スウィフトさんは、インスタグラムのフォロワー数が2億8000万人を超える。歯にきぬ着せない言動が好感をもたれ、もはやオピニオンリーダーとも称される。自らもSNSで世界に影響力を行使したトランプ氏は、スウィフトさんの動向を気にする様子を隠さない。
トランプ氏は2月11日、SNSでスウィフトさんについて「腐敗したジョー・バイデンを支持するわけがない、彼はスウィフトのために何もしていないし、これからも何もしないだろう」と主張した。スウィフトさんが2020年の前回大統領選でバイデン氏を支持したことが、自らの敗北の一つの原因になったと考えているのだろう。
情報セキュリティー大手トレンドマイクロによれば、世界では最近、「情報工作」が盛んになっている。特定の政治・社会・経済などの目標を達成するため、ターゲットの認識や行動を意図的に変えようとする工作のことだ。工作には、誤情報や偽情報、極端に都合のよい事実だけを切り取った悪意のある情報などが使われる。
同社によれば、2018年から世界で活動を始めた偽情報キャンペーン「Spamouflage(スパモフラージュ)」を巡り、Facebookを運営するメタ社は2023年8月、スパモフラージュに関係した7704のFacebookアカウント、954のFacebookページなどを削除したと報告した。
カナダ政府は同年10月、中国がスパモフラージュの背景にいるとした注意喚起を発表。そこでは、日本の原発処理水放出に対する工作への関与を指摘した。また、2022年から活動を始めたとみられる影響力工作「Doppelgange(ドッペルゲンガー)」は、西側諸国のウクライナへの支持を弱めることを目的とした偽情報を拡散している。フランス政府は昨年6月、これにロシアが関与しているとした声明を公開した。
そして、影響力工作の拡散手段として使われる有力ツールがSNSだ。
すでにブラックマーケットでは、虚偽のメールアカウントや電話番号を提供して偽アカウントを大量に作る方法も流れている。スウィフトさんのようなスーパー・インフルエンサーになれなくても、大量のアカウントで同じメッセージを発信すれば良いという発想だ。
各国政府は、自国民の情報リテラシーを高めたり、影響力工作を防ぐ法規制を考えたりして、対応に追われている。
目下、関係者の間では「ウクライナと台湾に聞け」という言葉がはやっている。ウクライナは2022年2月のロシアによる侵攻の際、事前事後の情報工作を防ぎ、ロシアのハイブリッド戦を打ち破った。台湾も今年1月の掃討選挙を大きな混乱なく乗り切った。それぞれ、ロシアと中国による影響力工作の経験が豊富だからだという。
また、逆に各国の指導者は個人の名前で盛んにSNSから発信している。ウクライナのゼレンスキー大統領は開戦当初、ウクライナにとどまることを宣言し、市民を大いに勇気づけた。最近も2月27日にサウジアラビアのムハンマド皇太子との会談の中身について、自らのSNSを通じて発信した。バイデン米大統領も最近、トランプ氏とSNSを通じて批判の応酬を繰り広げている。
発信力で取り残される日本
ここで一人、取り残されているのが、日本だ。ニュースをみても、日本の指導者のSNS発信がニュースになることはほとんどない。岸田文雄首相のX(旧ツイッター)フォロワーは80万5000人。スウィフトさんのインスタグラムの、わずか350分の1に過ぎない。上川陽子外相にいたっては、わずか2万7000人に過ぎない。岸田首相も上川外相も発信している内容は、記者会見の短縮版といった風情で、「刺さる言葉」は見られず、面白くも何ともない。
外務省関係者によれば、外務省でも過去、河野太郎外相時代に、外相の公式アカウントを作ろうという声が出たという。関係者は「もちろん、外相が個人で書き込むわけではなく、特命チームを作って、都度、気の利いた発信をしようという発想でした」と語る。インフルエンサーを自認する河野氏も「バックレルな(逃げるな)」と言って、開設に乗り気だったという。
しかし、国会が開かれる期間は、朝6時くらいから答弁の読み合わせ会を開くくらい、慎重でお堅い日本の役人文化を突き崩すことはできなかった。「先走って過去の答弁と食い違ったら、どうする」「相手国から反発が起きるかもしれない」などの声が相次いだという。河野氏も約261万人のフォロワーを誇る個人のアカウントを捨てて、一から公式アカウントを作るのは面倒とでも考えたのだろう。結局、このアイデアはお蔵入りになった。
外務省の役人たちもSNSをやるが、「仕事に関する発信はNG」が原則なのだという。もちろん、政治家と違って官僚は黒衣に徹した方が良いのかもしれない。敵対陣営による情報工作のターゲットにされかねないからだ。米国の外交官など、名前を検索しても一切、オンラインに名前が出てこないように気をつけている人間も少なくないという。
それでも、最近はスマッシュヒットがあった。ワシントンの日本大使館が2月2日、Xでテイラー・スウィフトさんについて異例ともいえる声明を投稿した。スウィフトさんは当時、10日まで東京でコンサートを行う一方、11日に米ラスベガスで行われるNFLスーパーボウルに応援に赴くとみられていた。スウィフトさんがスーパーボウルに間に合うかどうか、ファンの間で大きな関心事項になっていた。
🇯🇵 Statement from the Embassy of Japan on Taylor Swift’s Reported Travel from Japan to the United States ✈️🏈 Are you ready for it? pic.twitter.com/wFKadehTJk
— Japan Embassy DC🌸 (@JapanEmbDC) February 2, 2024
日本大使館は、飛行時間が12時間、時差が17時間あるとして、「コンサート終了後に東京を出発すれば、スーパーボウル開始前に余裕をもってラスベガスに到着できると自信をもって宣言(Speak Now)」と投稿した。「Speak Now」はスウィフトさんの楽曲名。わざわざ太字表記にしたことで、ファンは大喜びしたという。このニュースは、あちこちで「異例の声明」として好意的に取り上げられた。
この声明について、元職の日本外交官からは「やり過ぎ」「公平を損ねる」などの声も出た。でも、この話を聞いた現役の外交官の知人はこう言った。「昭和やなー。感覚が古すぎる」。もう少し待てば、日本政府(外務省)も変わるかもしれない。