1. HOME
  2. Learning
  3. 子どもを性犯罪から守る「日本版DBS」とはどんな制度?概要や課題を分かりやすく解説

子どもを性犯罪から守る「日本版DBS」とはどんな制度?概要や課題を分かりやすく解説

日本版DBS こどもの性被害どう防ぐ? 更新日: 公開日:
写真はイメージです=gettyimages
写真はイメージです=gettyimages

仕事で子どもと接する人について、性犯罪歴の有無を照会できる制度「日本版DBS」を創設するための法律が、2024年6月に成立しました。新たに設けられる制度は、子どもたちへの性犯罪防止にどの程度効果があるのでしょうか。

日本版DBSの創設を盛り込んだ「こども性暴力防止法」が2024年6月に成立しました。今後、こども家庭庁などが制度の詳細を決め、2026年12月までに運用が始まる見通しです。

日本版DBSはイギリスのDBS(Disclosure and Barring Service)の制度を参考にしており、行政に監督・認可などの権限がある学校や保育園、学童保育に対して、職員や就職希望者の性犯罪歴を確認するよう義務付ける制度です。言い換えれば、子どもに関わる施設・事業者が、これまで知り得なかった職員や求職者の性犯罪歴を知ることができるようになります。

対象となる施設・事業者には、前科の確認以外にも、性暴力に関する職員研修の実施や、子どもたちが相談しやすい体制づくり、さらに性暴力が疑われる場合は調査を行い、被害者に適切な保護とサポートを提供することも義務付けられます。

放課後児童クラブ(学童)や認可外保育所、学習塾、スポーツクラブは政府による任意の認定制度の対象になります。

こども家庭庁内に作られたイベントスペースの入り口
こども家庭庁内に作られたイベントスペースの入り口=2023年4月25日、東京都千代田区、朝日新聞社

制度ができた背景には、教員や保育士、習いごとのコーチらによる、子どもへの性犯罪が後を絶たない現状があります。警察庁によると、2022年度に発覚した子どもへの性犯罪は、1000件を超えています。また文部科学省の調査では同年度、公立の幼稚園や小中高校で性犯罪・性暴力による懲戒処分を受けた職員の数は、242人に上りました。内閣府によると、子どもへの性加害者は7~8割が親族や教師などの「顔見知り」であるとの調査結果もあります。

しかし現在は、例えば性加害のため懲戒処分を受けた教師が学習塾など子どもと関わる仕事に再び就職しようとした場合、塾の経営者らがその人の性犯罪歴を調べることはできず、自己申告に頼らざるを得ません。前歴のある人が再び子どもと関わり、再犯するケースも起きています。

2020年には、ベビーシッターが担当した子ども20人に性暴力を行ったとして逮捕され、仕事で子どもに関わる人の性犯罪が社会から大きな注目を集めました。この事件を受けて子ども支援に関わる団体、有識者などから日本版DBSの設置を望む声が高まり、署名運動なども展開されたことが、制度創設を後押ししました。

ここでは、日本版DBSの対象となる施設や、性犯罪歴の照会に至るプロセスなどをご紹介します。

幼稚園と保育所、小中高校、児童養護施設、障がい者施設など、子どもが継続的に利用する公共性の高い施設については、性犯罪歴の確認が義務付けられます。

また学童保育や学習塾、子どもを受け入れているスポーツクラブなどの民間事業者も、国にDBS制度への参加を申請し、認定を受けることで、性犯罪歴の照会が可能になります。

認定事業者は公表されるので、性犯罪が起きるリスクの低減に努めている組織として社会に周知され、保護者から信頼を得て生徒も集めやすくなる、というメリットが期待できます。

