陸上幕僚監部の資料によれば、RDでは上陸してくる敵を阻止する訓練や、敵の航空機や艦船を日米で協力して攻撃する訓練などが予定されていた。山下氏は「侵攻してくる敵に対し、自衛隊と海兵隊が最も効率的に対処できるよう訓練します」と語る。米海兵隊と陸自が持つ兵器では、ミサイルの射程もレーダーで敵を捉える範囲も異なる。具体的な地形に応じて、日米の共同対処力を最大限に発揮できる方法を、できるだけ短時間で調整する必要がある。
また、沖縄海兵隊の一部が改編されて11月15日に誕生する海兵沿岸連隊の場合、陸自の配備部隊(増援を含む)に比べると歩兵の数が少ない。米海兵沿岸連隊のミサイル部隊などを警護する役割を、陸自部隊が担う必要も出てくる。南西諸島などの離島防衛を想定する場合、地理的に弾薬や燃料の補給も自衛隊の大きな役割の一つになる。こうした日米間の調整(同盟メカニズム)がスムーズに進むよう訓練することも、RDの重要な目的の一つだ。
シンカは部隊の実力を徹底的に試せる
一方、日本と米国の調整がうまく進むだけでは十分とは言えない。陸自と米海兵隊そのものが「強い部隊」になることが必要だ。
事実上の仮想敵である中国軍は短・中距離の様々なミサイルを保有している。サイバーや宇宙、情報など「新領域」と呼ばれる分野での戦いでも、米軍を上回る力を持っているという評価もある。日米が協力してミサイル攻撃を考えても、中国軍による妨害で、レーダーや通信が使えなくなる可能性がある。あるいは、中国軍がいち早く米海兵隊と陸自の部隊を見つけて先制攻撃を仕掛けるかもしれない。
山下氏によれば、RDでも演習を企画して進行を管理し、評価する統裁部(コントローラー)が設けられる。統裁部では敵部隊の動きを加味し、日米両軍に「被害」を与えたうえで演習を続けるよう指示することがあるという。
「被害」をどのように与えるのかは、統裁部の主観で決める(一方統裁方式)こともあれば、コンピューターに敵味方それぞれの部隊が保有する戦力の数値を入力して損害をシミュレーションする場合(対抗方式)もある。ただ、敵部隊の戦術や個々の能力まで反映できるわけではない。
この点、「シンカ演習」は、陸自北富士駐屯地にある「富士トレーニングセンター(FTC)」の装備を使うため、客観的な数値に基づいて、部隊が戦闘不能になるまで徹底した訓練が可能だった。FTCは普通科に特科や機甲科、施設科などを組み合わせた300人規模の増強普通科中隊(歩兵中隊コンバットチーム)の実力を試すために作られた。
FTCで隊員は実弾の代わりに空包と共に発射されたレーザー光線などを受光する交戦訓練用装置(バトラー)を装着する。身体のどこを撃たれたのかを明らかにし、「死亡」「重傷」などと判定する。このほか戦車・車両用などの装置もある。
当初、陸自を甘く見ていた海兵隊
米海兵隊は2021年6月から、このFTCを使った「シンカ演習」を始めた。FTCに所属する陸自評価支援隊が対抗部隊を務めた。
米海兵隊は「日本本土」に見立てた沖縄の基地から、「沖縄本島」に見立てた静岡県沼津市の海岸に移動。そこから、「離島」に見立てた北富士演習場にヘリコプターで再び、移動した。演習では、離島を守る役割の米海兵隊が、上陸してくる敵軍役の陸自評価支援隊と訓練を行った。
最初のシンカ演習では、米海兵隊が陸自に惨敗を喫した。当時、陸自部隊訓練評価隊長としてシンカ演習発足に携わった近藤力也元1佐は「米海兵隊は自信満々で、陸自を甘く見ていました。油断したところを、陸自の偵察部隊に情報を抜かれ、次々に攻撃を受けて被害を大きくしました」と語る。米海兵隊は一日で全滅に近い損害を出し、演習は終わった。ただ、米海兵隊はこの「敗戦」を教訓に立て直し、その後の演習ではほとんど負けない戦いを繰り広げているという。
米海兵隊はこの演習の教訓を、沖縄で11月に発足する海兵沿岸連隊づくりに生かした。山下氏も「レゾリュート・ドラゴンは日米協力の練度を上げる訓練です。シンカ演習は日米の部隊の足腰を鍛えるという意味で、同じように重要な訓練だと言えます」と語る。
シンカが目立たない理由は
では、「RD」に比べ、「シンカ」がほとんど目立たないのはなぜだろうか。
関係者によれば、陸上自衛隊では「シンカ」について「聞かれれば答える」という方針で臨み、あえて積極的な広報はしていないという。複数の関係者はこの背景について「北富士演習場の協定に配慮した結果だ」と語る。
北富士演習場使用協定は、1973年3月の閣議了解を受け、同年4月に国と地元自治体などとの間で締結され、5年ごとに使用期間を更新している。
今年3月に防衛相や山梨県知事らとの間で締結された北富士演習場使用協定には、「日米共同訓練の制限」という項目が盛り込まれている。このため、シンカ演習は「米軍がFTCを使う演習」と位置付けられた。結果的にFTCに所属する陸自評価支援隊が演習に協力しているという格好にした。
もともと、米海兵隊がシンカ演習の構想を自衛隊側に持ち込んだのが2020年9月だった。
日米共同演習の形を取るためには両政府の合意から始める必要があり、実施までに3、4年はかかるのが普通だ。だが、台湾有事を懸念する米軍側は演習の早期実施を強く要請。日本を取り巻く安全保障環境への危機感と地元自治体への配慮を考えた結果、「米軍の単独演習」という形で、わずか9カ月間で演習実施にこぎ着けたという経緯があった。
レゾリュート・ドラゴンも3年目に入ったが、関係者が渇望している南西諸島での本格的な演習にはなかなか踏み込めないでいる。
米軍はともかく、日本政府・自衛隊として演習を行う究極の目標が「日本国民の生命財産の保護」である以上、日本世論の理解は欠かせない。日本の世論が理解をしてくれるまで、日本を取り巻く平和が続いて欲しいが、現実はそうそう甘くないかもしれない。政府には一層の努力が求められる。