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ボランティアの大人が子どもの「バディー」に カギは一対一の時間と「対等な関係」  

World Now 更新日: 公開日:
朝日が差し込む家の庭で。(左から)イリヤさん、バディーのアレックスさん、父のマーティン・ポンペさん、弟のユリアンさん、母の平田クミ子さん
朝日が差し込む家の庭で。(左から)イリヤさん、バディーのアレックスさん、父のマーティン・ポンペさん、弟のユリアンさん、母の平田クミ子さん=2023年8月11日、オランダ・ライデン、本間沙織撮影

オランダ・ライデン市に住む40代の女性の家には、6月からバディーが来るようになった。10歳の息子には、データサイエンティストのタイエ・ファン・バルネフェルドさん(36)、8歳の息子には新聞社を退職したレイン・ヤンセンさん(65)がついた。

8月、バディー2人が来たところを取材に訪れると、子どもたちはテレビゲームに夢中だった。女性が「外でサッカーしてきたら」と何度声をかけても聞かない。でも、バディーたちが近づいて誘うと、2人は「分かったよ。行くから」と笑いながら、ボールを持って外に出た。

女性は夫と別居中。兄弟げんかが増え、学校に行き渋るようになったとき、バディーを紹介する団体「ヴィターリス」を教えてもらった。「一緒に外で思いっきり身体を動かしてくれる男の人」と希望を書いて申し込んだ。

女性の自宅でトランプをして子どもと遊ぶバディーのレインさん
女性の自宅でトランプをして子どもと遊ぶバディーのレインさん(右)=2023年8月10日、オランダ・ライデン、本間沙織撮影

これまでに湖で泳いだり、トランポリンをしたり、美術館に行ったりした。2人は「いろんなところに連れて行ってくれる」「パンケーキやクッキーを作るのが上手なところも好き」と話した。

レインさんは「何をするかはいくつかプランを提案して、選んでもらっている。喜んでいる姿をみるのが幸せな時間。自分の娘を育てたときの大切な思い出がよみがえる」と話す。

タイエさんは「これまでボランティアで複数の子どもたちをみることはあったけれど、一対一で向き合いたいと思ってバディーになった。彼が喜ぶことをいつも一緒にしたいと思っている。初めてのことにチャレンジしてもらいたいけれど、無理させるのは嫌だからバランスを考えている」。

まだ会ったのは数回だが、子どもたちは落ち着いてきた。女性は「2人の性格に合った人がそれぞれ来てくれた。毎回、喜びそうな活動を考えてきてくれる。私の手が回らないところをケアしてくれるし、継続して同じ人が来てくれるので親も子も安心できる」と話した。

きめ細かくマッチングし、対象は思春期の年代まで 利用は無料

ヴィターリス本部のプロジェクトリーダー、ティネケ・ユリアンさん(61)によると、バディー制度は45年前、精神疾患の親をもつ子どもたちを外に連れ出してケアするために始まった。需要が増え、対象の子どもが広がり、国内には、たくさんのバディーを紹介する団体がある。

バディーの(右から)レインさん、タイエさんとサッカーをして遊ぶ子どもたち
バディーの(右から)レインさん、タイエさんとサッカーをして遊ぶ子どもたち=2023年8月9日、オランダ・ライデン、本間沙織撮影

ベビーシッターや預かりサービスなどとの違いは、世話をするのではなく、子どもと対等な立場でいっしょに過ごすこと。思春期の年代までを対象に、きめ細かくマッチングすることも特徴で、利用料は無料だ。

期間は原則1年~1年半で、対象は5~18歳。子ども1人に1人のバディーがつき、1~2週間に1回、数時間をともに過ごす。運動したり、工作したり、出かけたり。内容は、バディーが子どもの好みを考えて決める。運営は自治体の予算、財団の基金、企業からの寄付などで成り立っている。

バディーには18歳以上なら応募できる。審査は厳正だ。担当者が自宅を訪れて生活ぶりを見る。勤務先の同僚など応募者を知る2人にも、どんな人物か聞く。犯罪歴がないことを証明する書類の提出を求め、研修も受けてもらう。応募者に同居人がいる場合、同居人にも同様の書類の提出を求めるという。

ヴィターリスのケースマネジャー、パウラ・モルダーさん(46)は「人生には嵐の中の岩になる人が必要で、バディーは子どもに前向きな影響を与えることが求められる。できれば家族の一員として、一生つながっていてほしい」。結婚式など人生の節目に元バディーを招待する家族も多いという。

子どもの特性に応じて支援 『救われた家族』

ライデンに住む心理士の平田クミ子さん(46)の長男イリヤさん(15)のもとには最近、思春期の子どもを対象にしたバディーのアレックス・スパサラキスさん(25)がやってくる。

庭のトランポリンに座るイリヤさん(左)とバディーのアレックスさん
庭のトランポリンに座るイリヤさん(左)とバディーのアレックスさん=203年8月11日、オランダ・ライデン、本間沙織撮影

