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インスタグラムで事実を提供したい 海洋生物が戻ってきた海、ドローンで撮影する理由

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
一緒になって泡を吹き出すザトウクジラのペア
米ニューヨーク大都市圏の東のはずれにあるロングアイランドの沖合で、エサのイカナゴを捕まえるために一緒になって泡を吹き出すザトウクジラのペア= Sutton Lynch via The New York Times /©The New York Times

米ニューヨーク大都市圏のはずれ、大西洋に突き出したロングアイランドのほぼ東端にある町アマガンセット。そのアトランティックビーチにサットン・リンチ(23)は毎朝、足を運ぶ。起きるのは、たいていは日が昇る前。あたりは、静けさに包まれている。

このビーチには、子どものころから来ていた。10代のときは、何年も水難救助員として働きもした。今は、じっと水平線を見つめるのが日課だ。海面に動きがあると、ドローンを飛ばして様子を観察している。

その映像記録には、この沖合で繰り広げられる海洋生物の息をのむような営みが映っている。インスタグラムに投稿しており、熱心なフォロワーが多い。ザトウクジラやシュモクザメ、イルカ、ブルーフィッシュ(和名:アミキリ)などの画像やビデオがあるだけではない。

子どものころの思い出や、関連した水産政策を調べた報告、さらにはそれぞれの生態についての説明が加えられている。それらすべてに、海とそこにすむ生き物への深い畏敬(いけい)の念がにじみ出ている。

ロングアイランドの東端近くにある町アマガンセットの沖合には、ハナザメの姿もあった
ロングアイランドの東端近くにある町アマガンセットの沖合には、ハナザメの姿もあった=Sutton Lynch via The New York Times /©The New York Times

陸からの視界がちょうど届かなくなった沖合に、これほど豊かな生物の種が存在することに、リンチのフォロワーはしばしば驚かされる。それもそのはず。生き物たちの復活は、実は極めて新しいできごとなのだ。ロングアイランド東端の海は、環境保護と海洋文化史の両面から見て劇的な転換期にあり、それをレンズがとらえている。何十年にも及ぶ海の枯渇化にようやく歯止めがかかり、生物資源が回復してきた。

わずか10年前でも、このあたりの海でクジラやイルカを見ることはまれだった。健全な生態系のカギを握るタイセイヨウ・メンハーデン(訳注=北米の大西洋沿岸に生息するニシン科の魚)の乱獲がたたり、ロングアイランド沖の海は20世紀後半になると生き物の数が激減した(骨が多く、油っぽいこの魚は、主に栄養分に富んだ魚油を採るのに捕獲され、人間が食べることはあまりない。プランクトンや藻類をエサとし、数十種ものより大きな魚に捕食されている)。

メンハーデンの生息数が30年間で約90%も減ってしまったことを受けて、米大西洋沿岸州海洋漁業委員会は2012年、沿岸全域に及ぶ初の漁獲制限を設けた。すると、生息数はすぐに回復し、水質の改善とともにクジラやサメ、エイ、アシカ、イルカなどの動物たちが沿岸の近くにまで戻ってきた。20世紀の半ばから、見かけられなくなっていた姿だ。

「保護すべき生き物の回復が、これほど短い間に目に見えて改善するのは珍しい」と非営利団体「セオドア・ルーズベルト自然保護パートナーシップ」の米北東部地区代表ジョン・ガンズは語る。「100%、あの2012年の漁獲規制のおかげだ」

メンハーデンを捕食する大きな動物たちの復活は、冒頭のリンチが写真家として一人前になった時期と重なった。17歳で最初のドローンを手にし、地元の浜辺から撮影を始めた。

写真家としてのそのキャリアが、なんでもない魚とこうして結びついているのは、まさにお似合いといったところだろう。アマガンセットを含むハンプトンズ(訳注=ニューヨークの高級避暑地として有名)という土地柄。ほかを寄せつけない強みと浅薄なほどの手軽さを持つインスタグラムというプラットフォーム。その上に立つリンチの作品は、分かりやすさと迫真性の両面を兼ね備えている。

「彼には変に偉ぶったところがまったくない」。アマガンセットに住むビクトリア・クーパーは、リンチの「大ファン」を公言する。この夏に販売も兼ねて開かれたリンチの写真展の一つを見ながら、その魅力をこう説明した。

「ここには土地がら、パーティーとかそんなものがいっぱいあるけど、こうして会場に来ると、やはり彼の世界に夢中になってしまう。サットン(リンチ)の写真は、私たちみんなが自然の一部であることを思い出させ、その自然の背景にあるものを掘り下げてくれるところが気に入っている」

