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パリ五輪の開会式で歌ったアヤ・ナカムラさん、移民社会と多様性の象徴 起用に賛否

World Now 更新日: 公開日:
フランスの人気歌手アヤ・ナカムラさん
フランスの人気歌手アヤ・ナカムラさん=2024年3月、パリ、Marechal Aurore/ABACA via Reuters Connect

夏の雨が降りしきる中で行われたパリ・オリンピック開会式。セーヌ川にかかるポン・デ・サール橋の特設ステージに現れたのは世界的アーティスト、アヤ・ナカムラさん(29)だった。大ヒット曲「Djadja (ジャジャ)」を披露し、X(旧Twitter)のオリンピック公式チャンネルは「この瞬間は、時代を超えた多様なコミュニティーから影響を受けたフランス語の統合力を祝った」と表現した。幼い頃、アフリカからフランスにやって来たアヤさん。彼女が映し出したのは、根深い人種差別問題を跳ね除けようとする移民社会フランスの姿だった。(ジャーナリスト・佐々木正明)

日本とは無関係

アヤさんは日本を彷彿させる名前だが、日本人との血縁関係はない。幼少の頃、フランス語圏のアフリカ・マリからフランスに移住し、2014年にフランス音楽界で頭角を現した。アヤは本名。当時、流行っていたテレビシリーズ「ヒーローズ」の登場人物、ヒロ・ナカムラにインスピレーションを抱き、以来、アーティスト名をアヤ・ナカムラとした。

2018年にリリースしたセカンドアルバム「NAKAMURA」に収容された「Djadja」は世界中で大ヒットし、YouTubeのミュージッククリップの視聴回数は9.7億回を記録。アヤさんは世界のインフルエンサーとなった。

オリンピックの夏季大会史上初めて屋外で行われたパリ大会の開会式。ユネスコの世界遺産となっているセーヌ川で、各国選手団は船にのってパリの街をパレードした。近代オリンピック誕生の父となったピエール・ド・クーベルタン男爵はパリの出身だ。2024年パリ大会組織委員会のトニー・エスタンゲ会長は「オリンピックがパリに戻ってきた」と言った。

式典はいくつかの場面にわかれて行われた。アヤさんが登場したのは式典中盤の「ÉGALITÉ」(平等)のシーンだった。「ÉGALITÉ」はフランス共和国建国の理念の1つである

夕闇迫るポン・デ・サール橋に、普段は政府庁舎などを警護しているフランス共和国親衛隊がマーチを演奏しながら現れた。その間を聖火トーチを持った謎のマスクマンが通り過ぎる。マスクマンは橋の中央にあった装置に聖火で火をつけると、橋をはさんで対岸にあるフランス学士院の歴史的建造物の屋根に設置された大型花火が次々に点火された。

そうして、フランス学士院の入り口から現れたのは6人のダンサーとアヤさん。金色のゴージャスな衣装に身を包み、ゴールドカーペットを練り歩いてダンスを披露した。橋の上で共和国親衛隊と合流すると、一緒に「Djadja」を歌ってパフォーマンスを行い、最後は親衛隊のメンバーと一緒に右手で敬礼して見せた。

パリオリンピックの開会式で歌を披露したアヤ・ナカムラさん
パリオリンピックの開会式で歌を披露したアヤ・ナカムラさん=2024年7月26日、パリ、Pool via REUTERS

起用めぐり否定的な意見も

式典は大きな盛り上がりを見せ、Xには「フランスのクィーンだ」「シンボリックなパフォーマンスをありがとう」のメッセージが寄せられた。

アヤさんのパフォーマンスや歌詞には、ルーツを持つアフリカの黒人文化やその哲学がにじみ出ている。ファッション誌「VOGUE」(ヴォーグ)のフランス版カバーを飾ったアヤさんは2022年2月、ヴォーグの担当記者のインタビューで、「私はアラビア、アフリカ、そしてフランスの人々に囲まれて大きくなりました。それが私の音楽をつくり、私の音をこれほどまでに力強くしているのだと思います。私たちは混血の世代であり、交わることを恐れません」と語った。

しかし、世界にフランスの伝統や芸術、文化をアピールする場所でもあるオリンピックの開会式に、アフリカ系移民のアヤさんが出演することについて、社会を二分する論争があったのは事実だ。

オリンピックが掲げる多様性の精神を示そうと開会式にアヤさんが起用されることが明らかになったのは、開会式4カ月前の2024年3月。仏メディアにエマニュエル・マクロン大統領が参加を要請したことが伝えられた。

アフリカ諸国から多くの移民を受け入れてきたフランスは今、失業率の増加や治安の悪化などを理由に移民排斥の動きが強まっている。先に行われた国民議会(下院)選挙でも、移民排斥を訴える政党が躍進した。

当初、アヤさんはフランス音楽の象徴でもあるシャンソンの代表曲を歌うとの情報も広がった。式典へのアヤさんの参加は社会に拒否反応を引き起こし、一方で、移民受け入れに賛同する一派からは支持の声が広がった。

3月に行われたフランスの世論調査機関の調査によれば、フランス人の80%がアヤさんを知っていると答え、彼女の知名度の高さがうかがえたが、オリンピック開会式にアヤさんが歌うというマクロン大統領の提案に63%が「悪い考えだ」と回答。さらに、アヤさんを知るフランス人の73%はアヤさんの歌に好意的ではなく、同様に73%がアヤさんはフランス音楽を代表するものではないとの結果も出た。

特に極右政治家たちはアヤさんを激しく攻撃した。国民連合のマリーヌ・ル・ペン氏はフランスのラジオで「正直言って、これは良いシンボルではありません。エマニュエル・マクロン氏によるもう一つの挑発です」と語った。小規模な過激グループは、セーヌ川に「アヤなんてあり得ない。ここはパリであり(マリの首都)バマコの市場ではない」との横断幕を掲げたこともあった。

一方、マクロン大統領は、開会式の芸術監督を務めたトーマス・ジョリー氏が「多様性、影響力、芸術性、卓越性においてフランスを代表するアーティストを選ぶ」自由を支持すると語って見せた。

アヤさんは開会式の後、ダンサーたちと一緒に抱き合い、パフォーマンスを成功させた喜びを表現した。フランス共和国親衛隊と記念撮影に応じ、大きな拍手が沸き上がった。

フランス紙「フィガロ」のX(旧Twitter)投稿

アヤさんが見せた「平等」のメッセージ

フランス国旗は、フランス革命のときに革命軍がつけた帽章の色にちなむ。三色旗のトリコロールは「LIBERTÉ」(自由)「ÉGALITÉ」(平等)「FRATERNITÉ」 (博愛)を示す。パリ出身のクーベルタン男爵が掲げたオリンピズムは「人間はいかに生きるか」という問いかけに対する人生哲学であると言われる。ウクライナやガザで悲惨な戦争が続く中で、平和と多様性を掲げるオリンピックの重要性がますます高まっているのは事実。パリ大会はそのさなかの開催となった。

パリオリンピック開会式は最後に、カナダ人歌手、セリーヌ・ディオンさんがエッフェル塔の高いスペースに設置された特設ステージで、フランスのシャンソン歌手エディット・ピアフさんの代表曲「愛の賛歌」を母語のフランス語で歌って見せた。

分断が進む世界へ、フランスとオリンピズムの哲学を表す圧巻の演出だった。

パリ大会は9月8日までのパラリンピック最終日まで続く。世界各国の何十億人がその熱い戦いを見守る。開会式でアヤさんが見せた「ÉGALITÉ」(平等)のメッセージも、国境を超え、パリの地に集った世界のアスリートを優しく包み込むに違いない。