発症してもすぐに検査し、治療が行われれば、十分に「治る病気」となってきたマラリアだが、幼い子どもにとってはまだまだ命にかかわる脅威だ。マラリアによる死者の8割が、免疫力の弱い5歳未満の子どもとされる。
複雑な構造を持つマラリア原虫(寄生虫)は、血中や肝臓などヒトの体内で寄生する場所を変えるため、ワクチン開発は長年の課題となってきた。
そんな中、試行錯誤を経て、英製薬大手のグラクソ・スミスクライン(GSK)が、原虫が肝臓に入って増殖することを防ぐワクチンの開発に成功。感染を4割ほど減らせるとの結果を受け、世界保健機関(WHO)は2021年、感染の中心地であるケニアなどアフリカの子どもを対象に、このワクチンを推奨した。2022年、ユニセフ(国連児童基金)がGSKと3年で1800万回分のワクチン供給契約を結んだ。
アフリカ東部のケニアは、GSKのワクチン接種が始まった国の一つだ。人口約5300万人のケニアでは、2022年に世界保健機関(WHO)の推計で約342万人が感染、約1万2000人が死亡した。高温多湿なビクトリア湖周辺は蚊が発生しやすく、感染者の多い地域とされる。
東アフリカ経済の中心地・首都ナイロビから空路で50分、ケニア西部の都市キスムからさらに車で3時間。アフリカ最大の湖ビクトリア湖沿いの町ビタの港から、小型ボートで15分揺られ、湖に浮かぶムファンガノ島に1月はじめ、向かった。八丈島ほどの面積に約2万5000人が暮らす。
島東部の公立病院セナ・ヘルスセンターを訪ねると、赤ちゃんを抱いた女性たちが予防接種の順番を待っていた。
日本と同じように、ケニアでは子どもが生まれると風疹やポリオなどの予防接種が行われる。この枠組みに2022年、マラリアワクチンも加わった。生後6カ月から2歳までに計4回の接種が必要だ。
島民のベリル・オディアンボさん(26)は、1歳になったばかりの娘プレシャスちゃんの2回目の接種に訪れた。昨夏、同じ村の生後3カ月の子どもがマラリアにかかり、亡くなった。「娘と同じ頃に生まれた子だった。とても悲しいことだ」。日ごろから、蚊に刺されないように蚊帳の中で子どもを寝かせたり、天井から室内全体を覆うように蚊帳を張ったりするなど、「何重もの対策を心がけている」という。
島の医師、アッバス・イシュマエルさん(31)は「湖に囲まれた環境で、ウガンダとの国境も近く、舟で行き来する人も多い。マラリアはどうしてもつきあっていかねばならない病の一つだ。蚊帳の活用や蚊が繁殖しないように藪をきれいにすること、治療薬の研究など様々な努力で感染は減ってきている。ワクチンも大きな希望の一つだ」と話した。
WHOは2023年10月、英オックスフォード大学が開発した別のワクチンも新たに推奨した。こちらは感染を75%減らせるとされ、世界最大のワクチンメーカー、インド血清研究所が製造を担い、今年中にも接種を始める準備が進んでいる。「より多くの子どもたちを守り、マラリアのない将来に近づく重要な手段となる」(WHOのテドロス・アダノム事務局長)と期待が高まる。
ただ、年間2億人以上が感染するマラリアに対して、現状では需要が供給を大きく上回る。新型コロナウイルスでは、先進国にもニーズがあり、ワクチン開発や普及が一気に進んだが、マラリアの流行国は貧しい国が多い。ただでさえ支援の届きにくい途上国の子どもたちに、GSKのワクチンでは4回も接種をする必要がある。
ユニセフは契約を歓迎しつつ、「これは始まりに過ぎない。新しいワクチンや次世代ワクチンの開発には継続的な技術革新が必要」と呼びかけている。