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地域でスポーツと出合う

World Now
コーチの指導を受けるハナン(右から2人目)=神谷毅撮影

サッカーの国ドイツで英国生まれのクリケットをプレーする人が増えている。

2012年に約1500人、約70チームだったクリケット連盟への登録は、今や約5000人、約220チームに増えた。これを引っ張っているのが難民たちだ。

ドイツには昨年、約110万人の難民が来た。クリケットが盛んなアフガニスタンやパキスタンからやって来た人は4万人超。彼らが母国で慣れ親しんだクリケットをドイツでも始めている。チームに入って仲間を見つけたり、体を動かしてストレスを発散したりするためだ。

ドイツは難民の受け入れに積極的だ。ただ、財政の負担や治安の悪化を心配し、反発する市民もいる。難民自身も、新しい言葉や文化の壁にぶつかることが多い。難民と社会の統合が大きな課題となるなか、規模は小さいが、統合の一端を担っているのがクリケットだ。

アフガニスタンから来たチームメイト

ドイツ北部ハンブルクのクリケットチームにも、多くの難民が加わった。アフガニスタンから来たアブドル・ハナン(17)は、チームに入って半年になる。攻守に分かれた試合形式の練習でハナンが打つと、「いいバッティングだ」とコーチが英語でほめた。打たれた投手はドイツ語で、「もっと左に寄って!」と守備陣に指示を飛ばす。

プレーのあと、ハナンにドイツ人の仲間が駆け寄ってきて、互いの拳をコツンとぶつけるしぐさで健闘をたたえ合った。ハナンは「クリケットでドイツ人の友人もでき、ドイツ語にも慣れてきた」と話す。

ハナンは英語が流暢だ。英国発祥のクリケットを愛している。それでも英国が難民の受け入れに消極的なので、英国を目指すことさえしていない。一方、ドイツは難民を受け入れ、難民がスポーツを楽しめる環境も整っている。それを支えるのが、いろいろなスポーツのチームを持つ地域のスポーツクラブだ。

1960年代以降、政府がスポーツ施設をたくさんつくった。施設を管理する地方自治体は地域のクラブに無償か低い賃料で施設を貸し出し、市民が気軽にスポーツに親しめるようになった。

地域のスポーツクラブが受け皿に

ハンブルクにはスポーツクラブが約850ある。会員は約85万人。人口は180万なので、ほぼ2人に1人がスポーツクラブの会員ということになる。

ハナンが入っているクリケットチームでコーチを務めるドイツ人のフランク・チェンチャー(49)は、「クリケットでは難民も同じフィールドにいられる。多くのスポーツクラブが難民を助けようと一生懸命、努力している」と語る。ドイツ人のチームメート、キリアン・フーラー(17)は「クリケットが私たちと難民の共通言語になっている」と話す。

ドイツは地方分権の国なので、主なスポーツ政策は州や市が担っている。ハンブルクのスポーツ部門責任者、クリストフ・ホルスタイン(52)は「クリケットだけでなくサッカーやラグビーなどのスポーツは、難民をドイツ社会に統合するのに大きく貢献している。スポーツを通じた難民への支援は、今後も続けていきたい」と話した。

難民の受け入れに積極的なドイツで、難民が社会に溶け込むうえで大きな役割を果たしている地域のスポーツクラブを訪ねました(撮影:神谷毅、機材提供:BS朝日「いま世界は」)

岐路に立つ地域スポーツクラブ

生涯を通じてあらゆる人がスポーツを楽しめるよう、国が重点的に取り組んできた施策がある。ドイツのスポーツクラブをモデルにした「総合型地域スポーツクラブ(SC)」の創設だ。

競技や年齢を問わず、障害者を含む初心者からトップ選手まで、それぞれの目的に応じて利用できることを目指し、運営は行政ではなく地域住民が担う。1995~2012年度に約80億円の予算が投じられ、02年に541だったクラブ数は3550に増えた。

この生涯スポーツ政策が曲がり角を迎えている。

76年モントリオール五輪のバスケットボール日本代表で、SC全国ネットワーク前幹事長の桑田健秀(63)は「数こそ増えたが、助成金や補助金に頼らず運営できるクラブは全体の1割程度だろう」と言う。

桑田が運営するSC(NPO法人「ピボットフット」=東京都大田区)でも、約5000万円の年間経費をスポーツ教室の事業収入や企業体育館の管理受託などでまかなうが、指導者を正規雇用するほどの収益はない。SCからトップ選手を育て、引退後は指導者として雇い、彼らの「第二の人生」の受け皿となるのが本来のSCの理想だが、道のりは厳しい。桑田は「指導者のボランティア精神に頼る状況が続く限り、いまスポーツの底辺を支えている人材資源が枯渇してしまう」と危機感を募らせる。

