お楽しみのところを、ゴメンなさい。でもね、毎晩グラス1、2杯のワインは健康増進につながりませんので……。
これまで何十年にもわたって時に矛盾した研究があり、左党に混乱を生じさせてきた。アルコールの飲み過ぎは体に悪いが、少量なら良いとか、ある種類のアルコールは他のものより体に良いとか。
本気にしないでほしい。すべて良くないのである。すなわち、アルコールはたとえ少量でも健康に悪影響を及ぼす可能性があるということ。そんな実態が明確になりつつある。
2022年11月に発表された研究によると、米国では2015年から2019年の間、アルコールの過剰摂取で年にざっと14万人が死亡したことが明らかになった。そのうちの約40%は自動車事故、薬物中毒、殺人といった急性死だった。ただし、大半は肝臓病やがん、心臓病といったアルコールに起因する慢性疾患によるものだ。
専門家が過度のアルコール摂取に関連する深刻な健康への悪影響に言及するとき、これはアルコール使用障害(Alcohol use disorder〈AUD〉訳注=主に飲酒によるアルコール摂取で生じる薬物依存症の一種)の(特定の)人に向けた話だと思いがちである。ところが、飲酒の健康上のリスクは、ほどほどの量でも生じ得る。
「『ああ、あの人はアルコール問題を抱えているな』と周囲の人が考えるレベルよりもずっと低いところから、健康へのリスクは上がり始める」とティム・ナイミは指摘する。カナダのビクトリア大学カナダ物質使用障害研究所(CISUR)の所長であるナイミは「アルコールは非常に少量の摂取でも健康に害を及ぼす」と言っている。
あなたがもし飲酒を控えるべきかどうか迷っているなら、アルコールがいつ、どのようにして健康に影響を与えるかについて知っておくべきことを以下に示してみよう。
■飲み過ぎかどうかを知るには?
「過度のアルコール摂取」とは、厳密には米国の食事摂取ガイドラインで推奨されている1日当たりの最大摂取量を超えることを指す。男性なら1日2杯、女性は1日1杯を超えると過剰摂取になる。
米疾病対策センター(CDC)のアルコール対策プログラムを主導するマリッサ・エッサーは「摂取量がこの基準内だとしても、特にある種のがんや心血管疾患にはリスクが存在する」とするエビデンス(科学的証拠)が新たに集まってきている、と言っている。
推奨される1日当たりの摂取量は、1週間単位での平均を意味するものではない。つまり、月曜から木曜まで飲酒を控え、週末の晩に2杯ないし3杯飲むと、その週末の飲酒は過剰摂取とみなされるのだ。
■なぜアルコールは有害か?
アルコールが健康問題を引き起こす主原因はDNA(訳注=「デオキシリボ核酸」のことで、生体の遺伝情報を保持している物質)を損傷することだと、科学者は考えている。
アルコールを摂取すると、体内で代謝された際に細胞に有害なアセトアルデヒドが生成される。エッサーの説明だと、アセトアルデヒドは「DNAにダメージを与え、体がダメージを修復するのを妨げる」という両方の作用がある。「DNAがひとたび傷つくと、細胞は無秩序に増殖し、悪性腫瘍ができる可能性がある」というのだ。
アルコールはまた、DNA損傷の別形態である酸化ストレスを生じさせ、特に血管まわりの細胞に害を及ぼす可能性がある。酸化ストレスは動脈硬化を引き起こし、高血圧や冠動脈疾患の原因になる。
「根本的に、DNAに影響を及ぼすから、多くの臓器系に影響を与えるのだ」とナイミは指摘する。生涯にわたる習慣的なアルコール摂取は「時間の経過とともに細胞組織を傷つける」と言っている。
■アルコールは心臓に良いのでは?
アルコールの心臓への影響については、少量のアルコール、特に赤ワインは有益だとする研究があるので、紛らわしい。
過去の研究では、アルコールは「善玉」コレステロールであるHDLを上昇させ、ぶどう(あるいは赤ワイン)に含まれる抗酸化物質のレスベラトロール(訳注=ポリフェノールの一種)には心臓を保護する特性があることが示唆されている。
しかしながら、米バンダービルト大学の看護学教授マリアン・ピアノは「アルコールの心臓保護とか健康効果とか呼ばれている見解を覆すエビデンスが最近たくさん集まっている」と言うのだ。
少量のアルコールが健康に良いという考えは、アルコールを少しだけ飲む人は運動をし、果物や野菜をたくさん食べ、喫煙しないといった健康的な習慣を持つ傾向があることから出てきたのではないか。ピアノは観察研究を通し、こうした習慣の心臓への利点がアルコール由来だと誤解されている可能性があるとみている。
さらに最近の研究では、たとえ少量のアルコール摂取でも高血圧や心臓病のリスクはわずかながら増えるし、過度に摂取する人の場合はリスクが劇的に増加することが判明している。
幸いなことに、断酒するか減酒すると、血圧は下がる。アルコールは、心房細動として知られる不整脈とも関連している。不整脈は血栓や脳卒中のリスクを高める。
■アルコールはどんながんのリスクを高めるか?
