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パリ五輪開催に市民は何思う?ソーシャルクレンジング、殺到する観光客…違和感のわけ

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セザール・カステルビさん
セザール・カステルビさん=2024年7月11日、東京都中央区、渡辺志帆撮影

この夏、100年ぶりにパリで開催される五輪。期間中、1500万人が訪れるともいわれる巨大イベントの開催に沸く一方で、家賃相場が値上がりし、市内のホームレスの人々を郊外へ移動させる行政の対応が「ソーシャル・クレンジング」(社会の浄化)ではないかと批判が起こるなど、パリ市民の反応はさまざまだ。研究活動のため7月上旬から日本に滞在中のパリ・シテ大学准教授のセザール・カステルビさんに、パリ市民としての受け止めを聞いた。(聞き手・構成=渡辺志帆)

――パリでの五輪開催は、パリ市民の間ではどんな風に受け止められているのでしょうか。

スポーツが嫌いというわけではないんですが、五輪に関してそもそも興味がなく、この巨大イベントにまつわる課題についても知識が浅いので、そうした一般の市民の感覚からお話ししたいと思います。

パリ五輪の課題に関して、衝撃的なものの一つとしてよく新聞などで取り上げられているのが、ホームレスの人や家を持たない難民の人たちが移動させられて、その姿が観光客から見えにくくなったことです。

パリは確かにこの数週間~数カ月の間にちょっと雰囲気が変わってきました。「きれい」になりました。この「きれい」に僕は”カギ括弧”をつけたいですね。つまり、もともと美しい場所だと思うんですが、フランスのこと、パリのことを全く知らないで初めて来る人にとっては、びっくりするようなもの、がっかりするようなものが少なくなったという意味です。「きれい」じゃないとされているものが、ただ違う場所に置かれただけで、考えてみるとそれは不健全ですね。問題解決にはなっていません。

パリ五輪開幕3日前、約300人が緊急宿泊施設や不法に占拠した建物、スラム街やテント村から退去させられた。五輪開催中、「浄化」したパリに観光客を迎え入れるためで、人々は退去以来、パリ18区の区役所前で寝泊まりし、政治的対応を待っている
パリ五輪開幕3日前、約300人が緊急宿泊施設や不法に占拠した建物、スラム街やテント村から退去させられた。五輪開催中、「浄化」したパリに観光客を迎え入れるためで、人々は退去以来、パリ18区の区役所前で寝泊まりし、政治的対応を待っている=2024年7月24日、パリ、 Karen Assayag / Hans Lucas via ロイター

パリは場所によって印象が変わります。僕はセーヌ川左岸の15区、東京でいえば世田谷区のような住宅街に8年ほど住んでいます。そこから同じく左岸にある13区にある国立大学の職場に通うんですが、僕の住んでいる街や毎日使う地下鉄は、そんなにホームレスが見えるパリではありません。

どのパリかといえば、もう少し中心の、普段から観光客が多いエリア、あるいは大衆的な下町の雰囲気が残っているセーヌ川右岸の北東部、貧しさが日常的に目で見えるエリアです。北駅や東駅がある10区から、パリをぐるりと囲む環状道路までのエリアです。そこには難民の人や、観光客に「お金をちょうだい」と言う人、薬物中毒の人がいたりします。

4月からホームレスの移民の若者たちが占拠しているパリ11区の文化施設「メゾン・デ・メタロス」から、レピュブリック広場までデモ行進に加わり、五輪に向けて街が「ソーシャル・クレンジング」されていると抗議の声を上げる人々
4月からホームレスの移民の若者たちが占拠しているパリ11区の文化施設「メゾン・デ・メタロス」から、レピュブリック広場までデモ行進に加わり、五輪に向けて街が「ソーシャル・クレンジング」されていると抗議の声を上げる人々=2024年6月11日、パリ、ロイター

場所によっては、ホームレスの人が泊まっているテントがあります。早朝に巡回する警察に片付けられたり壊されたりして、バスに乗せられたり、パリのもう少し端の方に移動させられたり、様々なケースがあるので常に同じ場所にあることはあまりないですが、テント自体はあちこちにあります。そこに泊まっている人も様々です。アフガニスタンやシリアなどから来た、いわゆる難民の人や、フランス人でもさまざまなライフイベントがあって路上生活になった人とかです。

