今年4月のある日曜日、川崎市内のグラウンド。高校生たちが、7人制ラグビーの練習をしている。コーチの怒鳴り声は皆無だ。
五輪に採用されている7人制は、15人制とは勝手が違う。パスを受け取るため、前に出た後で後ろに戻る動きを繰り返す。そんな立ち位置の重要性を説くコーチの助言に選手たちは耳を傾け、話し合って距離感を修正していく。ライン攻撃が決まると、笑みがこぼれた。
彼らが所属するのは「渋谷コルツ」というチームだ。学校にラグビー部がない子、部の方針と合わない子、インターナショナルスクールに通う子。レベルも人それぞれだが、ニュージーランド出身のコーチ、ウィリアム・ヒルさんは「楽しむことを何より大切にしている」と話す。
1チーム15人が必要なラグビーは、競技者数の減少がチーム数減に直結する。全国高校ラグビー大会、通称「花園」の予選参加チーム数は、最盛期だった1991年度の1490チームから2023年度は549チームになった。
ラグビー部がある高校が少なくなる中、何とか学校の外でプレーする環境を作れないか。そんな危機感から誕生したのがコルツだ。
幼児から中学生までを受け入れていた「渋谷インターナショナルラグビークラブ」が2019年に新設した。現在は高校生約50人が在籍。今年5月には、学校のラグビー部に交じって、全国高校7人制大会東京都予選に初参加した。
日本ラグビー協会で普及育成部門のリーダーを務める安井直史さんは、コルツのような活動を後押ししたいという。
2023年春からラグビースクールに高校生が登録できるようにし、2024年春からは部活動とクラブの複数登録も可能にした。「花園を目指さない生徒も、受験勉強しながら休日はラグビーをできるような環境を整えていきたい」
東京都内の私立高校2年、竹本良佑さんは6歳で始めたラグビーを続けるため、学校に部を作ろうと働きかけた。が、活動場所の不足などの理由で許可されず、コルツに入った。「コルツがあってよかった。和気あいあいとしていて、すごく楽しい」
竹本さんは2023年夏、日本協会が主催する「ビッグマン&ファストマンキャンプ」にも参加した。体格や速さなどに秀でた原石を発掘する取り組みで、立ち幅跳びの記録を自ら売り込み、メンバーに選ばれた。
パリ五輪に出場する女子7人制日本代表には、大学までバスケットボール部で社会人からラグビーを始めた中村知春ら「転向組」もいる。子どもの数が減る中、安井は「一人の選手が色々な競技をやってもいいのでは」と私見を述べる。
男女の代表をパリ五輪に送り出す日本バスケットボール協会も、普及に力を注ぐ。コーチングのライセンスに、半日程度の講習で取得できる「キッズサポーター」を新設。10歳以下の初心者に競技の楽しさを伝える役割で、昨年度だけで1149人が資格を取得した。
協会で長くユース育成部会長を務めてきた山本明さんは、「競技志向」と「レク志向」の両面を意識して選手や指導者を育てていくことが重要と見る。「私たちは、関わる人がみな『ウェルビーイング』な状態(心身とともに、社会的にも満たされた様子)になることを目指している」
勝利至上主義に陥らないよう、2018年から小学生の全国ミニバスケット大会では日本一を作らないために決勝トーナメントをやめた。2016年からエリアを分担して守るゾーンディフェンスを禁止したのも、個々のドリブルやパス技術、防御力の向上を促すためだ。当初は一部の指導者から反発されたというが、今では当たり前になっている。
山本さんは個人的な活動として、他競技の育成担当らと勉強会の場を設けている。「一競技の競技人口を増やすよりも、複数の競技を経験することで子どもたちの可能性を引き出せる環境を作れないか」
少子化対策に一つの解はない。競技を始める間口を広げる、勝利だけを目標とせずに楽しめる環境をつくる……。こんな取り組みに加え、スポーツ庁は2024年度、多様なスポーツを行うための調査に2500万円の予算を計上した。時代にあった変化は待ったなしだ。