ストックホルム中心部から南に電車で約25分の新興住宅街。夏のような日差しが注ぐ5月下旬、駅から10分ほど歩くと、緑を望む低層のアパート群があった。3階建てのアパートに住むIT関係会社勤務のエリノール・ムーレさん(42)は、住宅ローンの返済額が急に増えたことに驚いた。2020年11月、この一室を245万クローナ(約3700万円)で買ったときに組んだ住宅ローンの変動金利は1.6%程度だったが、今年3月に約3倍の4.95%にはね上がり、5月もそれが続いていた。
彼女は2022年12月末に長男を生み、一人で育てている。今ではおもちゃやベビーチェアもある部屋を見回しながら言った。「住宅ローンを借りた当初、『今は金利が低い』とは思っていたが、まさかこんなに上がるとは」
2015年2月に「マイナス金利」を導入したスウェーデンの中央銀行は、2019年12月に政策金利を0%にするまでそれを続けた。2022年4月には0.25%に引き上げ、その後7月から連続7回の利上げで政策金利を4%まで高めた。政策金利は民間銀行が貸し出す企業向け融資や住宅ローンの金利に影響を与える。住宅ローンの金利が上がれば返済額が増え、家計に響く。
2022年4月のゼロ金利解除の少し前、ムーレさんは「近く利上げが行われ住宅ローンの金利も上がる」と聞くようになった。銀行と相談し、住宅ローンの金利を1.6%で2年間固定してもらった。固定金利は、変動より高い利率になることが一般的だが、その時点での変動金利の利率で固定してもらうことができたのだ。だが、その固定期間が終わり、今年3月から金利が跳ね上がったため、返済の負担がのしかかった。
月々の給与は4万クローナ(約61万円)。その3割程度を住宅ローンの支払いに充ててきたが、今では5割を超える。ならば生活費を抑えるしかない。インフレで食費もかさむなか、最近では、肉は買わず、新鮮な野菜も控えて安い冷凍野菜を使っている。動画配信サービスの契約も見直した。かつて当たり前だった海外旅行には行かない。
住宅ローンの金利が上がり始めた2022年前半は、妊娠期。返済額の上がり方にストレスを感じ、出産後により安くローンが組める家に引っ越せないか、銀行に相談に行った。だが、金利が上がっていくなかでは難しい。
アパートを買ったときより少し高い250万クローナで売って、今年6月中旬に新しいアパートに引っ越すことにし、そこを担保に住宅ローンを組んだ。2LDKから1LDKに狭くなるが、実家にも近く子育てしやすい地域なので決断した。ムーレさんは「利上げがとても急激だったから人々の暮らしに大きく影響した」とため息をついた。「でもましになってきているし、もう少しでよくなるでしょう」
変動型が8割、でも大きな混乱がなかった理由は?
スウェーデンは、新規住宅ローンの約8割が変動金利型だ。不動産会社800社以上が対象のオンライン調査によると、「高金利のために家を売却しなければならない顧客がいる」と回答した業者が57%にのぼった。
ただ、スウェーデン中銀の招聘(しょうへい)研究員で、ウプサラ大学のカール・ウォレンティン教授(マクロ経済学)は、「家を手放す人が数多く生じる可能性もあると思ったが、実際にはごく一部にとどまり、生活の見直しで耐えられている」と説明する。
この背景について、スウェーデンの銀行で住宅アドバイザーをつとめる女性(62)はローン審査の厳しさもあるという。「住宅価格の85%までしか借りられず、金利が6.5%を超えても返済に耐えられる年収があるかを審査している。手放すほどの打撃になっていない」と話す。
倒産件数も歴史的水準、失業も広がる
利上げの影響は家計だけでなく、企業経営にも出始めている。顕著なのは、建設業界だ。スウェーデン銀行協会によると、2023年の住宅建設は前年比55%の減少が見込まれ、住宅価格指数は2020年以降マイナスが続く。3月のスウェーデン中銀の報告書も「倒産数は増加しており、ここ数カ月は歴史的水準だ」としている。
雇用にも影響が出ている。スウェーデン全国労働組合連盟(LO)のチーフエコノミスト、トルビョーン・ホッロー氏は、建設業以外にも失業が広がっているとし、「2024年中に失業率はさらに増える見込みだ」という。
スウェーデンの債務不履行に対する公的な執行機関によると、2023年の債務不履行額は過去最大の1190億クローナ(約1兆8000億円)にのぼった。不履行者数も前年比6%増の41万7000人で、増加率はスウェーデンで金融危機があった1990年代に匹敵する。広報担当のダボル・ブレタ氏は「収入は増えないのにインフレで電気料金などが高騰し、急激な金利の上昇で住宅ローンの支払いが増えたことが背景にある」とみる。
スウェーデン中銀は今年5月に政策金利を0.25%引き下げ、年内に追加で2回利下げが行われるとみられている。欧州の金融政策を専門とする東洋大学教授(経済学)の川野祐司は「今も経済的にはよい状態ではなく、マグマのようにリスクをため込んでいるような状況にはある」と指摘する。