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日本の企業価値が凋落した理由、BSIの担当者「サステナビリティー経営の遅れ」

World Now 更新日: 公開日:
取材に応じるハヌワ・シャンマス氏
取材に応じるハヌワ・シャンマス氏=2024年5月31日、東京・築地、松本敏之撮影

――BSIについて教えてください。

ハヌワ BSIは1901年にイギリスで設立された、国際的なマネジメントシステムなどの認証団体です。イギリスの王室から認可(ロイヤルチャーター)を受けて設立された私企業であり、イギリス国営放送(BBC)やオックスフォード大学などと同様に「ナショナルスタンダード(国の基準)」でもあります。

BSIで行っていることは主に四つです。一つが、ナレッジソリューション。規格の策定、ならびに規格書の販売、規格サブスクリプションサービスの提供を行っております。

二つ目がISOなどの規格保証とトレーニング。企業が特定の分野において、ISOやBSI独自の資格などの基準を取得するために、何がどれだけ必要とされているかを検証する手助けをしています。またISOなどを保証する部門の一環として、企業が定められた規格に従うための能力を高められるようトレーニングも行っています。

三つ目がコンサルティングで、企業などの「組織力」を改善するためのチームです。サステナビリティーなどに関する組織の力を向上させたり、システムの改善を支援したりしています。

そして四つ目が、レギュラトリーサービス。医療機器や重工業機器といった、危険性を伴う機器や製品について認証を与えるチームがあります。世界193か国、大企業からスタートアップまで幅広くサービスを展開しています。

――日本ではどういったケースでの支援が多いですか? 

吉田 サステナビリティーの文脈では気候変動と環境関係が多いですね。一番多いのは「ISO14001※1)です。環境のマネジメントシステム(EMS=Environmental Management System)とも呼ばれるもので、組織が環境に配慮した運営をどう行うのか、その方針や目標を設定し、PDCA(Plan〈計画〉、Do〈実行〉、Check〈評価〉、Action〈改善〉)をどう回すか定めたものです。日本でも以前は取引要件に使われていて、活用がぐんと伸びていました。

次に多いのが情報開示の関連ですね。CO2の排出状況を明らかにする企業のレポート、いわゆる「サステナビリティーレポート」などについて、その信頼性を保証する業務です。

温室効果ガスの排出量の測定範囲であるスコープ1から3※2)に関するものが非常に多いです。最近では温室効果ガス(GHG)プロトコルに基づくものや、GHG排出量の算出、検証などに関して定めたルール「ISO14064」に基づくレポート作成の支援が多いです。

取材に応じる吉田太地氏
取材に応じる吉田太地氏=2024年5月31日、東京・築地、松本敏之撮影

あと昨今強くなってきたのは、人的資本に関する「ISO30414※3)などの領域です。日本でも経済産業省が出した「伊藤レポート※4)以降に非常に注目を浴びました。

海外に比べると保証数は少ないですが、大きな企業を中心に日本でも我々の第三者機関の保証をつける事例が増えてきましたね。

――環境マネジメントシステムは最近注目されていますが、導入することでのメリットは何でしょうか?

ハヌワ 環境マネジメントシステムは経営のパッケージを指します。つまり良い経営をするためのパッケージを入れていくことなので、色々な企業がそれぞれのPDCAを回してきたものを集約したものです。

なので、意思決定が速くなったといった、非財務状況に近しい領域での成長を期待できると考えています。

――導入することで、環境だけでなく、会社の利益を期待することも可能ですか?

吉田 この話をオーストラリアのチームとした時に、「可能だ」と言っていました。彼らは環境マネジメントシステムの認証を支援した企業について、認証から半年後の売り上げの変化などを調べていたのですが、実際にインパクトがあったと聞いています。

また日本国内では、ある運送会社が昨年末に新しくできたカーボンニュートラリティに関する規約「ISO14068-1※5)を取得したのです。その会社はISO14068-1を取得したことで、自社の宅配便事業において温室効果ガスの削減といったカーボンニュートラルな取り組みを実行することにしました。元々のハイクオリティな自分たちの事業だけでなく、カーボンニュートラルであることを世界に先駆けてアピールするために取ったのです。

まだ日本国内では、利用者の中でカーボンニュートラルという言葉にピンとくる人数は限られます。ただ、その中でも先駆けて手を打つことで、市場獲得を狙っていると伺っています。

企業自らのトランスフォーメーション、マーケティングという観点で、BSIの規格を使うのは日本でも実例が出始めています。

ハヌワ 難しいのは、環境マネジメントシステムの導入と収益の関係を測ることですね。会社内や組織内ではたくさんのプロジェクトや取り組みが進められているので、導入後に収益が増えたからといって、それをマネジメントシステムの効果として直結できるかは分かりません。

