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子どもは引き離されていなかった 世界で議論呼んだ1枚、国際コンテスト大賞に

World Now 更新日: 公開日:
2018年6月12日、米テキサス州マッカレンで=ジョン・ムーア氏(ゲッティイメージズ)撮影

主催者の世界報道写真財団(本部・オランダ)が11日(日本時間12日)発表した。大賞に選んだ理由について「物議をかもした取り組みに対する人々の抗議を引き起こした」などとした。

この写真は、密入国者を犯罪者として追及するトランプ米政権の「ゼロトレランス」(不寛容)政策によって、親から無理やり引き離された子どもの象徴となり、すぐに世界中のメディアが採用した有名な1枚となった。

撮影したカメラマンのジョン・ムーア氏(51)は、所属するゲッティイメージズを通じ、SNSで受賞コメントを出した。

「この写真が私自身を含む多くの人たちの心に触れたのは、大きな問題をより人間的に捉えることができたからだと思う。すでに2歳になっているヤネラの当時の表情を見ると、人間性を感じる。そして、長旅や夜中の越境への恐怖心も」

この写真が巻き起こした論議には続きがあった。実は、少女は親と引き離されていなかったことが分かり、「誤解を招いた」などとして写真自体が議論の対象になった。今回の報道写真コンテストで、129の国と地域の4738人から応募があった計7万8801点の作品の中で大賞に選ばれたことで、改めて議論を呼び起こすことは間違いない。

「アピール効果あった」「子どもを写真に使いたがるメディア」世界の賛否

それならばと、大賞作品についてSNSで感想を呼びかけると、さっそく返送があった。

カナダ・トロント在住の高校職員ジェームズ・ジャレットさん(37)。英国系移民3世で、エチオピア出身の妻とともに移民受け入れには賛成だ。ジャレットさんは、当時、カナダでもメディアで紹介された少女の写真をよく覚えているといい、こう語った。

「少女の実際の話と違ったことで誤解を招く写真であったと思うが、(トランプ政権の)移民政策の実態を例証しており、移民の安全を心配する人々にはアピール効果があったと思う。ただ、トランプ政権支持者や反移民の人々の心を動かすほど米国の分断は簡単ではない」

ジャレットさんは、移民に寛容な政策で知られるカナダでも、隣国の米国でトランプ政権が発足して以降、徐々に反移民感情をあおる政治家が出たり、移民に厳しい意見を持つ国民が増えたりしていると感じている。「この冬も、カナダへの入国を望む移民が国境付近で凍傷になったり、凍死しかけたりしたというニュースが流れていた」として、こうした傾向が強まることを心配している。

移民問題に揺れるのは北米だけではない。スペイン・ブルゴス在住のクラウディア・ムーガ・バスティーヨさん(37)は「スペインのメディアも、難民問題を扱う記事では子どもの写真を使いたがる。その方がインパクトが強いと思っているのだろうが、過剰露出の結果、一方的な主張にしか思えなくなった」と話す。大賞をとった写真についても「いい写真だと思うが、1人の少女の人生の1コマをもって国境問題や移民問題全体を語るのは無理がある」。

バスティーヨさんによると、スペインでも移民受け入れの賛否をめぐり世論は激しく割れている。アフリカや東欧、南米からの移民が多いというスペインでも、労働や治安、社会不安などの問題にからみ、移民への風当たりが強くなっている。これは欧州全体に言えるという。

米アリゾナ州のメキシコ国境に近い都市で暮らす小田村まゆみさん(46)は、メキシコからの越境侵入がよく起きる地帯も近いことから、不法移民には厳しい感情を持っている。ただ、大賞作の写真を見ると、「移民キャラバンには子どもたちもいて、援助もせずに自国に追い返すのかと思うと心が痛い」とも感じたという。

移民政策が世界各地で大きな関心事となる中、ムーア氏が撮影した少女の写真は、様々な意味において、移民問題をめぐる議論を活性化させる1枚となっている。

ムーア氏の大賞作を含め、今回のコンテストの入賞作品を展示する「世界報道写真展2019」(朝日新聞社など主催)は、6月から東京、大阪、滋賀、京都、大分を巡回する。(山本大輔)