喫煙とがんとの関連性については大半の人が知っているが、アルコールが強力な発がん物質だということを認識している人はほとんどいない。
米国がん協会(ACS)の調査によると、アルコールに起因するがんの症例は年間7万5千件以上あり、死者は1万9千人近くを数える。
アルコールは7種類のがん発症の直接的な原因になる。頭頸部(口腔、咽頭、喉頭)がん、食道がん、肝臓がん、乳がん、大腸がんだ。研究によると、アルコールは前立腺がんや膵臓がんなどとも関係があるかもしれない。ただし、その明確なエビデンスはまだない。
肝臓や大腸などのがんは、飲み過ぎたときにリスクが発生する。しかし、乳がんと食道がんのリスクについては、わずかではあるが、どの程度のアルコール摂取でもリスクは高まる。飲酒量が多ければ多いほどリスクは高くなる。
「飲酒量が少ない人は、大酒飲みよりリスクは低い」とACSの上席科学ディレクター、ファルハド・イスラミは言っている。「1日2杯ないし1杯飲むだけでも、飲酒しない人に比べれば、わずかかもしれないが、リスクがある」
■最もリスクが高いのはどんな疾患か?
米国では、アルコール関連死の個別要因として最も多いのがアルコール性の肝疾患で、年に約2万2千人が亡くなっている。年齢を重ね、アルコール摂取歴が長くなるにつれリスクは高まるが、20~40代も毎年5千人以上がアルコール性肝疾患で死亡している。
アルコール性肝疾患には段階が三つある。
臓器に脂肪が蓄積するアルコール性脂肪肝、炎症が起こり始めるアルコール性肝炎、そして細胞組織が損傷して瘢痕(はんこん)化するアルコール性肝硬変の3段階だ。
最初の二つの段階は、完全に飲酒をやめれば快復する。しかし、3段階目に入ると、元には戻らない。
アルコール性肝疾患の症状には、吐き気や嘔吐、腹痛、目や皮膚が黄色くなる黄疸などがある。しかし、症状は肝臓がひどくダメージを受けるまでめったに現れない。
アルコール性肝疾患の発症リスクは大量に飲酒する人の場合に最も高くなるが、ある報告によると、1日2杯のアルコール摂取を5年続ければ肝臓を損傷する可能性がある。1日4杯飲酒する人は90%がアルコール性脂肪肝の兆候を示す。
■アルコール関連のリスクをどう測定するか?
飲酒する人が誰でもこうした症状を発症するわけではない。食事や運動、喫煙など生活習慣上の要因が組み合わさってリスクが高くなったり、低くなったりするのだ。
また、食道がんのように比較的希有な疾患だと、リスクが多少高まるとしてもさほど大きな影響はない。
「リスク要因は何であれ重要だ」とエッサーは言う。「公衆衛生学では、その人が抱えているリスク要因の数が発症リスクを高めることがわかっている」
基礎疾患がアルコールとの相互作用で健康に悪影響を及ぼす可能性もある。たとえば、ピアノは「高血圧の人はおそらく飲酒すべきではないし、飲むとしてもごく少量にしておくべきだ」と言っている。
遺伝子にも関係がある。たとえば、アジア系の人によくみられる二つの遺伝子変異体は、アルコールとアセトアルデヒドの代謝に影響を与える。
その一つはアルコールをアセトアルデヒドに素早く分解し、体に毒素をためる。もう一つはアセトアルデヒドの代謝を遅らせ、化学物質が体内に長くとどまることで損傷を長引かせる。
■飲酒量を減らすべきか、断酒するべきか?
健康のためにと、一気に断酒する必要はない。飲む量を少し減らすだけでも効果があるし、特に推奨制限を超えて飲酒しているなら減量は有効だ。
ナイミによると、リスクは「1日に2杯を超えて飲酒するとてきめんに加速する」という。「だから、1日に5杯とか6杯飲んでいる人が3杯ないし4杯に減らすことができれば、多くの好結果をもたらす」
毎日軽く飲んでいる人も、少し減らせば利点がある。数晩、アルコールを控えてみよう。
「それで気分が良くなるなら、体があなたに何かを伝えようとしているのだ」と米国立アルコール中毒・依存症研究所(NIAAA)の所長ジョージ・クーブは言っている。
記者が話を聞いた専門家たちは、誰一人として完全断酒を求めてはいなかったことに注目したい。アルコール使用障害があったり、妊娠していたりする場合は別だが。
「飲酒を全面的にやめるよう提唱するつもりはない」とクーブは言い、「禁酒法が導入されたことがあるが、うまくいかなかった」とも話していた。
とはいえ、ナイミによると、専門家たちのアドバイスはおおむね「飲酒量を減らし、長生きしよう」ということ。「要するに、そこが肝なのだ」とナイミは言っていた。(抄訳)
(Dana G.Smith)Ⓒ2023 The New York Times
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