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ロシアのウクライナ侵攻作戦と日本の安全保障戦略 アメリカ国防大教本から読み解く

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
首脳会談の冒頭、握手する岸田文雄首相と中国の習近平国家主席
首脳会談の冒頭、握手する岸田文雄首相と中国の習近平国家主席=2022年11月17日、タイ・バンコク、朝日新聞社

「米国防大学に学ぶ国家安全保障戦略入門」(A・オラー、S・ヘフィントン、D・トレトラー編著/磯部晃一編訳)は、米軍の最高学府、国防大学が長年教えてきた戦略立案のプロセスをマニュアル化した「国家安全保障戦略入門(NSSプライマー)」を全訳したものだ。併せて、磯部氏が、「なぜ国家安保戦略が必要なのか」と題して、NSSプライマーの要点を解説。更に、「適用編」としてロシアのプーチン大統領とウクライナのゼレンスキー大統領の戦略を、NSSプライマーの視点で読み解いた。

磯部晃一元陸上自衛隊東部方面総監(元陸将)
磯部晃一元陸上自衛隊東部方面総監(元陸将)

――ロシアが1年半前に掲げたウクライナ侵攻「特別軍事作戦」の目標は達成されていません。

プーチン大統領は当初、数週間でウクライナを降伏させ、ゼレンスキー大統領を追い出して傀儡(かいらい)政権をつくろうと考えていたと思います。ところが、開戦してみると、ウクライナ国民の抵抗の意思は強く、首都キーウも攻略できませんでした。

しかし、プーチン氏は目標を変えていません。NSSプライマーでは、目標達成に失敗した時点で政治や戦争の目的を修正すべきだと説いています。

本来であれば、プーチン氏は短期作戦に失敗したわけですから、作戦を変更しないといけないはずです。しかし、彼は自らしかけた作戦が失敗したとは言えません。だから、「特別軍事作戦」を掲げたまま、今度は長期戦に持ち込んでいるのです。

総動員令をかけて総力戦に持ち込む必要がありますが、プーチン氏は依然、特別軍事作戦を維持しています。プーチン氏はおそらく、総動員に対するロシア国民の反発を恐れているのでしょう。

東方経済フォーラムに出席したプーチン大統領
東方経済フォーラムに出席したプーチン大統領=2023年9月12日、ロシア・ウラジオストク、ロイター

今後は、来年3月のロシア大統領選が終わった後、プーチン氏が新たに何をするのかに注目すべきでしょう。私は、プーチン氏は総動員令をかけずに、じわじわと兵員を増やして戦争を継続すると思います。このまま、ウクライナでの戦争を長期戦に持ち込み、西側諸国の支援が先細るのを待つ方が良いと判断するでしょう。ロシアは同時に中国と連携し、グローバルサウス諸国に情報戦を仕掛け、西側諸国を分断して、戦後秩序に代わる多極化した世界をつくろうとするでしょう。

――ロシアは最終的に特別軍事作戦の目標を達成するでしょうか。

西側諸国の団結とウクライナ支援の意思がある限り、ロシアは国力を消耗して衰退していくでしょう。ただ、ロシアに対する経済制裁や金融分野での圧力には抜け道も多いです。原油価格も高騰し、ロシアにとって都合の良い状況が生まれています。中国はロシアが倒れれば、自分たちに西側諸国の目が向くと考えており、ロシアを支えるでしょう。

NSSプライマーも触れていますが、対象国の観点から考えることが非常に重要です。ロシアが掲げる「ウクライナの非ナチス化」などの目標は、西側諸国からは理解できない全く異なる価値基準だと言えます。自由民主主義を掲げる国々にとって、ロシアの行いは許しがたいものですが、グローバルサウス諸国では、中国やロシアの権力維持体制に魅力を感じるリーダーも少なくありません。

――インドで開かれた主要20カ国・地域(G20)首脳会議の共同宣言は、ロシアを名指しで非難しませんでした。

共同宣言に対する不満や批判があるようですが、世界が守るべきルールについて言及しています。G20が分断されると、中国やロシアを中心とするBRICSや上海協力機構の影響力が強まりかねません。G20でみせたモディ・インド首相のリーダーシップを評価すべきだと思います。

G20サミットの日程を終え、メディアセンターを訪れたインドのモディ首相(手前中央)
G20サミットの日程を終え、メディアセンターを訪れたインドのモディ首相(手前中央)=2023年9月10日、インド・ニューデリー、朝日新聞社

一方、中国の習近平国家主席はG20首脳会議を欠席しました。不動産不況などの内政問題が深刻化したため、国内対応で忙殺されていたのかもしれません。習氏が11月に米サンフランシスコで開かれるアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議に出席するかどうか、注目しています。

――日本は、ロシアによるウクライナ侵攻にどう対応すべきでしょうか。

日本の国益を考えた場合、侵攻を早く終わらせることが利益になります。侵攻が長引けば、ウクライナを支援する西側諸国の軍備が低下します。中国もこの状況を見ているはずです。中国が台湾侵攻に踏み切った場合、欧米からの支援の可能性が低くなります。

「米国防大学に学ぶ国家安全保障戦略入門」(A・オラー、S・ヘフィントン、D・トレトラー編著/磯部晃一編訳)の書影
「米国防大学に学ぶ国家安全保障戦略入門」(A・オラー、S・ヘフィントン、D・トレトラー編著/磯部晃一編訳)の書影=牧野愛博撮影

本来なら、米国がもっと早期により大規模な支援をすべきです。米国は、ロシアとNATO(北大西洋条約機構)との全面戦争を懸念していますが、ロシアもNATOとの戦争になれば敗北することを理解しています。全面戦争の可能性は低いでしょう。ロシアによる核兵器の使用もないと思います。

――日本は中国とはどのように付き合うべきでしょうか。

日本の対中戦略は、国家レベルの戦略と国防レベルの戦略で中身が異なってきます。日本の大きな国益から考えた場合、国家戦略とは「中国と戦争しないこと」です。中国との軍事衝突を避けることが日本の国益になります。

一方、そのためには軍事分野では、米豪などと協力し、中国による武力の行使を抑止する戦略を採らなければなりません。反撃能力の保有の是非が議論になりましたが、これは防衛戦略の議論になります。反撃能力を持つことが中国との交渉を可能にするとも言えます。中国はロシアと同様、力を信奉する国であり、力のある国には、それなりの対応をしているからです。

首相官邸で日米豪印4カ国の協力枠組み「QUAD」首脳会合に臨む、左からオーストラリアのアルバニージー首相、米国のバイデン大統領、岸田文雄首相、インドのモディ首相
首相官邸で日米豪印4カ国の協力枠組み「QUAD」首脳会合に臨む、左からオーストラリアのアルバニージー首相、米国のバイデン大統領、岸田文雄首相、インドのモディ首相=2022年5月24日、朝日新聞社

「国家安全保障戦略入門」でも書きましたが、国家安全保障戦略では、グローバルなトレンドや日本周辺の情勢が今後どのように推移するのか、それに伴い日本の国益をどのように規定し、国益を守り、増進するためにどのように具体的な戦略を描くかが問われているのです。