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EVでテスラと覇権を争う中国メーカーのBYD、躍進の秘密は刀の形をしたバッテリー

World Now 更新日: 公開日:
BYDが発売するEV3車種
BYDが発売するEV3車種=2022年7月、東京都内

日本でも知名度が上がってきている中国大手電気自動車(EV)メーカー「BYD」。販売台数では米テスラと1、2位を争っています。なぜここまで躍進したのでしょうか。カギとなったのはブレードバッテリーと呼ばれる、バッテリーの開発でした。(鈴木友里子)

「世界初」のブレードバッテリー

中国・重慶の市街地から車で約1時間。周りを緑に囲まれた約1平方キロメートルの広大な敷地の入り口には、中国大手電気自動車(EV)メーカー「BYD」の文字をかたどった赤いロゴマークが掲げられている。ここはEVの要となるバッテリー(電池)を製造するBYDの工場だ。

入ってまず目に入ってきたのは、大きなスポーツグラウンドだ。約1万2000人の従業員が働く工場敷地内には、二つの生産エリアや研究施設のほか、宿舎やスーパーマーケット、ジムや理髪店まで完備されている。

BYDは、日本では俳優の長澤まさみさんが出演するCMなどで徐々に認知度を上げているEVメーカーだが、世界的に見ると、すでに販売台数で米テスラと1、2位を争うEVのトップメーカーでもある。

「ここは世界最初のブレードバッテリー(刀片電池)の生産基地として2019年に着工された」。そんな説明とともに通された工場入り口には、薄く細長い長方形のバッテリーが展示されていた。その特徴的なブレード(刀)型の形状からブレードバッテリーと呼ばれる。2020年に発表したこのバッテリーは、BYDを世界的なEVメーカーに押し上げた原動力でもある。

重慶工場で作られているのは長さ96センチメートル、厚さ1.35センチメートルの製品だ。この他、車種に合わせて40~120センチメートルのさまざまな長さのものが、中国国内外のバッテリーの生産拠点で製造されているという。

長いブレードバッテリー(奥)と、短いブレードバッテリー=2024年8月、重慶市、鈴木友里子撮影
BYD重慶工場内に展示されていた長いブレードバッテリー(奥)と、短いブレードバッテリー=2024年8月、重慶市、鈴木友里子撮影

どんな点が優れたバッテリーなのか。最初に案内されたのは、正極の主な原料である「リン酸鉄リチウム」と負極の主な原料である「黒鉛」の粉末を、それぞれ結合材などと混ぜてペースト状とする工程だ。大きな金属タンクの中で攪拌(かくはん)されペースト状となった後、それぞれ薄くのばした金属箔(はく)にコーティングしていく。

ブレードバッテリーの中身は、正極材にリン、鉄、リチウムを使う「リン酸鉄リチウムイオン電池(LFP電池)」だ。欧米や日本で主流の「三元系リチウムイオン電池」が正極材に高価なコバルト、ニッケル、マンガンを使っているのに対し、LFP電池は価格が2~3割安いとされる。また、構造が安定しているため、三元系より発火リスクを抑えやすく、さらに寿命も長いという。

ブレードバッテリーとその中身の一部がわかる展示物=2024年8月、重慶市内のBYD重慶工場、鈴木友里子撮影
ブレードバッテリーとその中身の一部がわかる展示物=2024年8月、重慶市内のBYD重慶工場、鈴木友里子撮影

一方、これまで主流とならなかったのは、三元系に比べてエネルギー密度が低く、電池の体積当たりの航続距離が短いという欠点があったからだ。その課題を克服するために生み出されたのがこのブレードの形状だ。

薄く細長い形にし、バッテリーパック内に効率よく敷き詰めることで一台の車に搭載できる電池の量を増やした。部品数を減らすことで更なる効率化も進める。工場長の田維浩(ティエンウェイハオ)さんは「構造面での技術革新によって、バッテリーパックの利用率を高め、それによりエネルギー密度を上げ、航続距離を大幅に引き上げた」と解説する。

BYD重慶工場の田維浩工場長=2024年8月、重慶市、鈴木友里子撮影
BYD重慶工場の田維浩工場長=2024年8月、重慶市、鈴木友里子撮影

ブレードバッテリーに関する特許は700件以上に上るという。これにより、例えば6月に日本でも販売が始まったEVセダン「SEAL」では1回の充電で640キロメートルの走行を実現している。

BYDが日本で発売したEVセダン「SEAL」=2024年6月、東京都内、西山明宏撮影
BYDが日本で発売したEVセダン「SEAL」=2024年6月、東京都内、西山明宏撮影

中国の先行技術、日本の自動車メーカーも追随

広東省深圳市に本社を置くBYDはもともと、1995年に電池メーカーとして創業。携帯電話やパソコン向けのリチウムイオン電池から始まり、当時の携帯電話大手モトローラへの供給で急成長した。

次なる電池の主戦場としてEVに目を付けると、2003年に国有自動車メーカーを買収し、EVメーカーへの歩みを始めた。電池の研究者から企業家に転じたBYD創業者の王伝福(ワンチョワンフー)会長は、その経歴から「電池王」との異名をとる。

発表会にビデオメッセージで参加したBYDの王伝福会長=2022年7月、東京都内
発表会にビデオメッセージで参加したBYDの王伝福会長=2022年7月、東京都内

電池はEVの車両価格の3割程度を占め、製造コストを大きく左右する。BYDは自社製造の安価なバッテリーを武器に、低・中価格帯に強いEVメーカーとして急成長した。2023年10~12月期には、世界のEV新車販売台数で長らくトップを守ってきた米テスラを抜いて世界一になった。2024年に入っても首位争いを続けている。

こうしたBYDの躍進は車載電池市場のあり方も変えている。もともと欧米や日本は三元系のリチウムイオン電池が主流だったが、BYDを始めとする中国勢が牽引(けんいん)してきたLFP電池の性能が改善されたことで、世界的にもLFP電池を採用する動きが広がる。

国際エネルギー機関(IEA)によると、2023年の世界のEV向け電池市場に占めるLFP電池のシェアは4割を超え、2020年の2倍以上となった。トヨタや日産といった日本の自動車メーカーもLFP電池の開発、生産に乗り出している。

EVや電池に詳しい電力中央研究所特任役員の池谷知彦さんは「日本勢の技術力や品質は今でも高い。それゆえに、高い理想を掲げて三元系で高性能の電池開発を目指した。一方、BYDを始めとする中国勢は、品質改良を図りながら積極的に市場投入を進め、その中で市場のニーズに合わせて技術力、生産力とも上げてきた」とその戦略の違いを解説する。

BYD重慶工場の田工場長は、今後の電池開発についてこう強調した。「我々はこれまでの方向性での開発を続けていく。より速い充電、より長い寿命、そして極限環境での使いやすさや安全性の向上といった方向だ。なぜなら、これらはすべて消費者の関心が高い課題だからだ」

BYDの本社ビル「ヘキサゴン(六角形)」(右)の後方EVEVや車載電池の工場が広がっている=2022年8月、深圳、奥寺淳撮影
BYDの本社ビル「ヘキサゴン(六角形)」(右)の後方EVEVや車載電池の工場が広がっている=2022年8月、深圳、奥寺淳撮影