――日々のニュースでも、これら五輪の課題が報じられていますか。

家にテレビがないのですが、専門がメディア社会学なので、毎朝パリジャン紙を読み、ニュースメディアのサイトもチェックしています。そうすると、当然こうした話題は出てきます。

五輪報道に関していえば、ポジティブなものも、ネガティブなものもあります。その中で自分にとって一番気になることは、物価が上がることですね。オリンピックのせいかは分かりません。でもウクライナ戦争が始まった2022年ころからあらゆるものの値段が上がりました。

パリに住んでいる人の悩みの種は、住む場所です。残念ながらパリは非常に狭い街なので、住める場所も限られています。インフレのせいで家が買える人はさらに少なくなったので、今のパリの住宅価格は少し安くなってきているんですが、それでも大学に勤める国家公務員の僕たちには別世界の話。とても買えませんし、はっきり言って無理です。

五輪のせいかは分からないと言いましたが、五輪に向けていろんな建物や施設が建てられて、交通機関が充実したりすると、基本的に値段が安くなることはないですよね。

たとえば選手村が造られたパリ北部近郊セーヌ・サンドニ県は、日本に置き換えると埼玉県みたいな存在で、住宅価格は当然パリより安いんですが、おそらく家賃相場を調べてみれば、だいぶ上がったと思います。

日本代表の選手らが滞在するアパート
日本代表の選手らが滞在するアパート=2024年7月18日、パリ郊外サンドニ、朝日新聞社

五輪が終わってみると、大衆的な下町だったところの家賃が高くなるという構図は、ロンドン五輪(2012年)と似ているかもしれません。五輪だけのせいと言うわけではありませんが、影響があるのは確かですね。五輪がなくても(住宅に)困っているのに、たった2週間の五輪のために上がれば、さらに困りますね。

ネガティブなトピックとして個人的に気になるもう一つの問題は、(五輪プロジェクトに従事する要員の宿泊施設確保のため)パリのいくつかの大学の学生たちが、学生寮から短期的に追い出されたことです。少しの金銭的補償はあったようで、実家が近い学生であればお小遣い稼ぎのメリットはなくはないけれど、実家が遠くにある学生や留学生にはいい話ではありませんでした。

みんなに少しずつ迷惑が生じているんです。パリ市とフランス政府のトップの所属政党は異なるんですが、こと五輪になると主張が重なります。要は、文句を言う人に対して「我慢しなさい」というメッセージが来るわけです。

セーヌ川を泳ぎ、笑顔で手を振るパリのイダルゴ市長(右)
セーヌ川を泳ぎ、笑顔で手を振るパリのイダルゴ市長(右)=2024年7月17日、パリ、朝日新聞社

市民からすると、別に五輪に来てほしかったわけではないのに、なぜ我慢を強いられるのかと言いたい気持ちがあります。僕は大学で働いているせいか、周囲に五輪をポジティブに見る人はそれほど多くないですが、ビジネス関係の人はまた違う意見を持っているかもしれません。

――五輪開催に伴うポジティブな変化も感じますか。

交通機関が改善されました。職場に通じる地下鉄14番線が昔に比べてちょっと延伸されて、オルリ空港までも地下鉄で行けるようになりました。

これは今回の五輪招致が決まる前からあった「グラン・パリ」計画に基づくものです。パリは狭すぎるので、交通機関を増やして街を拡張する計画の一環です。パリは東京に比べて工事が遅いので、開幕までに延伸工事を終わらせなくちゃいけないという「焦りの感覚」の部分は、五輪のおかげで少し強まったかもしれません。

自分に幼い子供がいるからこそ感じるんですけど、パリの地下鉄って不便ですね。古くてエスカレーターやエレベーターがない駅も多いので、パラリンピックとかどうするんだろう、と、もう笑いながら、イライラしながら思いますね。いずれにしても公共交通機関は大量の人を一気に受け止めなきゃいけないので、改善されることはポジティブなことだと思います。

経済的メリットもきっとあります。お店とかホテルを経営している人はもうけるでしょうね。

開会式が行われるセーヌ川では、警備が強まっている
開会式が行われるセーヌ川では、警備が強まっている=2024年7月20日、パリ、朝日新聞社

――メディアの五輪の報じ方にも日仏で違いがあるでしょうか。

どのメディアを見るのかにもよりますね。僕が自分の教養のために毎日読んでいるルモンド紙の場合は、「オリンピック万歳」だけでなく課題も報じています。定量分析してないのでその割合は分かりませんが、問題点をしっかりと指摘していて、メディアの役割を果たしていると思います。

