あのセミたちが、やってくる。米国の中西部や南東部では、かつてないほどの多さになるだろう。少なくとも、(訳注=米国がフランスから210万平方キロを超える領土を購入した)「ルイジアナ買収」の年以降では最大の数になる。
その買い取りは、1803年のことだった。2024年は、それから初めて北米固有の「素数ゼミ」(訳注=13年ごとに大量発生する「13年ゼミ」と17年ごとの「17年ゼミ」がある。13も17も素数であることからこの呼び名があり、「周期ゼミ」とも呼ばれる)の二種がともに羽化する年となる。
それぞれの種は、発生する年によっていくつもの年次集団(brood=ブルード)に分かれている。このうち13年ゼミのブルード19(別名Great Southern Brood〈大南方年次集団〉、以下GSB)と17年ゼミのブルード13(別名Northern Illinois Brood〈イリノイ北方年次集団〉、以下NIB)が、いずれも成虫となる「ダブル羽化の年」を今回は迎える。
この両種が最後にダブル羽化したときの米大統領は、トーマス・ジェファーソン(訳注=任期1801-1809年)だった。2024年春のダブル羽化が過ぎると、次の到来までは221年も待たないといけない。ちなみに、NIBとGSBの生息域は、地理的には隣接しているものの、重なっているところはほとんどない。
「現代人は、だれ一人として次のダブル羽化を体験することはできない」とフロイド・W・ショックレーは、いかに貴重な機会であるかをまず強調する。昆虫学者で、米国立自然史博物館の収集担当マネジャーだ。「人間が、本当にちっぽけな存在に見えてくる」
羽化が始まるのは4月の終わりごろからだ。幼虫は前脚を使って地面の穴からはい出てくると、ビーズのような赤い目で静かに羽化できる場所を探す。
地上に出てきて最後の脱皮(羽化)を済ますと、オスは数日後にはメスを求めて鳴き始める。鳴き声はゆっくりとだが、しだいに強くなり、合唱状態になると、飛行機の騒音よりひどくなることもある。
ショックレーによると、今回のダブル羽化では全部で1兆匹を超えるセミが現れることになりそうだ。その地域は、GSBとNIBが通常(訳注=13年おきか17年おきに)見られる16州ほどに及ぶ。都市部の緑地を含めて、森や林の方が、農地よりも多く出てくる。
1兆匹のセミがどれだけ多いのか? それを分かりやすく示すと、こんなふうになる。1匹の体長は、1インチ(約2.54センチ)を少し超えるぐらい。これを1匹ずつ縦に並べると、長さは1578万2828マイル(約2540万キロ)にもなる。「地球と月との間を33回も往復してしまう」とショックレーは目を丸くしてみせる。
ダブル羽化で最も注目される点の一つには、この両種の交配が生じるのか否かということがある。というのも、イリノイ州北部のごく細長い地域だけは、両種の生息域が重なっているからだ。
「適切な環境と最低限必要な数の交配があれば、新たな年次集団が形成され、新たな周期で出現するようになるかもしれない。そんな機会が訪れることは、めったにない」とショックレーは興奮気味に語る。
素数ゼミの生存期間は1カ月ほどで、だいたいは自分が地上に出てきた場所の近くで死ぬ。飛ぶのは、それほどうまくない。どこかにとまるのは、もっと苦手だ。だから、歩道や街の車道で息絶え、人や車につぶされることが多い。そんなところは、ツルツル滑りやすくなってしまう。
「都市部だと、死骸が多いので、清掃が必要になる。でも、ゴミ箱に捨てたり、清掃車で片づけたりするよりは、無料の肥料として自分の庭や自然がある一角で植物のために活用すべきだろう」とショックレーは提言する。
1990年に素数ゼミが大発生したときは、イリノイ州最大の都市シカゴでは「歩道にたまった死骸をかたづけるのに雪かき用のスコップを使ったと市民は報告している」とイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校では伝えられている。
素数ゼミの大量発生の第一波は、ルイジアナ州北部、アーカンソー州南部、アラバマ州、ミシシッピ州、ジョージア州北部とサウスカロライナ州の西部にまで及ぶだろう。とにかく、毎年、出現する普通のセミとは数の多さが違う、とジーン・クリツキーは話す。
オハイオ州シンシナティにあるマウント・セント・ジョゼフ大学の元生物学教授で、2024年1月に出版されたばかりの「A Tale of Two Broods」(二つのブルードの物語)などセミについての本を何冊か執筆している。
羽化する地域は、さらに広がっていく。ノースカロライナ州中部、テネシー州東部、アーカンソー州北部へ。これに、ミズーリ州南部とイリノイ州南部、ケンタッキー州西部が続く。そして、ミズーリ州とイリノイ州の中部・北部、インディアナ州北西部、ウィスコンシン州南部、アイオワ州東部が締めくくりとなる、とクリツキーは地名を並べる。
ということで、これらの地域は約6週間にわたって騒がしくなる。セミが伴侶を求めて飛び回り、卵は木の枝に切り口をつけて産みつけられる。産卵が終わると一生を終え、死骸は一度かいだら忘れようもない腐臭を放つようになる。先のショックレーにいわせれば、腐ったナッツのような臭いがする。
セミは飛ぶ能力に劣り、鳥のような捕食者にいとも簡単に捕まってしまう。かみつきもしなければ、刺しもせず、病原菌を運ぶこともない。むしろ、自然の植木屋さんといったところだろうか。
はい出てくる穴は土壌に空気を通し、雨水が地下に浸透するのを助け、夏の暑いときには樹木の根に栄養を与える。切り口がついた枝は折れて葉が枯れることもある。
しかし、そんな枝枯れ現象は自然の剪定(せんてい)のようなもので、木が生き残った枝を再び伸ばせば、より大きな木の実ができる。しかも、腐ったセミの死骸は、木の養分にもなる。
「素数ゼミは、米国の東半分にある落葉樹林の生態系のとても重要な部分を担っている」と先のクリツキーは指摘する。
「放っておくのが一番」。ダブル羽化が起きる地域に住む人々への最善の助言はこれに尽きる、とコネティカット大学の生物学教授ジョン・R・クーリーは語る。
「森はセミたちのすみかであり、セミは森の一部なんだ。殺そうと思ったりしないで。殺虫剤をかけるようなことはやめて。そんなことをすれば、悪い結果しか生まれない。そもそも殺虫剤で駆除できるような数ではないし、殺虫剤をやたらに使えば、(訳注=一緒に結びついている大切なものも含めて)何もかも殺してしまうことになる」
もし、守るべき繊細な植物があるときは、専用の保護ネットを活用することをクーリーは勧める。
ダブル羽化で1兆匹ものセミが出てくることを悪夢のように思う人には、このたぐいまれな自然現象に畏敬(いけい)の念を持ってほしい、とショックレーは訴える。
「こわがるのではなく、驚くべき貴重な自然の営みとして受け入れてほしい。しかも、一時的なものなのだから。確かに、強烈ではあるだろう。でも、決して長続きはしない」(抄訳)
(Aimee Ortiz)©2024 The New York Times
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