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健康志向、人口減…日本の酒消費量は将来も減少?経済学の視点で専門家が分析

LifeStyle 更新日: 公開日:
アルコール飲料を拒否する女性のイメージ写真
写真はイメージです=gettyimages

消費量は減り、規制は強まりと、お酒と飲酒文化は大きな曲がり角を迎えているようだ。では、将来はどうなるのか? 経済学者としての視点で国内外の市場を分析している都留康・一橋大学名誉教授(70)に聞いた。(聞き手・中川竜児)

――国内のお酒の消費量はどう変化してきたのでしょうか。要因も教えてください。

世界的に、お酒の消費量は所得水準が高くなるにつれて増えます。最初は価格の安いビールが飲まれ、その後ワインなどに移行し、多様化していきます。現在、最大のビール消費国は中国です。ベトナムの消費増も急ピッチです。

日本のお酒の消費も高度経済成長期には増えました。これには、成人人口の増加も貢献しました。日常的にお酒を飲むであろう20~64歳の「飲酒適齢層」が成人人口に占める割合は、1960年には91%でしたが、2020年は65%まで減っています。この層が数として最多だった1990年代半ばにお酒の消費量もピークを迎え、以降減少しました。

バブル経済崩壊以降の日本社会の「失われた20年」は、お酒にとっても「失われた20年」になりました。2人以上の勤労者世帯の可処分所得を見ると、1998年の月49.7万円をピークに減少に転じ、消費支出も1997年の月35.8万円から同様の経過をたどっています。お酒の支出はと言えば、最大値が1994年の年5.6万円で、これ以降減少しています。所得が減って真っ先に削られたのは、生活必需品ではないお酒でした。

経済的要因だけでなく、健康意識の高まりのような社会的要因もあります。厚生労働省の国民生活基礎調査によると、「お酒を飲み過ぎないようにしている」と回答する人の割合が増えています。日本政策金融公庫の消費者動向調査でも、2000年以降、健康志向は着実に上昇傾向にあります。

――著書『お酒の経済学』では、お酒の「消費格差」にも触れています。

収入階級別のお酒の消費パターンには明確な差があります。収入を五つの層に分けたうえで、お酒の消費量が順調に伸びていた1974年を見ると、下位20%層では焼酎が、上位20%層ではワインとウイスキーが最も多く飲まれていました。中間層では、ほとんど差がありませんでした。

しかし、低成長に移行した後の2014年を見ると、下位20%層では焼酎も含めて消費が平均以下に落ち込む一方で、上位20%層はワインを先頭に多様で旺盛な消費を行っていることが分かります。

二つのことが示唆されています。一つ目、高度経済成長末期には最下層と最上層には明確な差があったが、中間層には格差はほとんどなかった。二つ目、近年では最下層から中間層まで似たような消費パターンで、かつ支出が減っているのに対して、最上位層はワイン、ウイスキー、日本酒を主に楽しみ、支出も増えている。格差拡大があらわになってきています。

――今後のお酒の消費をどう予測しますか。

今の日本社会では、経済的要因に健康意識の高まりなどが加わってお酒の消費量が減っています。そして、この延長線上で将来も減ると考えられます。22世紀を迎える頃、日本の人口は6千万人程度に半減すると予測されています。そのときの1人当たりの消費量は現在の半分程度(年約37リットル)でしょう。これは「多くても」の数字で、お酒の健康への悪影響に関する研究が進み、飲酒に関する規制が強まれば、さらに減少するかもしれません。

秋田県の新政酒造を訪れ、木桶の前に立つ都留康さん
秋田県の新政酒造を訪れ、木桶の前に立つ都留康さん=本人提供

――ノンアルコール飲料の市場の可能性はどうでしょうか。

高度経済成長期から現在まで、お酒の消費は、日本酒とビール中心から多様化しながら減少してきました。将来も、多様化と減少は進むと考えられますが、多様化にはノンアルコール飲料と低アルコール飲料の増加が含まれます。ここがこれまでの多様化とは決定的に異なる質的変化になります。

ただ、国内のノンアル市場は拡大してきましたが、現状はまだ「アルコール飲料の代用品」にとどまっているとみています。一例として、サントリーの2024年の推計値を見ると、ノンアル市場全体約35万キロリットルのうち、8割近くをノンアルビールが占めています。つまり、「本物が飲めない日の代用品」として求められていると推測できます。

そのノンアルビールも、ピークだった2021年から初めて、2022年に前年割れし、2023年は横ばいになりました。「ビール離れ」と同様の「ノンアルビール離れ」の始まりかもしれません。市場がさらに成長するためには、多様なノンアル飲料が開発されていく必要があります。

――お酒を巡っては規制も強まっています。アイルランドは2026年から、より強い健康警告表示を義務づけます。

健康表示に関しては、ノーベル経済学賞を受賞した米ハーバード大学のアマルティア・セン教授の「自由」の概念を借りて考えてみましょう。多様なお酒やノンアル飲料の登場という選択肢の拡大は、一般的に自由の拡大ととらえることができます。

しかし、実は選択肢が複数あることだけでは不十分です。それぞれのお酒の特徴だけでなく、アルコール飲料の効果、健康への影響などの知識を用いて、多様な選択肢(飲む/飲まない/度数を考えて飲む)から選びうる状態こそが、真の意味での「自由」の拡大と言えます。

その意味で、健康に関する科学的知見の提供は不可欠です。日本でも厚生労働省が「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」(2024年2月19日)を公表しましたね。今後も海外の動向も踏まえながら、更新されていくでしょう。

――お酒好きとして、お酒のメリットをどう考え、どう付き合っていきたいと思っていますか。

メリットの一つ目は、料理をおいしくすることだと思います。料理とのペアリングも大事ですが、次のお皿への口の中の環境を切り替える役割も重要です。二つ目は、人間関係を円滑にする「社交の潤滑油」であることでしょう。

歴史的に見ても、ときには王権を支え、ときには宗教と結びつき、ときには供宴に供されて、お酒は社会関係の形成や維持に重要な役割を演じてきました。この役割は大きい。しかし同時に、お酒には禁忌の歴史もあります。古くは古代エジプトの禁酒令(紀元前1100年頃)、新しくは米国の禁酒法(1920~1933年)が有名です。つまりお酒の歴史は「推奨」と「禁忌」の繰り返しだったと言えます。

おいしい食事で得られる幸せや人間関係の安定は人としてのウェルビーイング(健康や幸福な状態)の観点から非常に大きく、「アルコールは少量でもリスク」というデメリットも、メリットとの比較で考えるべきではないでしょうか。

個人的には、新たな知見や交友関係、またお米を原料としつつ従来の日本酒と異なる自由な発想でつくられる「クラフトサケ」など、新たな哲学に基づくお酒やノンアル飲料も積極的に取り入れながら、「最後の晩餐」までお酒を楽しみたいと考えています。