自分の街で起きていることを知りたいから購読しているパリの地元紙パリジャン紙も、ポジティブとネガティブのバランスを取りつつ、「せっかくだから、ちょっとだけ盛り上がりましょうね」といった印象です。ビジネス寄りのメディアであればまた違っているでしょうし、接するメディアによって、みんな目線が変わります。

東京五輪のスポンサーに、日本のほぼすべての全国紙が入っていたときは、「ふーん」と思いましたね。フランスではありえないことです。なったとしても大きなテレビ局とか商業性が強いメディアでしょうか。ルモンド紙やリベラシオン紙とかが同時に後押しするっていうのはちょっと考えにくいですね。

日本社会のことを理解しようとしている者として申し上げると、日本の方が悲観的な意見や見方があったとしても、訴えにくい国だと思います。「まあ、せっかくあるから、がんばりましょう」的な雰囲気が強いです。例えば、ずっと五輪を批判し攻撃すると、「なんだ、うるさいな君は」となるような雰囲気がありませんか。もちろんテキストメディアとテレビの違いはあります。フランスでも、テレビの方が、「せっかくやるなら、暗い話題より、盛り上がりの話題を」となる面はあります。

セザール・カステルビさん
セザール・カステルビさん=2024年7月11日、東京都中央区、渡辺志帆撮影

――100年ぶりのパリ五輪ですが、これをきっかけにフランスやパリはどう変わると思いますか。

五輪が行われることによって、なんとなく全てが強調されると思います。パリがより目立ったり、有名になったり。すでに目立ってピカピカ、キラキラしている街ですが、それが強くなるでしょう。

でも同時に、すでに問題とされているいろんな課題がより深刻になる気がします。住宅問題が解決されるわけでもないでしょう。
僕は自分のことを貧しいと思わないんですが、パリの今の基準からすると、(相対的に)どんどん貧しくなっていきますね。ロンドンやニューヨークで起きている現象と同じです。ミドルクラスであっても生活しにくくなっている。僕の両親の世代、1980~90年代のパリは、とにかく住んでいてもお金がかからない街でした。今はそうじゃなくなっているし、五輪がその現象をさらに加速させるのではないかと思います。

パリと東京は似ている側面があります。100年前のパリ五輪と、日本の60年前の東京五輪。どちらも昔の五輪は、自分の力を世の中に見せようとしました。でも今回のパリ五輪は、ちょっと違いますね。リオ五輪(2016)や北京五輪(2008)とは違います。

過去のピカピカしていたところを思い出したい。衰退しているかもしれないけれど、「いや、まだ(健在で)いますよ」と。それをメッセージとして世の中に送りたいんじゃないですかね。

パリに、五輪は別に要りませんよ。五輪を開かなくてもパリに集まってくる人はたくさんいるので、なんでそこまで自分の「筋肉」を見せびらかしたいのかと思います。自信がなくなってきているのでしょうか。ソウルとか中国(の都市)とか、世界にパリのライバルになるような都会が増えてきたからでしょうか。ちょっとわかりません。

何のための五輪なのか

いずれにしても、ああいう巨大イベント招致について、日本でもフランスでも、なぜそもそも国民投票で一般の人の意見を聞いてみようとしないのでしょうか。それは、聞けば大体の人が「ダメ」と言うからでしょう。それでもやる。そこから、僕は一般人として違和感を覚えます。

例えば、フランスではよくホームパーティーを開きます。それで、パーティーが近隣の人にとってはうるさいかもしれないと思ったら、何が礼儀正しいことかというと、エレベーターの中に「すみません、この日の夜、パーティーをします。息子の18歳の誕生日なので、申し訳ありませんがご理解お願いします」と紙に書いて貼っておきます。五輪は、もちろん規模が違うんですけど、みんなにとって、ちょっと迷惑になるイベントなのに「盛り上がりましょうね。盛り上がりたくない人は、我慢しなさい。いろんな人にとって、いいイベントなんだから」って。でも、誰にとって「いいイベント」かは、あいまいですね。

基本的に五輪は健全なイベントです。「戦争をするより、グラウンドで競いましょう」というコンセプト自体はとても健全だと思います。だけど、今の時代の五輪は、商業的イベントだとも思います。