開会式はクーベルタンを意識か
パリでのオリンピック開催は100年ぶり。古代オリンピックの聖地ギリシャ・アテネで第1回大会(1894年)が行われて以来、夏季大会は33回目を数える。
パリは「近代オリンピックの父」といわれるピエール・ド・クーベルタン男爵の出生地でもあり、19世紀末期、スポーツを通じた世界平和の実現を促進しようと、クーベルタン男爵が中心となって国際オリンピック委員会(IOC)が設立され、アテネでの開催が決まった。オリンピックのシンボルとして知られる五輪のマークも、後にクーベルタンが考案したものだ。
7月26日午後7時半(日本時間7月27日午前2時半)に行われるセーヌ川での開会式は、各国選手団のオリンピアンらが90隻以上の船に乗って約6キロの区間をパレードする予定。ウクライナや中東ガザでの戦争が多くの犠牲者を生む中で、クーベルタン男爵が理念とした平和主義が色濃く映し出された式典となるだろう。
式典のクライマックスには、聖火台に聖火を灯す儀式が行われる。オリンピックのルールで、アテネで点火された聖火は、大会期間中ずっと灯されなければならず、聖火台も選手や開催地の市民が見渡すことができる場所に設置しなくてはならない。
パリ大会の点火式には恐らく、世界遺産でもあるセーヌ河岸に位置し、パレードの最終地点であるエッフェル塔が何らかの演出をするのではないか。
それでは、最終聖火ランナーは誰か?
聖火台までトーチの火をつなぐ聖火リレーはフランス国内でも行われており、開会式が、聖火リレーの最終日となる。開会式でも数人のランナーが走り、パリ大会の顔となる人物にトーチがつながれる方式になるのだろう。
ここで前回(2021年)の東京大会の聖火リレー最終日を振り返ってみる。まず、柔道男子で五輪で金メダル三つを獲得した野村忠弘さんと女子レスリングで金メダル三つ、銀メダル一つに輝いた吉田沙保里さんがスポットライトを浴びる中でトーチをもって会場に現れた。
2人はゆっくりと走った後、2番手の野球界のレジェンド、長嶋茂雄さん、王貞治さん、松井秀喜さんへとつなぎ、3番手にはコロナ禍で奮闘した医師の大橋博樹さん、看護師の北川純子さんが登場した。
4番手はパラリンピアンで、夏と冬の両大会で金メダルに輝いた車いすアスリート、土田和香子さん、5番手には岩手、宮城、福島の児童6人が走り、栄えある最終ランナーには知名度が高い女子テニスの大坂なおみさんが選ばれた。
ハイチ出身の父と日本出身の母を持つ大坂選手は多文化主義を世界にアピールするためメッセンジャーとして、富士山に模した台座の頂点にある球体に、震災からの復興、新型コロナ禍を乗り越える願いを込めて 聖火がともされた。
聖火ランナーには「法則」がある?
