先日、ドキュメンタリー映画「パドレ・プロジェクト/父の影を追って」の試写会に行ってきました。
お笑い芸人の「ぶらっくさむらい」こと武内剛(ごう)さんが2歳で生き別れになった父親を探すため旅に出るドキュメンタリーです。
武内剛さんは西アフリカ・カメルーン人の父親と日本人の母親の間に生まれた「ハーフ」です。母親の出身地である愛知県で育ち、カメルーン人の父親に会ったのは2歳だった頃が最後。以後、父親との交流はありませんでした。知っていたのは「父親はイタリアに住んでいるらしい」ということだけです。
武内さんは1980年生まれですが、子供の頃に通っていた愛知県の学校には外国にルーツのある子供があまりおらず、「外国人の容姿」をしている彼は嫌でも目立ってしまったようです。でも深刻ないじめに遭ったわけではなく、武内さんは自分の生き方を模索しながらも、今までそれなりに幸せに過ごしてきました。そうはいっても「物心がついてから父親に会ったことがない」という事実は自分の中で消えず、常に心にぽっかり穴が開いているような状態でした。
カメルーン人の父親を探してイタリアへ
武内さんの中に「父親に会いたい」という漠然とした気持ちはずっとあったものの、彼は長いあいだ「会いたい気持ち」を行動に移すことはありませんでした。
今まで感じていた「会いたい」という漠然とした気持ちが「会うなら今しかない」という強い気持ちに変わったきっかけは「コロナ禍」でした。コロナ禍の1年目、イタリアでは多くの人が新型コロナウイルスに感染し亡くなりました。そんなニュースを聞き、武内さんは「父親は生きているのだろうか……?」「もし生きているのなら、今会いたい」という思いを強くしました。
そして武内さんはついに「父親探し」の旅に出るのです。2022年5月、まだまだコロナ規制が厳しい中、武内さんはイタリア行きへの飛行機に乗り、「10日間という滞在期間中に父親を見つける」と希望を持ってイタリアに降り立ちました。そして父親がいるらしいミラノに滞在しながら父親を捜し始めますが――。人口140万人のミラノで、父親の生年月日も住所も分からない状態での「人探し」は困難を極めます。
様々な壁が立ちはだかるなか、ミラノで手を差し伸べてくれたのは現地のアフリカンコミュニティーでした。映画では武内さんがミラノに暮らすカメルーン人らと交流をしながら、父親の居場所に関する手がかりを見つけようとする様子が描かれています。映画に映し出されるカメルーン人は誰もが協力的で、見ていてほのぼのしました。
武内剛さんはこの映画に出演しているだけではなく、この映画の監督とプロデユ―サーでもあります。そのせいか、この映画には「お涙ちょうだい」的な要素はありません。過剰な演出はせず、作りこまずに、あくまでも淡々と「今そこにある現実」を追っています。
映画を通して考える 「家族」とは?
言うまでもなくこの映画のテーマは「父親探しの旅」です。そうはいっても、筆者はこの映画は見ている側に様々なことを訴えかけていると感じました。たとえば「家族」というものについて。
武内さんは一人っ子で、前述の通り日本人の母親のもとで育ちました。よって見方によっては「武内さんの『家族』は母親一人である」という考え方もできるわけです。でも、たとえ交流がなくても、たとえ父親について不透明な部分が多くても、子供の「父親に会いたいという気持ち」は誰にも否定できるものではありません。
近年は「家族とは子供の面倒を見る人のこと」という女性からの声が強く、筆者も女性としてこの考え方に賛同する一方で、「子供の気持ち」を無視してはならないとも強く思うのです。
たとえ長いあいだ接点がなかった父親であっても、子供の「会いたい」という気持ちを尊重しなければいけません。子供が「会いたい」と言える環境にいることが何よりも大事なことだと感じました。
そして、もうひとつ大事なこと。それは、世の中は「婚姻関係から生まれる子供ばかりではない」という事実です。つまり「お父さんとお母さんが結婚していない状態で生まれた子供」も多くいるわけです。こう書くと、そんなのは言うまでもなく当たり前のことではないか……なんて声も聞こえてきそうですが、実際のところ、日本では何かと「親が結婚している前提」で話を進める人が多いのもまた事実です。特に「ハーフ」の人は「お父さんとお母さんはどこで出会って結婚したの?」という旨の質問をよくされます。
映画は「父親探し」がメインのテーマであるものの、この映画に出てくる武内さんの母親である「信子さん」が印象深いです。映画のなかではサラリと「証券会社に勤めていた母親は一人で僕を育てました」と紹介されていますが、様々な苦労があったに違いありません。
映画を見ていて、子供の最善を考え「冷静な感覚」を持った母親だと感じました。息子に外国のルーツがあるので「いじめに遭わないように」と近所の荒れた学校ではなく、もっと都会の小学校に子供を通わせたこと。父親について武内さんに「お父さんに会ってきたら?」と過去に何回も促していたこと。子供を一人で育てている女性が仕事を持ち、子供に父親の悪口を言わない……これは簡単なことのようで、実際には違う話もよく聞こえてくるのです。
筆者は映画の中で、武内剛さんと母親の信子さんがお話しするシーンが好きです。このお母様、なかなか「いいキャラ」をしていて、お母様が話すたびに映画館の客席が笑いに包まれました。お母様は映画の「最初」と「最後」に登場します。
ところで、これは武内さんが伝えたかったことではないかもしれませんが、筆者は「日本に黒人で日本語の名前(武内剛)を持つ人がいること」を多くの人に知ってほしいと思いました。
つまり日本に「黒人の日本人」が確かに存在しているということです。近年は徐々に「日本人も多様であること」が世の中に知られるようになりましたが、映画を通して更に広く世の中に伝わるとよいなと思っています。
さて、イタリアはミラノでの「父親探しの旅」、武内さんは父親を探し出すことができたのでしょうか?父親に会うことができたのでしょうか?皆さん、ぜひ劇場に足を運んでみてください。