BSIでは効果が出るよう、日々取り組んでいますが、私たちの提供する規格保証やビジネスソリューションなどのサービスの影響を定量化するのは非常に難しいと感じています。

そこで、BSIにも規格を導入することにしました。例えば、BSIは去年環境マネジメントシステムISO14001を実施するための外部認証を取得しました。

結果として、環境面でのリスクに対する備えが強化され、環境問題に対する組織の意識や体制が向上したのです。

ちなみにBSIでは現在、2030年までにGHG排出量の「ネットゼロ」を達成するのが目標で、日本政府が定める目標より20年前倒しでの目標設定になっています。

温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする取り組みを表すイメージ画像
写真はイメージです=gettyimages

もっとも、私たち自身が規格を適用することで、対外的に誠実さを示すことができたということが、特に有益だったと思います。私たちBSI自身が「事例」になることで、規格がいかに重要かつ有用であるかを世界に伝えられると考えています。

ISO14001の導入は、どの企業にとっても重要なことだと思います。環境問題をただ漠然とやっているのではなく、適切な国際的な基準に則って行っているとも示すことができる。取引先や政府などの関係者に「きちんとしたプロセスに従っている」という安心感を与えることができるのです。結果として会社の評判や信頼、リスクへの備えにつながるのです。

――BSIにISO14001導入後、働く上で何か変化したという実感はありますか?

ハヌワ ありますよ。大幅に改善されました。リスクの初期兆候にフラグを立てるプロセスができているので、早期に問題を発見して、対応できるシステムが構築できています。一般的な規格でもそうですが、特にISO14001はそのようなシステム構築に大いに役立つのです。

この規格は継続的に改善を試みていくものなので、「認証が取れたからもう安心」というわけではない点も、会社に有益さをもたらすと思います。

――日本企業の具体的な支援事例について教えてください。

吉田 日本のあるIT企業の事例をご紹介します。「伊藤レポート」で強調された、人的資本開示に関する規格「ISO30414」を導入し、BSIが保証を行ったものです。この会社と人的資本について話をし、分析などを行いつつ、トレーニングを実施しました。その結果、会社内でのコミュニケーションが改善したのです。

ISO30414については、その規格に関するレポートに対して保証をする仕組みをとっています。そのためこの規格を取得するためには、そもそも人的資本に関するレポートを作る必要があるんです。レポートを作る中で、自社でやってきたこと、考えてきたことをまとめることができたと聞いています。

例えば、このレポートを作成する前、会社内では、イノベーションを起こすのはどういう人材なのかといった情報が分散していました。その情報がまとめられたことで、結果として会社の方針を関係者に伝えるためのレポートにもなった。何より、導入によって色々なトランスフォーメーションが進むことになりました。

ちなみにこの会社に導入する前は、ISO30414を導入する利点や、実際のインパクトに加え、導入から実践までの具体的な方法などが知られていませんでした。そのメリットなどを我々BSIが最初にディスカッションしたこの会社で、結果として世界で初めてISO30414を用いた国際的な保証を導入することになりました。

「伊藤レポート」を出した伊藤邦雄さん
「伊藤レポート」を出した伊藤邦雄さん=2016年5月、東京都中央区

――では海外ではどうなのでしょうか?

吉田 まず欧州と日本でサステナビリティーの考え方に違いがありますね。日本はサステナビリティーを通じて、経済成長や製品開発、人とのつながりなど、機会の創出に強みを持っています。

伊藤レポートや金融庁のワーキンググループなどの考え方を調べると、機会に関する項目や、会社の独自性開示の項目が多いのです。

ハヌワ 欧州ではサステナビリティーを高めることで企業存続のリスクが減ることの効果が大きく注目されています。例えば、環境に配慮した取り組みが、経営リスクをいかに除去するのかを検討し、それを元に経営のエコシステムを作るということです。欧州はガバナンスと、企業を取り巻くリスクの低減をそれぞれしっかり押さえるという考え方です。

海外では「サステナビリティー」という言葉が「環境」という意味合いで定義されることが多いので、環境に関する事例が圧倒的に多いですね。

ここでお伝えしたいのは、機会、いわゆる「チャンス」と「リスク」は、コインの裏表のようだと考えています。リスクにはチャンスがあり、チャンスにはリスクもある。

リスクは将来に備えるために重要ですよね。将来の法規制とビジネスのあり方に備えることですが、同時にチャンスをつかむことでもある。どちらが良いという事ではなく、バランスが大事だと思います。

吉田 海外の事例として、昨今耳にするのが「ISO20400」に基づく「サステナブル調達」です。企業などが調達において、環境、人権などに配慮するために作られました。特に欧州が先進的ですが、BSIがいるところの範囲では、中国、韓国、台湾が進んでいますね。例えば韓国ではほぼ全ての大手企業で保証が取得されていますが、日本では7割ほどです。

――なぜ日本は後れを取っているのでしょう?