生涯スポーツ振興からスポーツ産業活性化へ

しかし、国にその危機感はない。スポーツ庁予算を見ると、五輪招致が決まった翌14年度以降、SCに関する事業はほとんど実施されておらず、多数のSCが厳しい経営状況に立たされている。一方で競技力向上事業予算は増額され、スポーツ産業の活性化に新たな予算が投じられる。スポーツ庁と経産省が6月にまとめた会議の中間報告によると、政府の「GDP600兆円」目標の実現に寄与するべく、国は新スポーツ産業を創出し、スポーツで稼いだ収益をスポーツへ再投資する好循環を目指すという。

笹川スポーツ財団スポーツ政策研究所研究員の藤原直幸は「生涯スポーツの振興政策はその効果のエビデンスを示しづらいが、スポーツ産業の振興は医療費が減る、GDPが上がるなどわかりやすいストーリーがあるので予算がつきやすい」と指摘した。

そんな中、6月に全国の中核SC有志による「全国スポーツクラブコミッション」が発足した。自主財源で運営できるSCに生まれ変わるための政策提言やサービスを提供する事業体を目指すという。11年施行のスポーツ基本法は「スポーツを通じて幸福で豊かな生活を営むことは、全ての人々の権利」とうたう。その理想を先取りしたはずの地域SC構想は、20年五輪のレガシー(遺産)となれるのだろうか。

全国に約3500もある総合型地域スポーツクラブとはいかなるものなのか。現場を訪ねました(撮影:中村裕、機材提供:BS朝日「いま世界は」)

ロンドン五輪が遺したもの

4年前、ロンドン五輪で組織委員会や政府が強く打ち出したテーマは「多様性」だった。移民やその2世、3世らが増えて国民から反発が目立ち始め、社会の統合が課題になっていたためだ。

ただ国民は開催前、五輪に冷めた視線を送っていた。開催中の2012年8月に民間テレビ局が行った調査で、開催前に五輪をどう思っていたか尋ねたところ、7割超が「懐疑的だった」と答えている。

五輪が近づくと、保守系メディアが「プラスチック・ブリッツ」という言葉をつくった。「つくられた英国人」というほどの意味だ。五輪の英国代表541人のうち、二重国籍だったり国籍を英国に変えたりした選手が約60人いることを批判したのだ。

陸上1万メートルなどで優勝した英国のファラ=ロイター

スポーツのなせる業といおうか。英国が金メダル29個を取って米国、中国に次ぐ3位になると、プラスチック・ブリッツをメディアは持ち上げた。開催中に英国放送協会(BBC)が行った調査では、8割が「英国人であることに、より誇りを感じるようになった」と答えた。

ただ、それも長続きはしなかった。5カ月後のBBCの調査では、「五輪前より英国人であることに誇りを持つようになった」と答えたのは45%に減った。

スポーツが社会を変える

スポーツ社会学が専門の英ラフバラー大学教授ジョセフ・マグワイア(60)は「プラスチック・ブリッツは、五輪で活躍していなければ、さらに批判の的になっていただろう」とみる。排外的な意識が高まったのではないかという見方だ。

英国ではその後、14年にスコットランド独立の是非をめぐる住民投票が行われた。独立は否決されたが、英国全体に亀裂を残した。今年6月には、欧州連合(EU)からの離脱の是非を問う国民投票が行われ、離脱派と残留派が52%対48%となり、国を二分した。離脱派が強く訴えた移民の制限は、五輪の時に沸き起こったプラスチック・ブリッツへの批判と一脈通じるところもある。

ロンドン五輪は、この街で行われる3回目の五輪だった。よく言えば「成熟した」、ありていに言えば「発展のピークを過ぎた」街を、五輪で再び活性化しようという思惑があった。その姿は、20年の東京五輪とも重なる。

貧困層が多いロンドン東部を再開発して会場をつくるなど、経済的な効果はあっただろう。しかし、移民を社会に包み込み、多様性を強みにするというスポーツの力は、国民投票の結果をみても、五輪の「遺産」として生きているとはいいにくい。

ただ、だからといってスポーツに社会を一つにする力がないとはいえないだろう。

国民投票でEU離脱が決まった直後、国全体が騒然としていたとき、英国人がスポーツに助けられたことがあった。テニスのウィンブルドン選手権と自動車のF1英国グランプリで、英国人のアンディ・マリー、ルイス・ハミルトンがそれぞれ優勝。国民は久々の明るいニュースに沸いた。

今回の特集でも、世界のあちこちで、スポーツが社会を変える現場を私たちは目にしてきた。スポーツと国には「切っても切れない」関係がある。4年後の東京五輪で、その関係は何をつむぎ出すのだろうか。