藻で濁った水の中に沈めていたボートを、男性が引き揚げている。取り締まりの目をかいくぐり、密漁に出る準備だ。
東アフリカ・ウガンダ、ケニア、タンザニアの3国に囲まれたアフリカ最大の湖、ビクトリア湖。多様な生物がすむことで知られ、豊富な水産資源が数千万人の生活を支えてきた。しかし近年の開発で工業や農業の排水などによる汚染が進み、「今後50年、大胆な対策をしなければ、我々が垂れ流すもので湖は死ぬだろう」(湖に面するケニアの郡知事)との声も上がる。
魚の乱獲も生態系の脅威となっているが、厳しい取り締まりにもかかわらず、密漁は後を絶たない。貧しい漁師にとって湖で漁ができるかどうかは、死活問題だ。その現実を撮影した写真家フレデリック・ノイ(55)は「湖の苦悩は湖によって生きる人々の苦悩でもある。破壊的に見える行動も、きちんとした生活を送り、子どもの将来を守りたいという、私たちと同じ動機に基づいていることを知ってほしい」と強調する。
ビクトリア湖は、食用の外来魚ナイルパーチの繁殖で生態系が一変したことでも知られ、その輸出に支えられた周辺地域で貧富の差が広がる様子を描いた映画「ダーウィンの悪夢」(2004年公開)が話題になった。しかし、ウガンダに7年住んだノイは「タンザニアの町で起きたことを湖全体の問題としてまとめたものだ」と批判的だ。実像を伝えようと、この取材に約8カ月をかけ、湖を囲む3カ国の計30カ所以上を回った。
人々の日常に迫る長期プロジェクトを得意とするノイ。ビクトリア湖の撮影後、ウガンダを離れ、現在は中央アジア・カザフスタンでのプロジェクトに携わっている。
■ビクトリア湖の危機
米国・カナダのスペリオル湖に次ぐ世界第2位の広さ(約6万9000平方キロ)の淡水湖。新種の魚が生まれるペースが速いことから「ダーウィンの箱庭」とも呼ばれてきた。
国際自然保護連合(IUCN)によると、湖の生物の3割、魚類の8割近くが固有種だが、固有種の7割以上は絶滅の危機にあるという。水質悪化や乱獲、外来魚の影響のほか、温暖化による降雨量の変化などが原因として挙げられている。
湖の漁業は300万人以上の生計を支えているとされ、魚の減少や漁の規制は貧困層を直撃する。ウガンダでは、未成魚も捕れる目の小さい網を禁じても、適法な網を買えない貧しい漁師が使い続けているのが実態だ。