「日本版DBS制度」の対象範囲=朝日新聞社作成
「日本版DBS制度」の対象範囲=朝日新聞社作成

照会対象者が、過去に不同意性交罪や痴漢・盗撮など、刑法の性犯罪に関する規定や条例に違反して有罪判決を受けた場合に、その情報が開示されます。
犯罪が立証されても、検察官が行為の軽重や情状などを踏まえて起訴せず不起訴処分(起訴猶予)にした場合や、被害者との示談が成立するなどして立件に至らなかった場合は、開示の対象にはなりません。

「日本版DBS制度」性犯罪歴を照会する流れ=朝日新聞社作成
「日本版DBS制度」性犯罪歴を照会する流れ=朝日新聞社作成

施設・事業者は、対象となる職員や就職希望者について、こども家庭庁を通じて性犯罪歴の照会を申請します。

同時に照会対象となった人も、自分の戸籍情報を同庁に提出します。

申請を受けた同庁は法務大臣に犯罪歴を照会し、結果を通知します。ただ性犯罪歴があった場合、まず照会対象者にその事実を知らせます。本人が2週間以内に内定を辞退するなどした場合、施設・事業者への通知は見送られます。

施設・事業者は、照会した人の性犯罪歴が分かった場合、就職希望者なら採用を見送る、現職者なら配置転換をするなど、子どもと接する業務に就かせないようにしなければいけません。

禁錮以上の刑を受けた人については、刑の執行が終わってから20年間、執行猶予と罰金刑を受けた人については10年間、性犯罪歴を照会できます。

イギリスでは2002年から、子どもと接する職に就けない人の「リスト化」が始まり、2012年からDBS制度が始まりました。2023年までに、約8万人がリスト化されたといいます。

リストに載せられているのは有罪判決を受けた人だけでなく、警察が性暴力事件への関与を疑い事情聴取を繰り返すなど、性犯罪のリスクが高いと判断された人も含まれます。また事業者の情報提供などに基づき、DBS側が調査を行った上で、就労を制限すべきだと判断した人をリストに載せることもあります。この際、リストに掲載された人は不服申し立てをする権利があります。

イギリスのDBSは現在、子どもだけでなく高齢者や障がい者ら、ぜい弱な成人をも守る制度へと機能を拡充しています。このためリストに載った人の就労が制限される職種も、保育や教育だけでなく病院や警備、介護など幅広い分野に及びます。

日本版DBSの創設によって、子どもを性被害から守るための社会的な取り組みが進むとの評価がある一方、子ども支援の関係者や学識者からは、改善すべき点が残されたとの指摘も出ています。どのような課題があるのでしょうか。

日本版DBSによる情報開示の対象は、有罪判決を受けて前科のある人に限られます。しかし子どもへの性犯罪で、有罪判決に至るケースはごくごく一部です。

そもそも子どもたちが大人へ被害を伝えられず、発覚に至らない性犯罪も多いと考えられています。幼い子どもは自分が何をされたのか分からず、成長して初めて「あの時性暴力を受けた」と気づくことも多いからです。被害を受けたと分かっても「うちに帰るのが遅くなった自分が悪い」「恥ずかしい」「うそつきだと言われたらどうしよう」などと考え、相談できない子もたくさんいます。

写真はイメージです=gettyimages
写真はイメージです=gettyimages

たとえ子どもが勇気を出して被害を打ち明けても、保護者が事情聴取や証言などによって子どもが傷つくのを恐れ、警察へ被害を訴え出ないこともあります。保護者が被害を届けても、司法当局に子どもの証言だけでは犯罪を立証できないと判断され、立件を見送られることも少なくありません。

イギリスのDBSでは、有罪判決を受けていなくても、DBSの調査や警察からの情報共有で再犯リスクが高いと判断された人は、リスト化される可能性があります。しかし日本のDBSには、こうした仕組みは設けられない見通しです。子ども支援の認定NPOフローレンスは、犯罪が立証されても起訴に至らなかった起訴猶予の人などについても、照会対象に含めるよう求めています。