ロングアイランドは、温暖化の影響を特に受けやすい。海面の上昇。頻度と強さのいずれもが増す暴風雨。それに、海面に大発生する藻類。問題をいくつかあげるだけで、こんなにもある(米主要都市圏の中でも気候変動による打撃を受けやすい都市として、ムーディーズ・アナリティックス〈訳注=米格付け大手ムーディーズの子会社〉は最近、影響度の強さをまとめた一覧表のトップ近くにこの地域を位置づけている)。

ロングアイランド沖の浅瀬で丸くなって泳ぐブルーフィッシュ(和名:アミキリ)の群れ
ロングアイランド沖の浅瀬で丸くなって泳ぐブルーフィッシュ(和名:アミキリ)の群れ=Sutton Lynch via The New York Times /©The New York Times

こうした影響を記録することも、リンチが映像記録を撮り続ける動機の一つだ。現状への不満と、こうすべきだという確信の複雑な組み合わせが、彼の姿勢を特徴づけている。それは、Z世代(訳注=20世紀の終わりから2010年代の初めごろに生まれた世代)の多くに共通することだろう。

「私たちがどう感じているのかを、年上の世代が理解するのは難しい」とリンチは話す。「両親の世代は『君たちがこれを解決するんだ』という。でも、社会の支配的な立場にいるのは彼らだ。一方で、いろんな問題に、今すぐ手を打たないといけない」

ある意味で海の風景の変化を、長い目で研究するようなものなのでは――自分の作品について、リンチはこう考えている。すぐにはとらえにくいいくつもの事象が、何年にもわたって徐々に進行し、より深刻な被害を生態系にもたらす動きとなるのを、自身の視点で追跡するつもりだからだ。

それが10年続くとすれば、かなりたくさんの視覚情報を蓄積した作品集ができることになるだろう。「理想をいえば、そのデータを研究できる科学者と提携して仕事を続けたい」

リンチのファンには、環境保護者だけではなく芸術家や漁師、地元の住民、さらには都会からやってきた人たちもいる。自分の活動の教育的な側面をどう伝えるのかという問いには、「だれだって、こう考えろと指示されて面白いはずがない」という答えが反射的に返ってきた。そんなことをして、「私はだれ一人としてフォロワーを遠ざけたくはない。ただ事実を提供するにとどめたい」

(訳注=悲惨な未来予想を示して)脅したり、だれかを責めたりすることをよしとせず、だれもが持っている自然の風景を尊ぶ気持ちに訴える方法を自分は選んでいる、とリンチは続ける。「恐怖心を吹き込んでも、何の助けにもならないと私は思う」

サメの活動が増えているのは、ハンプトンズでの短い休みを楽しもうという海水浴客には不安のタネかもしれない。しかし、リンチにとってはむしろワクワクすることだ。23年7月にハナザメ(訳注=世界中の暖かい海に分布し、体長3メートルを超えることもある)を撮影すると、こう記した。

「彼らは野生の動物で、大海原をすまいとしている。確かにこわい存在ではある。でも、彼らが私たちに与える脅威よりも、人間が彼らに及ぼす脅威のほうがはるかに大きいということを私たちは思い起こすべきだ」

自分が達成したいリストの最上位には「グレート・ホワイト(ホオジロザメ)」との出合いがある。これは、イースト・ハンプトンの水難救助員たちも同じだろう。リンチのサメ・パトロールを頼りにしており、彼が海辺でドローンを飛ばしてサメを探しているときは、市は時間単位で報酬を払っている。ホオジロザメが見つかったとの通報が万が一あれば、救助員は大いに感謝するに違いない。

ロングアイランドの沖合には地球上で2番目に大きなクジラであるナガスクジラも戻ってきた
ロングアイランドの沖合には地球上で2番目に大きなクジラであるナガスクジラも戻ってきた=Sutton Lynch via The New York Times /©The New York Times

「ロングアイランド沿岸研究・教育会」を主宰する生態学者のアーサー・コペルマンは、公的な環境教育の大切さを常に考えてきた。「とても大事なことだ」と語りながら、自分の周囲の環境について知ることの重要性を指摘する。「それができれば、この沿岸海域の生態系を守る上で、積極的に動く当事者になることを後押ししてくれる」

その意味で、リンチはまさにこれを実現するための一翼を担っている。自然を称賛する自身の気持ちを共有するようフォロワーたちを促しながら、行動するためのきっかけを与えているからだ。

ハンプトンズは、華やかさと過剰なほどの豊かさの象徴のように見られ、その海岸は今や偶像のようにあがめられている。これに対してリンチの作品は、その同じ海辺をニューヨークのエリート層がなぜ訪れるのかを示す新たなメッセージとなっている。

セレブや財界の大物、なんとか宿を確保した週末の保養客ばかりが、果てしなく続く砂の浜辺と折り重なるような砂丘に群がっているのではない。ここをすみかとする海洋生物が織りなす社会も、大きくなっている。目と鼻の先の沖合で。(抄訳)

(Ellie Duke)©2023 The New York Times

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