2008年北京大会から聖火リレーの最終日に走るランナーと、最終聖火ランナーの顔ぶれと肩書きを調べてみた。以下の通りとなる(敬称略)。
【2008年北京大会】(最終日リレーは8人)
- 許海峰(射撃、金メダル2、中国初の金メダリスト、当時51歳)
- 高敏(女子飛び込み、金2、同37歳)
- 李小双(体操、金2、同34歳)
- 占旭剛(重量挙げ、金2、同34歳)
- 張軍(バドミントン、金2、同30歳)
- 陳中(女子テコンドー、金2、北京大会にも出場、同25歳)
- 孫晋芳(女子バレーボール界のレジェンド、同53歳)
- (最終)李寧(体操、金3含む計6、同45歳)
【2012年ロンドン大会】(最終日リレーは10人)
- 《2人で》ディビット・ベッカム(サッカー、世界的スター選手、同37歳)、ジェイド・ベイリー(女子サッカー、同16歳)
- スティーブ・レッドグレーブ(ボート、金5、5大会連続金メダリスト、同50歳)
- (最終)デイズリー・ヘンリー(陸上)ら当時16~19歳の10代若者7人
【2016年リオデジャネイロ大会】(最終日リレーは3人)
- グスタボ・クエルテン(テニス、元世界ランキング1位、同40歳)
- オルテンシア・マルカリ(女子バスケット、銀1、同57歳)
- (最終)バンデルレイ・デ・リマ(マラソン、銅1、同46歳)
東京大会のケースを併せると、最終日に走るランナーは以下の傾向が浮かびあがってくる。
法則1 過去の五輪での複数のメダルを獲得している
法則2 その国のスポーツの発展に貢献している
法則3 五輪経験がなくても、知名度があり世界的スターである
法則4 現役引退直後の30~40代が多い
法則5 同一種目の選手は2人走らない
法則6 現役選手はごくまれ
しかし、東京大会での世界的スター、大坂なおみ選手がそうだったように、聖火リレーの最終日ランナーと、聖火台に火を灯す最終ランナーは少し意味合いが違う。
1996年アトランタ大会では、パーキンソン病を患ったモハメド・アリ(ボクシング、ローマ五輪金メダリスト)、2000年シドニー五輪は、白豪主義で抑圧されてきたアボリジナルピープル(先住民)の血を引くキャシー・フリーマン(陸上女子400メートル、シドニーで金)が最終走者となり、平和と差別撤廃の理念を掲げる五輪のメッセージとなった。
「法則」から推測する最終ランナー
それではパリ大会での最終日ランナーには誰が選ばれるのか?
フランスでスポーツの発展に貢献し、過去大会で最もメダル数が多いのは、フェンシングだ。これまでの大会で男女で金44個、総計123個獲得しており、フェンシング界のレジェンドからランナーとなるのは確実だろう。
そして、パラリンピアンからも選ばれるのではないか。パラリンピックのルーツは、第2次世界大戦の傷病軍人をスポーツ競技へ導くリハビリの目的が強かった。今のパラリンピック大会でも、戦場で地雷を踏み、四肢や視力を失った、元々は普通の市民だったアスリートや、やはりNATO(北大西洋条約機構)加盟国らの傷痍軍人らが出場している。
ウクライナや中東ガサでの戦争が多くの犠牲者を生む中で、クーベルタン男爵が願いを込めた平和の理念を世界にアピールするため、戦争に関わりのあるパラリンピアンが出る可能性はあるだろう。
そして、最終ランナーの有力候補者はこの2人だ。
最有力候補は、フランスのサッカー界のレジェンドであるジネディーヌ・ジダンさんだ。
選手時代はフランス代表の一員として、W杯、欧州選手権優勝に貢献した。所属したスペインの強豪レアルマドリードでは世界一、国際サッカー連盟(FIFA)のMVPも獲得した。監督としてもレアルマドリードでの数々のタイトルを獲得し、FIFA監督MVP。選手と監督双方でMVPを獲得した大スターは世界中で人気者だ。
さらに、ジダンさんはアルジェリアの少数民族化ビール人の両親のもとで生まれた。「北アフリカ移民の星」。フランスでは「移民がテロをもたらす」として外国人排斥運動が高まっており、そうした差別的な態度はフランス人の根幹をなす自由・平等・博愛の精神を否定する。
ジダンさんはパリ大会の顔として、全世界のフランスでの平和の祭典をアピールするのに十分な存在だ。
対抗馬は男子柔道100キロ級で2008年北京大会から4大会連続でメダルを獲得したテディ・リネール選手だろう。パリ大会にも出場し、5大会連続のメダル獲得を狙う。
フランスでの柔道人口は、50万以上といわれ、世界でも有数の柔道大国。オリンピックでの柔道競技でも過去にメダル総数57個、金は16個獲得しており、競技別では3番目に多い。
リネール選手もオリンピックの申し子でもあり、十分に最終聖火ランナーに選ばれる資格はあるだろう。
オリンピックの最終聖火ランナーのもう一つの掟として、最終日以前に各都市で走ったランナーは2度目は登場しないというのもある。ジダンさんもリネール選手も登場しておらず、ますます期待感は高まっている。
果たしてどうなるか? いずれにせよ、パリ大会開会式の式典の演出は、オリンピックの歴史に刻まれることになるだろう。