HIV感染者の急増が目立つフィリピン。首都マニラから南にバスで2時間のところにある港町バタンガスを訪ねた。ここでは、性的少数者のためのNGO「ワガイワイ・イクオリティ(WE)」が、HIV検査や予防、治療へつなげる活動を行政と連携して担っている。
2022年9月。スタッフのジョラム・アスナルさん(37)の携帯が鳴った。ジェリー・アコスタさん(40)からだった。「発熱が続き、せきも出る」。HIV感染初期の症状に似ていることが気になり、すぐに彼を家に呼んで検査した。
パートナーの男性とともに簡易テストを受けたアコスタはHIV陽性、一方、パートナーは陰性だった。少し前に参加したパーティーで酒を飲み過ぎ、面識のなかった参加者とコンドームを使わずに性交渉した際に感染したようだ。
フィリピンでは、抗HIV薬を感染予防のために使う「曝露(ばくろ)前予防(PrEP)」が2017年ごろから全土に順次拡大。HIV検査や抗レトロウイルス治療も原則、自己負担なしで受けられる。
にもかかわらず、HIV、エイズの問題に取り組む国連機関、国連合同エイズ計画(UNAIDS)の推計によると、2023年のHIV新規感染者数は2010年の6.6倍の2万9000人に増えた。男性間、とくに若い世代で急増している。
マッチングアプリの普及により、素性を知らない相手と性交渉をしてHIVに感染する例が後を絶たないという。アコスタは「理性的な判断ができる状態でいなければいけなかった。どうすれば自分を守れるのか知っていたのに」と悔やむ。
国民の8割強がカトリック信者のフィリピン。性に対しては保守的で、HIVやエイズへの偏見は根強い。検査や治療に至るまでの心理的なハードルが高く、支援団体の役割は重要だ。
WEの中心メンバーであるジラ・サンソンさん(20)は言う。「とにかく教育。予防や検査、治療の総合的な対応も、教育の土台があってこそだ」。検査の重要性を知ってもらい、早期治療と感染拡大防止につなげなくては、充実してきた医療も宝の持ち腐れになってしまう。
アコスタさんの場合は感染から検査、治療へと迅速に進んだため、ウイルスの量は検出されないレベルまで半年以内に下がった。治療を続けながら、WEの活動にも参加している。「このコミュニティーがなかったら、私は孤立していたはず。今、私は自分がHIV感染者であることを恥じていない」と語る。