保守派の主張を研究者ら一蹴

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
ブランコに乗る子ども
米カリフォルニア州デイナポイントにあるクリークサイドパークの遊び場で、ブランコに乗る子ども。研究者らによると、養育費の上昇、手の届かない住宅費、将来に対する楽観的な見方の後退などの社会的要因が、米国での子育てを難しくしている=Alisha Jucevic/©The New York Times

何年もの間、米国の一部の保守派は、出生率の低下は家族の価値の崩壊であり、ゆっくりと進行する道徳の破滅の一例と位置づけてきた。

共和党の副大統領候補で上院議員のJ・D・バンス(オハイオ州選出)が、米国は「子どものいない猫好きの女性たち」に牛耳られており、「(彼女たちは)ワシントンやニューヨーク(訳注=米政財界を指す)のばかげた出世競争よりも家族を重視する普通の米国人を憎んでいる」と2021年に発言したことが、ここ最近非難を浴びている。

共和党の副大統領候補で上院議員のJ・D・バンスと妻
米ミネソタ州のセントクラウドで2024年7月27日に開かれた集会に出席した共和党の副大統領候補で上院議員のJ・D・バンス(オハイオ州選出)と妻。バンスは最近、米国は「子どものいない猫好きな女性」に牛耳られていると述べた2021年の発言で、非難を浴びた=Doug Mills/©The New York Times

Foxニュースのコメンテーター、アシュリー・セントクレアは2023年、子どものいない米国人について、こんなふうに語っていた。「連中は、ただ快楽に走り、一晩中酒を飲み、ビヨンセのコンサートに行きたいだけなのだ。充足感や家族を持つ代わりに、自己満足を追い求めているのだ」と。

リプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)の傾向を調べている研究者らは、もっと多様な見方をしている。子どもを持たないという決断は、米国人がより快楽主義的になっていることの表れではない可能性が高いとみている。その理由の一つは、出生率が先進国全体で低下していることだ。

どちらかといえば出生率の低下は、子育て費用の高騰や住宅価格の上昇、将来を楽観できなくなってきていることなどもっと大きな社会的要因が、米国で子どもを育てるのは難しいと思わせていることを示している。

「私は、子どもを持つ意思の欠如だとはみていない」。米ハーバード大学で出生率の低下を研究している社会学者メアリー・ブリントンはこう述べた。「これは社会・政策レベルの問題なのだ」

ブリントンのような専門家は、米国人の少子化傾向への一定の懸念を共有している。

米国では、1960年代半ばにベビーブームが終わって以来、出生率が徐々に低下してきた。米ニューハンプシャー大学の人口統計学者ケネス・ジョンソンによると、その傾向は2008年以降、おもにグレートリセッション(訳注=米国のサブプライムローン問題をきっかけに起きた世界的な大不況)をきっかけに加速していると考えられている。

「出産を数年先に延ばし、経済と国が立ち直ったら子どもをつくればいいと誰もが考えていた。ところが、そんな事態は起きなかった」と彼は指摘する。

女性千人あたりの出生率は2023年、1.6にまで落ち込んだ。人口規模を現状維持するために必要な2.1を、はるかに下回る史上最低の出生率だった。

ピュー・リサーチセンター(訳注=米ワシントンに拠点を置く調査機関)による最新の調査では、子どもを持たないだろうと答える成人が増えていることが判明した。新型コロナウイルスの大流行以前でさえ、米国内の郡部の半数近くが出生数より死亡数の方が多いと報告していた。

加えて、米国人の平均結婚年齢と子どもを持ち始める平均年齢は上昇しており、それが少子化を後押ししている可能性が高い。2023年の、女性の初婚年齢の中央値は28歳で、1980年代と比べて6歳ほど高くなった。

女性が第1子を出産する平均年齢も、ベビーブーム時代は20歳だったのが、2022年には27歳へと大幅に上昇した。

米国への移民は、人口減少を補うのに役立ってはいる。それでも専門家らは、複数世代の人口縮小で学校が閉鎖されたり、経済の発展が停滞し年金制度などの社会保障制度の赤字がさらに拡大したりすることを懸念している。

