今年の大賞は15日夕(日本時間15日夜)、コンテストを主催する世界報道写真財団のアムステルダムの本部からオンライン中継で発表された。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、昨年はホームページ上での発表しかできなかったが、今年もコロナの影響は変わらず、2019年まで毎年開いてきた授賞式は再開できなかった。
130カ国・地域から4315人の写真家が応募。「一般ニュース」や「環境」、「自然」や「スポーツ」などの8部門で、事前に入選者を計45人に絞り、全部門を通じて最も優れた6枚の候補写真から大賞が選ばれた。前年に各地で起きた様々な出来事を反映した報道写真を競うコンテストだが、今年は各部門のトップ3にコロナ関連の写真が計14枚も入ったことが、世界の現状を物語っていた。
その中の1枚が大賞に選ばれた「The First Embrace」。撮影したデンマークの報道写真家マッズ・ニッセン氏(41)は受賞理由を聞かれ、「とても困難な時期においても光はあることを示した写真だったと思う」。審査員の一人も「脆弱さ、愛する人、喪失、離別、死、それ以上に生き抜くことの重要性。コロナでだれもが直面した日常の全てが凝縮されている」。
紛争や災害、差別や異常気象など、様々なテーマで怒りや悲しみ、苦しみをストレートに伝える優秀な報道写真が集まるなかで、コロナという暗い時代においても「希望」という前向きなメッセージを前面に押し出したことが、特別な輝きを放った。その存在感は圧倒的で、発表の数日前から「この写真が大賞に選ばれるのは間違いない」と、昨年の大賞受賞者である千葉さんが言い切っていたほどだった。
「自分たちが今まで気にも留めていなかった日常がいかに素晴らしいかを感じさせてくれる写真。人間の持つ愛情を一番強く感じられる1枚だった」と千葉さん。審査員たちがこの写真を大賞に選んだということが、WPPとしても世界に最も訴えたいメッセージだったことを象徴しているという。
ただ、昨年起きた出来事はコロナだけではない。惜しくも大賞を逃した5枚の候補写真にも、写真家の思いや、それを最大限伝えるための撮影技術が詰まっている。それぞれの写真についても千葉さんに解説してもらった。
男性の右手が指し示す方向にある銅像をめぐり議論している光景だと、説明がなくても瞬時に理解できる報道写真のお手本です。後方の人物がカメラを銅像に向けていることもそれを強調している。
黒人の人権をめぐる米国の社会問題をとりあげた写真ですが、銅像の撤去に反対する白人男性に対し、耳を貸そうとしない賛成派の黒人女性はマスクを下ろしている。そこに、今まで出せなかった声を上げ続けるという固い意思を感じる。逆に男性がしっかりとつけているマスクは、保身や現状維持を重視する姿勢の暗喩になっている。
最も面白いのは、2人の間に「Trash」と書かれたゴミ箱が写っていること。銅像を撤去すべきだという写真家自身の訴えだと受け取れる。これら全てが1枚に納まっていることが、この写真の素晴らしさを引き立てている。現場の状況をよく観察し、狙いを決め、その瞬間を待たないと撮れない写真です。
フォトジャーナリズムの根幹は、不測の事態が起きたとき、いかに早く現場にたどり着くことができるか。常にカメラをそばにおき、持ち歩く。この写真は、そのことがいかに重要かを思い起こさせてくれる1枚です。それができたからこそ、現場の生々しさを伝えることができた。
写真の男性が、たぶん爆発で衝撃を受けるなどして背中に受けたけがは軽傷ではない。こういう人が現場に放置されていることが爆発事故の被害状況の大きさを表している。危険な現場から逃げ去る気力すらないような放心状態でたたずんでいるのが、その表情からもよく分かる。
男性の左肩にイエス・キリストの刺青があるが、これもまた生と死のはざまから生還したことを表現する要素になっている。
アフリカ東部で異常発生したバッタ被害の光景。写真に写る男性の手前だけではなく、その周囲や背景に至るまで埋め尽くされているのが三次元的に分かるので、想像もつかないくらいの大群となっていることがよく伝わってくる。
これだけいると、男性が追い払おうとしたところで、どうしようもない。その無力感も強く表れている。だからこそ、どうしたら対応できるのかという問題提起につながる、いい写真です。一匹のバッタは小さい生き物だけど、これだけ群れたときには脅威になるということも、分からせてくれる。
この写真を撮ったフリーランスの写真家は、私のいるナイロビのAFPの仕事も請け負ってくれている。常にやる気に満ちあふれており、彼ならば確実にいい写真がとれると信頼できる人物です。今年はこの写真で、WPP以外の賞も複数受賞しています。
ロシアで暮らすトランスジェンダー男性のポートレート写真。これも複数枚で構成されているシリーズ写真となっている。このイグナートという男性が、顔を出し、名前も出して、写真を撮らせていることに、その勇気と決意を感じる。これ以上、自分自身を偽って生きることはできないと、力強く宣言するポートレートだけに、それを手伝う写真家の力量は大きく問われる。ただ、この写真家を信じているからカメラの前に立てるわけで、こうした信頼関係をつくれるということは素晴らしいことです。
一つ技術的に注目する点がある。背景が全体的に暗い中で、男性の体にだけ光があたっている。しかも、この光の露出がオーバー気味になっている。その部分を見つめていると、むしろ光があたっているというよりは、男性自身から発している光に見えてくる。写真家は、これを意図的に狙った可能性がある。自分の内側から出てくる輝き、その光はだれにも止められないというメッセージを強く感じさせる効果になっている。
コロナ感染拡大の影響で昨年は中止となった「世界報道写真展」(朝日新聞社など主催)は、6月から11月までの間に、東京都写真美術館や立命館大学西園寺記念館などの4会場を巡回して開催される。今回の大賞写真を含むコンテストの入賞作品が展示される。