三船敏郎の「男は黙ってサッポロビール」、ヘリコプターからビルの屋上に落合信彦が降り立つ「スーパードライ」……。
テレビCMの歴史の中で、記憶に残るビール広告は少なくない。
ビールの広告費は、売り上げがはるかに多い大手電機や自動車会社に次ぐ規模だった。
米国でも視聴率が高いスーパーボウルの決勝戦のCMでは、ビールメーカーが常連の一つ。全米にCMを流せる力が、大手ブランドの優位を支えてきた。
一方、広告業界では、ビール系飲料は、商品そのものの差別化が難しい代表例とされる。
電通シニアクリエーティブディレクターの磯島拓矢氏は「誤解を恐れずにいえば、ブランドによって、そんなに味が変わるものではない。その狭い範囲で世界中のメーカーがしのぎを削っている」と話す。「だから、CMはひたすら『うちのブランドを好きになってね』で戦うしかない」
磯島はいま放送中のキリンの「第3のビール」、「のどごし生」を担当した。俳優の堺雅人が常に笑っているCMだ。
「商品の特性ではなく、ビールというお酒の特性を強調した。嫌なことがあっても笑い飛ばせるというイメージ。『○○製法でつくりました』って言われても共感しにくいですからね」
制作前に他の商品との飲み比べはしなかったという。
アルコールの弊害への配慮から、業界はCMに自主基準を設けている。
未成年者にアピールするキャラクターやタレントを使わない、放送を夜間に限るなどの内容だ。だが、まだ批判は残る。
NPO・アルコール薬物問題全国市民協会代表の今成知美は「ビールCMは、のどが鳴る効果音などでリアルに欲求をかき立てる。男性より少ない飲酒量・飲酒期間で依存症になりやすく、健康上のリスクが大きい女性が飲む場面が日常的に流れるのも問題だ」と話す。
フランスは酒のCMを法で禁止し、米国も飲酒シーンは使わないよう業界が申し合わせているという。(田玉恵美)