注目すべきは、少子化の背景にある原因を調べると、子どもを持ちたいという願望に劇的な変化がみられないことだ。

米オハイオ州立大学の人口問題研究所長サラ・ヘイフォードによると、米国人の10代や20代の多くは、依然として子どもを2人欲しいと答えているという。だが、成人の多くがその目標を実現させていないのは、おそらく外的な要因が親になることをより困難にしているためだろう、と彼女はみている。

調査データによって、多くの若者は子どもを持つ前に、家を買うとか、学資ローンを返済するとか、ゆとりある子育てに向けて備えるといった、一定の経済的目標を達成したいと考えていることが浮き彫りになった。米ノースカロライナ大学チャペルヒル校の家族人口統計学者カレン・ベンジャミン・グッツォは、そう言っている。

彼女によると、住宅ローン金利の急上昇や子育て費用の高騰で、そうした目標を達成するのがますます難しくなっている。

子育てのために家庭にとどまることを選択する女性が少なくなっているのに、有給の産休や安定した保育施設など共働きの家族を支援する政策が欠如していることも、カップルに「子どもを持つのは早い」と思わせる要因になってしまっているのかもしれないとグッツォは付け加えた。

彼女は、子どもを持つという決断は、未来に対する究極の「信任投票」だとみている。人びとが世界情勢をどれだけ楽観しているかによっても影響を受ける可能性があるというのだ。

気候変動、頻発する銃乱射事件、新型コロナウイルスの大流行など、現在、若い米国人たちが悲観的になる理由はたくさんあるとグッツォは言う。

これは、米国だけでなく大半の先進国で、経済システムや社会福祉政策が異なるにもかかわらず出生率が低下している理由の説明になるかもしれない。

「わがままを貫いて、『いつもぐっすり寝たいから、子どもはいらない』と言っているというようなことではない」とグッツォは指摘する。「出生率が低下するのは、人びとが将来に明るい見通しを持てないからだと私は思っている」と彼女は言うのだ。

ヘイフォードは、親になることに対する姿勢に変化があるとすれば、今の若い米国人たちが子どもに「可能な限り最高の経験」をさせられるかにより重点を置くようになっていることだと言っている。

ヘイフォードによると、彼女が10代の若者や20代前半の成人を対象に実施した聞き取り調査で、彼らは将来、自分たちの子どもを精神的に満足させられるようになるために、自分たち自身の忍耐力や怒りを制御する能力を向上させておくことの重要性をしばしば強調したという。

また、若い世代では、子育て費用の最低基準が高くなっていることを示す調査もある。

「人びとは、子どもを持つかどうかは自分で決められることだと感じているようだ」とヘイフォードは言う。「彼らは、自分自身が子どもにとって必要だと思うものを自分の子どもたちに与えられないならば、親になることには実に消極的だ」と付言した。

いわゆるベビーブームをどう作り出すか、その道筋はまだわかっていない。前大統領のドナルド・トランプは2023年、より多くの家族に子どもを持ってもらえるよう「ベビー・ボーナス」を提供するとの考えをぶち上げた。「ベビーブームの到来を期待している」と支持者たちに語った。「君たちは本当にラッキーだ」

副大統領候補のバンスは、子どもがいる世帯に対する減税や、子どもがいる人に子どもがいない人よりも強力な投票権を与える選挙制度改革まで提唱している。

グッツォは、子どもを持つことで報われるよう設計された政策が、それだけで成功することを示す証拠はほとんどないと言っている。一部の国の政府は、現金給付や減税、手厚い育児休暇などで出生率を押し上げようとしたが、成果はかんばしくなかった。

少子化はさまざまな社会問題が要因となっているため、グッツォが言うには、学生ローンや高額な住宅費、育児休暇などより広範な課題に対処する法律によって変化する可能性が高い。

「私たちの見解では、すべての政策は家族政策なのだ」と彼女は言っている。(抄訳、敬称略)

(Teddy Rosenbluth)©2024 The New York Times

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