吉田 日本では一時期、CSRが盛り上がりましたが、一旦落ち込みました。その後「SDGs」の注目により、サステイナビリティーの取り組みが再び活発になってきました。

でも日本が落ち込んでいた時に、韓国や台湾ではCSRが大事だと政府が促し続けていたのです。

日本は決して後退したわけではなく、世界から置いていかれたのです。世界の時価総額ランキングをみても分かる通り、今から約30年前は上位トップ15位に11社あったのが、今はゼロ社です。

30年前と今の企業価値の金額を計算してみると、日本企業は横ばいである一方で、海外企業は増加しています。日本は時流に遅れたので、相対的に落ちてきた。その時流の一つはサステナビリティーだと思います。

サステナビリティーに関する情報開示は、海外投資家が日本企業と海外企業を比較するためにも開示請求されることがあるくらいですしね。

SDGsが定める17の目標
SDGsが定める17の目標=国連広報センターの公式サイトより

――日本企業の課題は?

吉田 日本の会社が サステナビリティートランスフォーメーション(SX)を導入していく中で何から始めたらいいのかというところだと思います。基本的に正攻法でいくと、まずはやはり経営陣がしっかり学習をして、どういうふうにサステナビリティーの機会創出、リスク対応をするのかを考えていくことだと思います。

ただこの正攻法はみんなが言っていますが、実現できないのが現実です。

そこで私が面白いと思ったのが、現場の人たちがサステナビリティーをどういうふうに企業全体に実現させていくのかと聞いた際、企業側の担当者が話した内容です。

彼らは最初にデジタルツールから勝負するのです。

現場としてはまずはガバナンススタート。いわゆる、仕組みですね。仕組みといえば今はデジタルで反映される。なのでデジタルツールを先に導入する。

例えば人的資本の情報収集ツールや、あとはCO2削減に関するツールを先に入れた上で、幹部たちに説明しながらやっていく事例もある。こういう現場の考え方や事例は非常に参考になると思います。

トップもしっかり学んで、抽象的な目標をきちんと作る。方針を明確かつ具体的に作っていく。その中で規格を用いる。そして現場の中では規格を用いながらどういう情報を収集すべきか明らかにしていく。経営陣がたてた抽象的な方針の解像度を上げていく。ボトムアップ、トップダウン、両方やっていく中で日本企業が前進していく。

トップの意向が強い海外企業と違い、日本企業の強みは現場力です。現場力とトップのバランスを両方進めることが SXを実現していきます。実現にあたって鍵となるのは、デジタルトランスフォーメーション(DX)だと思います。SXのためにDXをしていくことですね。

ハヌワ 私は日本人の立場から話すことはできないので、組織内でのサステナビリティー変革を成功させるためのポイントをお話しします。

変革のためには、エンゲージメント(積極的な関与)、トレーニング、コミュニケーションが必要だと考えています。どれも、高ければ高いほどよい。やりすぎる、なんてことはないです。

物流チーム、ITチーム、総務チームなどの特定のチームごとを対象としたトレーニングであろうと、組織内の全員を対象とした一般的なトレーニングであろうと、社内でサステナビリティーが何を意味するのか、的を絞ったトレーニングが絶対に必要です。

――では最初に会社で「サステナビリティーとは何か」を話し合うことが重要ですね。

ハヌワ そうですね。私が2年半前にBSIに入社したとき、最初にやったのはマテリアリティ評価、いわゆる重要課題の特定でした。

「サステナビリティー」は概念として大きく、内容が幅広くなっています。でも私たちは小さなチームで、時間も限られている。サステナビリティーに集中し、それに基づいて戦略を立てるために、サステナビリティーの定義づけを自分たちなりにすることが大切です。

また変革を実現させる際のパフォーマンスにおいては、KPIや数値、データは絶対に不可欠です。データがなければ、現状を把握することができませんし、実施した施策が改善に役立ったかどうかもわかりません。

だから、信頼性が高く、高品質で、たくさんのデータがあればあるほど、どれだけうまく進んでいるかをチェックすることができる。また、その一つひとつを深く掘り下げていくことができる。

例えば、エンゲージメントの面では、管理職やリーダーがサステナビリティーにもっと関与できるようにするにはどうしたら良いのか考えるとき、彼らのボーナスと結びつけたらどうでしょうか。