取材に訪れた日、アレックスさんが現れると、2人は庭に出て、ベンチに座って話し始めた。夏休みの過ごし方や学校のことなど、静かに会話を交わす。イリヤさんは「両親や友だちとは散歩もしないし、植物や花をみたりもしない。けれど、リラックスできて心地いい。一緒にいると楽しい」と話した。

イリヤさんは、高い知能指数をもつ「ギフテッド」と呼ばれる子どもで、勉強がとてもよくできる一方で、人付き合いがあまり得意ではない。

アレックスさんも人とコミュニケーションをとるのが苦手。特に親の都合でロシアやアメリカで過ごした10代のころは、自分のペースをつかむのに時間がかかり、音楽を聴くことで自分を保ってきたという。「子どもたちが生きやすいように支援し、世界を広げられたら」とバディーになった。

これまで森へ行ったり、写真を撮ったりした。アレックスさんは「イリヤはあまり外に出ないと聞いたので、まずは連れ出そうと思っている。慣れてきたら音楽の話もしたい」。

20年以上オランダで暮らす平田さんは、3人の子どもを育ててきた。長女レオナさん(19)は重度の知的障害がある。小中学校時代のレオナさんには、福祉職員を目指す学生のバディーが毎週来てくれた。そのころ、イリヤさんには「お兄ちゃんのような」バディーがついてくれた。イリヤさんの部屋には当時のバディーと撮った写真が飾られている。彼らとは今も連絡を取り合う。

イリヤさんの部屋の目立つところに飾ってあるバディー(左)との写真
イリヤさんの部屋の目立つところに飾ってあるバディー(左)との写真=平田クミ子さん提供

平田さんは「要望に添った支援を受けることができ、私も潰れることはなかった。私たちは間違いなく、オランダの仕組みに救われた家族です」と話した。

子育ての伴走者として寄り添う役目 定年後に始める人も

他にもバディープログラムを行う団体がある。その一つ「ホームスタート」は、子育て経験者がボランティアをしている。コーディネーターのエレン・スコットさん(61)は、バディーが家庭に入り、子どもと過ごすことで、親やほかのきょうだいもリラックスして過ごせるようになることが大切だと強調する。「バディーはその家族の話に耳を傾け、伴走者として寄り添っていくためにいます」。

定年後にバディーになる人もいる。アムステルダムに住むヨス・イエッセンさん(72)もそんな一人。財務の仕事を30年以上続けてきた。仕事は楽ではなかったが、後輩の成長を促し、背中を押すことは好きだった。

いくつもの種類をかけもちし、バディー活動に精力的に取り組むヨス・イエッセンさん
いくつもの種類をかけもちし、バディー活動に精力的に取り組むヨス・イエッセンさん=2023年8月10日、オランダ・アムステルフェーン、本間沙織撮影

大学でコーチングについて学びながら、自らがADHD(注意欠陥・多動性障害)で苦労した経験から、ADHDの若者を支援するバディーや、難民を支援するバディーなど、いくつものボランティアに精力的に取り組んでいる。

「バディーをすることで自分の人生が豊かになるのを感じている。感謝してもらうことで、生きる意味を与えてもらっている。まさに人生のスパイスなんだ」と誇らしげに言った。「私には2人の娘がいるけれど、娘たちも、私が学び続け、人の役に立っていることを誇りに思っている」

日本でも、関東で取り組み始まる 

日本でもバディープログラムに取り組む団体がある。東京や群馬、千葉で活動を展開している一般社団法人「We are Buddies」だ。

代表の加藤愛梨さん(33)が都内のシェアハウスに住んでいたとき、男児と出会ったのがきっかけだ。出産経験がなく、それまで子どもと触れあう機会がほとんどなかったが、ともに日常生活を送ることで、子どもとでも対等な信頼関係を築けることに気づいたという。

「We are Buddies」代表の加藤愛梨さん
「We are Buddies」代表の加藤愛梨さん=本人提供

加藤さんは高校時代、オランダで過ごした。オランダでは、バディープログラムが社会のセーフティーネットの一つとして機能していた。「子育てに多くの大人がかかわり、みんなが力を抜いて優しい気持ちになれる社会になって欲しい」。そう願いを込めて、「ヴィターリス」などを参考にして2020年、団体を立ち上げた。

子どもの対象年齢や、利用料がかからないことなど、オランダのプログラムと同じ点が多い。大きく違うのは、大人のバディーになるには、応募するのではなく、すでにバディーをしている人や団体の関係者からの紹介制にしている点だ。定期的に保護者を交えたミーティングを行い、関係性を強化している点も特徴的だ。

延べ80組がバディーになった。大人は、20、30代の子育て経験のない人が9割、子どもは小学生の利用が多いという。

東京都内の公園でキャッチボールの休息中のバディーの20代男性と8歳の男児
東京都内の公園でキャッチボールの休息中のバディーの20代男性と8歳の男児=2023年8月ごろ、We are Buddies提供

加藤さんは「子どもは信頼できる大人が身近にでき、保護者は自分の時間ができる。大人のバディーは、子どもと深く関わることでフラットな人間関係を築く経験ができる。みなさんに良いことがあるのが特徴です。大人と子どもが細く長く続く関係性を築いてほしい」と話した。