中国で昨年生まれた子どもの数は60年近く前の水準にまで落ち込んだ。顕在化してきた人口統計学的危機の悪化は、この世界最多人口国の再構築を迫り、経済的な活力を脅かしている。
国家統計局によると、中国の2019年の出生数は約1460万人。前年比で4%近く減少し、飢えが広がって何百万人もが餓死した最終年の1961年以降、中国の公式数字では最低の出生数だった。61年には1180万人しか生まれなかった。
中国の出産数は3年連続で減っている。政府が一人っ子政策に終止符を打ち、子どもを2人まで産めるようカップルに許可した翌年の2016年、出生数はわずかに増えた。新生児の数の持続的な増加を促すことを当局が期待した政策転換だった。ところが、それは実を結ばなかった。
専門家たちが言うには、出生数の減少にはいくつかの背景がある。教育を受け、結婚が、少なくとも自分たちには経済的な安定の達成に必要なことではないとみなす女性が労働力として台頭したことなどだ。中国人カップルの多くは、生活費が高騰し、仕事に時間とエネルギーが求められて子どもを持つ余裕がない。また、考え方も変わった。
「誰も結婚を望まず、子どもを産む余裕もない社会なのだ」と米カリフォルニア大学アーバイン校の社会学教授ワン・ファンは言う。「より深いレベルで、人口統計学だけでなく社会的にも、中国がどのような社会になるのかについて考える必要がある」
北京のハイテク会社のエンジニア、エノ・チャン(37)は子どもを持たないという彼の決意について、ここ10年、両親と口論してきたと言う。彼によると、その後、両親はあきらめた。
「私は精神生活や趣味を大事にしている」とチャン。「子どもには、あまりにも多くのエネルギーを注ぎ込むことになる。それは、私には受け入れがたい」
多くの国々が低い出生率と人口の高齢化に苦闘しているが、その問題は中国でより差し迫っている。というのは、中国の場合、社会的なセーフティーネットが未発達なため、ほとんどの高齢者は医療や退職後の生活その他の費用を家族に大きく依存しているからだ。多くの若い夫婦は、兄弟姉妹の支援なしに両親や義理の親、祖父母のめんどうをみることが期待されている。
中国の出生率は昨年、1千人当たり10.48人にまで低下した。49年の中華人民共和国の建国以来最低で、この落ち込みは経済や労働力の供給源に重大な影響がある。一方で平均寿命が延びているなか、出生率が下がり続ければ、経済と急速に膨らむ高齢人口を支えるには若者の数が十分ではなくなる。
それは、資金不足の年金制度や過密な病院、企業にプレッシャーをかけることになる。
さらに悪いことに、出生率が低下すると、労働者からの税収に依拠する中国の主な国家年金基金は労働人口減で2035年までに資金が底をつくリスクを抱え込むことになる。これは、政府を後ろ盾とする中国社会科学院の委託調査によるものだ。
人口統計学上の危機が顕在化しているにもかかわらず、中国政府は依然として生殖における厳しい管理体制を堅持している。
政権党の中国共産党は30年間にわたり、大半のカップルに対し子どもは1人の制限を課し、多くの女性に妊娠中絶や不妊手術を強いることで人口の成長を抑え込もうとしてきた。2015年、出生率の低迷に不安を抱いた政府は子どもの数の制限を2人にまで増やした。
政府は現在、子どもを産むよう奨励しようとしているのだが、あいまいな印象を与えている。出産制限を超えたカップルには罰則を適用する。当局は、子どもを産む独身女性には罰金を科し、卵子の凍結といった生殖技術を使うことを禁じている。
出生率を上げるための政府の取り組みは、より広範な経済的かつ社会的な変化にも直面している。
教育費や住宅費、医療費が高騰している。女性たちはますます大学教育を受けるようになり、キャリアの中断を嫌うようになった。妊娠可能年齢期にある女性の一部は、自身が「一人っ子」政策の産物で、子孫のことで大騒ぎする意味が理解できないのだ。
北京の歯科医院で管理事務職にあるトン・チャン(28)は、彼女のようなミレニアル世代はビクつくことなく自分のためにおカネを使って楽しく過ごしており、子どものために自身の欲求を犠牲にするなんて想像し難いと言っている。
「私たち、みんな一人っ子で、正直なところ、ちょっと利己的」と彼女は言う。「自分自身がまだ子どもなのに、子どもなんて育てられる?
それに、その子の世話をして、真夜中に授乳するなんて?」
トンは、ボーイフレンドと一緒に暮らしているが、2人は当面結婚しないと決めていると言う。それぞれの両親から、子どもをつくれとせっつかれたくないからだ。
非営利団体の従業員メロディー・リン(26)は、子どもを持つ理由が思いつかないと言う。社会の規範に合わせ、家族をつくることを考えたことがあるが、すべての女性が子どもを持つ必要はないとの主張を読んだ後は、そうしないことにしたと言うのだ。
「私の両親は、私がまだ若いからで、年を重ねれば気が変わると思っているけれど、そうはならないと思う」と彼女は言っていた。
中国の合計特殊出生率――1人の女性が生涯に産む子どもの推定数――は1.6人に低下し、長期にわたって「人口置換」水準の2.1を総じて下回ってきた。それは、中国は間もなく人口規模が縮小し、年金生活者を支えるには労働人口が少なすぎる事態になることを意味する。
中国社会科学院は昨年、中国の人口減少は2027年に始まると語った。人口減少が始まるのはもっと早いか、すでに始まっているとみる向きもある。中国の人口に関する数字は、他のデリケートな統計と同様、その精度や完全性が長年疑問視されており、正確な予測や比較を難しくさせている。
米ノースカロライナ大学の准教授(社会学)カイ・ヨンは、低い出生率は少なくとも今後10年は続くとみている。
「人口統計学上の危機は、地球温暖化と多くの点で類似している」とカイは指摘する。「水面はゆっくりと上昇しており、それに対処するには長期的な戦略が必要だ」(抄訳)
(Sui―Lee Wee、Steven Lee Myers)©2020 The New York Times
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