その会社がネットゼロの目標を掲げている場合に、すべての管理職のボーナスとその指標を結びつけてみる。所属課のネットゼロ目標を達成した度合いによって支給額が変動するとか。

そうすると、社員に対して、サステナビリティー目標が会社にとっていかに重要であるかを示すことができ、意識や認識が変わるでしょう。

取材に応じるハヌワ・シャンマス氏
取材に応じるハヌワ・シャンマス氏=2024年5月31日、東京・築地、松本敏之撮影

――会社の規模が小さい、経済的に余裕がない、または多忙で時間が取れない場合に、会社は基準の導入に難しさを感じると思います。そうした会社でも最初の一歩としてできることはありますか? 

ハヌワ 例えばスタートアップ企業や時間に制約がある会社では、認証を受ける労力や、導入準備のリソースが現時点で少ないかもしれません。そこで、規格を“ガイダンス”として活用し始めることを提案したいです。

会社が規格の要件を満たすために少しずつ準備を開始し、プロセスを構築し始める。いずれ、認証取得ができるようになるでしょう。

認証を受ける上で重要なのは、規格や基準を実際に会社の中に導入することです。ですから、スタートアップ企業や中小企業であっても、組織を構築する中で少しずつ、規格取得に向けて時間を費やすことは有効だといえます。

将来的に、会社にとってリスクを未然に防ぐことにつながるので、今からリスク予防に時間を費やしてみたらどうでしょうか?

吉田 スタートアップに関わらず、私たちはトレーニングを行っています。経営者が規格をどう用いていくのか勉強していくのがとっても重要な価値があると考えています。先ほども申し上げた通り、国際規格は経営パッケージです。フレームワークとして色々なことが書いてあるので、是非とも、規模の小さい会社こそ、企業が大きくなる前にトライしていただきたいですね。

また、大企業の場合は、まず小さなことから取り組んでみる。会社の中でやり方を模索して、徐々に広げていく方法があります。いずれのやり方でも強く伝えたいことは、国際規格は適応させるためにあるのではなく、ハヌワの言う通り、実践、実装していくこと、変革していくこと。認証はそのマイルストーンだと我々は考えています。

取材に応じる吉田太地氏
取材に応じる吉田太地氏=2024年5月31日、東京・築地、松本敏之撮影

――日本ではこの規格を用いることや、環境マネジメントシステムへの認知度や理解度が低いと思います。BSIはこの点についてどう取り組んでいきますか?

ハヌワ まずBSIとして社内でより良いサステナビリティーパフォーマンスを発揮することです。私たちはクライアントやステークホルダーの支援をしています。だからこそ、私たちBSIが見本とならなければなりません。規格やビジネスソリューションのメリットを実際に示し、事例となり、人材を引きつけ、顧客を引きつける必要があるのです。

私が考えるサステナビリティー戦略では、サステナブル性と事業を連携させることが重要だと考えているので、BSIのビジネス目標に沿って練っています。

つまり、サステナビリティーは副次的なものではなく、企業戦略の一部であり、商業戦略の一部であるということ。サステナビリティーに取り組まなかった場合のリスクや影響を強調することも重要なのです。

とはいえ、皆さんにリスクをお話しするときは、ネガティブな話をしすぎないようにしています。

世界の環境問題はもう後戻りできないところまで来ています。海面上昇やシロクマがすみかを奪われるなど、状況は最悪です。でもそういう話ばかりしないこと。

「持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD)」の最新の報告書では、なぜ私たちがこのようなことをしているのか、なぜサステナビリティーが重要なのか、なぜアクションを起こす必要があるのかを人々に思い出させることを推奨しています。

サステナビリティー施策をやらなかった時の未来をしっかり伝えつつ、それぞれの会社が導入していくためにはどうしていくのか、その必要性について話し合っていくことが重要ですね。

――最後にメッセージをお願いします。

ハヌワ 私たち一人ひとりが何かやってみること。環境や社会への影響力を変えていくことが重要なのです。

主婦(夫)、小学生、政治家、会社員、職業や性別、年齢に関係なく誰もが変化をもたらすことができる。なぜならこれは共通課題であり、共同解決すべきことだからです。

深刻さを理解し、それに対して何かをする。たとえそれが小さなことでも、変化をもたらすことができる。自分ひとりで気候変動を解決しなければならないと思わないでください。だって、できないのですから。

でも、小さなことならできるはず。同僚や友人に影響を与えたり、協力したりする。みんながそれぞれの役割を果たせば、変化をもたらすことができると考えています。

だから、「自分の力なんてちっぽけだ」なんて思わないでほしい。あなたには社会を変える力があるのだから。