学童保育などの民間事業者が、DBS制度に参加するための認定を受けるには、職員研修や子どもが相談しやすい体制を整えるなどの要件を満たす必要があります。

しかし小規模な事業者は、研修や相談窓口を設ける資金的な余裕がないことも多く、認定を取得しないまま運営を続けるケースも出てくることが懸念されます。認定を受けていない事業者に、性犯罪歴のある人が流れ込む可能性も否定できません。より多くの事業者が認定を受けられるよう、行政が小規模事業者の研修などをサポートすることが求められます。

日本版DBSでは、禁錮以上で20年、罰金・執行猶予で10年と、照会可能な期間が限られる見通しですが、イギリスのDBSは子どもに対する性犯罪歴は永久に記載されます。フローレンスは「イギリスの例も参考にしながら、継続的に議論する必要がある」と訴えています。

弁護士で甲南大名誉教授(刑事法)の園田寿氏は、「DBSで一番の問題点は、個人情報の中でももっとも慎重に扱われてきた前科情報が民間に流れるという点だ」と指摘しています。

公立学校の教員ら、公務員には守秘義務が適用されますが、学習塾などの民間事業者には現時点でこうした義務はなく、性犯罪歴が外部へ漏れてしまうリスクがあります。

個人の前科が地域に広まるような事態になれば、再就職に支障が生じたり、コミュニティーから排除されたりといったことも起こりかねません。政府は事業者に対して、情報管理のガイドラインを設けるほか、情報を漏洩した場合、罰則を設けることも検討するとしています。過去に罪を犯した人の社会復帰や更生を妨げないためにも、情報漏洩を防ぐ仕組みづくりは大きな課題です。

写真はイメージです=gettyimages
写真はイメージです=gettyimages

イギリスのDBSは当初、子どもに接する仕事だけが制限対象でしたが、その後守るべき対象者が子どもから大人に広がる中で、制限対象の職種も拡大してきました。

ただ、無制限に職種を広げてしまうと、性犯罪歴を持つ人たちの「職業選択の自由」を侵害する恐れがあります。子どもたちの安全を確保し、前科を持つ人の人権も尊重できる制度の在り方を議論することも重要です。

日本版DBSは、性犯罪歴のある人を子どもから遠ざけることで、再犯を防ぐシステムです。

DBSの存在そのものが「子どもに関わる仕事に就けなくなっては困るから、罪を犯すのはやめよう」という犯罪抑止につながる可能性はありますが、初犯を直接防ぐ仕組みはありません。教員や保育士を養成する過程で、性暴力被害に関する講座を必修化するなど、子どもに関わる仕事に就く人の教育・啓発にも併せて取り組むことが大事です。

また子どもたちに対しても、一般的な性教育に加えて「信頼できる大人でも、他に人のいない場所で2人だけで会うのは避けた方がいい」といった、実践的な被害予防のスキルを教える必要があるでしょう。

DBS運営費は誰が負担するか

イギリスのDBSは、無犯罪証明書の発行にあたり、事業者あるいは個人から照会のレベルに応じて規定の発行料(2024年現在、「基本チェック」で1通あたり18ポンド=約3500円)を徴収し、それがDBS運営の原資になっています。DBSは職員給与で年間総額約100億円、運営費などにさらに年間250億円以上かけており、日本版DBSではどのように多額の運営費をまかなうかも問題です。

日本版DBSに絡む法律は、施行後3年で見直される予定です。現在指摘されている課題のほか、制度運用後に見えてくる改善点を洗い出し、法律をブラッシュアップする必要があります。

また子どもへの性犯罪を防ぐには、加害者を治療につないで再犯を防ぐことや、周囲の大人が子どもの信頼を得て、被害を受けた時に相談してもらえる関係性を作っておくことなど、制度以外にもさまざまな取り組みが求められます。子どもたちが安全に生活できる社会をつくるため、大人がやるべきことは、まだまだたくさんあるのです。