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370度の熱水が吹き出す究極の環境に生きる生物たち 最新の成果、研究者の見方は

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
東太平洋海嶺(かいれい)の深さ760メートルほどの海底にある熱水噴出孔に群がるようにゆらぐチューブワームと、近くを泳ぐ深海魚のゲンゲ=Schmidt Ocean Institute via The New York Times/©The New York Times

中南米の西海岸のはるか沖合、何千フィート(1フィート=30.48センチ)も潜った深海に、まるで怪奇小説にでも出てきそうな溶岩の世界がある。その海底では、火山性の排気口とでもいうべき熱水噴出孔が、カ氏700度(セ氏371度強)にも達する噴流を噴き上げている。

この噴出孔の表面や周辺には、多様でモザイクをちりばめたようにさまざまな生命が宿っていることは長らく知られていた。しかし、こんな地獄のような間欠泉の下にも動物が生息していることは、科学者たちにも分かっていなかった。

それが、2023年7月に一変した。潜水探査機が熱水噴出孔のある火山性の岩盤をひっくり返すと、生命があふれる動物の世界がそこに出現した。とくに多かったのは、スパゲティのようにも見える奇怪な生き物「チューブワーム(和名・ハオリムシ)」だった。

「熱水噴出孔の下に生息する動物が見つかったのは、これが初めて」とモニカ・ブライトはその意義を強調する。ウィーン大学の生態学者で、今回の調査では科学者たちのリーダー役になった。

噴出孔のへこんだ部分に微生物が生息していることはすでに分かっていた。しかし、さらに奥の火山岩内部の空洞に動物が身を隠すようにしてすみ着き、深海の暗がりの中で揺らいでいるという光景は衝撃的だった。

「噴出孔内に深く入るほど温度は上昇する。酸素が減り、有毒な化学物質が増える」とブライト。「地殻のかなり浅いところとはいえ、その下にある世界の話だ」

An undated photo provided by Schmidt Ocean Institute shows a rock crust sample, turned upside down, revealed Oasisia and Riftia tubeworms and other organisms that live beneath hydrothermal vents. Microbial life was previously known to exist within these hollows. But the idea that animals were ensconced within vaults of volcanic rock, bathing in darkness, seems shocking. (Schmidt Ocean Institute via The New York Times)  — NO SALES; FOR EDITORIAL USE ONLY WITH NYT STORY SLUGGED OCEAN-VENT-CREATURES BY ROBIN GEORGE ANDREWS FOR AUG. 8, 2023. ALL OTHER USE PROHIBITED. —
深海底にある熱水噴出孔の岩盤をはがして採取した標本。2種類のチューブワームなどが採取された=Schmidt Ocean Institute via The New York Times/©The New York Times

ただし、すべての専門家がこの発見に驚かされたというわけではない。

「これは完全に理にかなっていると思う」とジュリー・ヒューバーは冷静だった。米マサチューセッツ州にあるウッズホール海洋研究所の地球化学・微生物学者で、今回の調査には関与していない。「海底の下の浅い層は、動物が生存できる程度に温度が低く、もともと微生物や栄養素を運ぶ海底下のベルトコンベヤーのように機能していると私は考えていた。そこに、動物が加わったことになる」

熱水噴出孔という特殊な生態環境については、分かっていないことが多い。しかし、これまで海底で発見された多くの新事実と同様に、今回の発見も科学者たちが地球上の生命についての知識の限界を押し広げる動きの一つなのかもしれない。

熱水噴出孔が最初に見つかったのは、ガラパゴス諸島の沖合だった。奇想天外な画風で知られるスペイン人画家サルバドール・ダリ風の煙突のような突起や深い裂け目が、大規模な海底山脈である中央海嶺(かいれい)の頂上やその近くにあることが多い。

そこでは、二つの海洋プレートが徐々に離れながら地殻を引っ張ることで巨大な火山性の亀裂が生じる。その奥深くでは、マグマの熱がパーコレーターでコーヒーをわかすように海水を加熱している。それが深海に噴出すると、ミネラルをたくさん含んでスープのようになった極めて温度の高い水が「柱」のように吐き出される。

極端な環境にもかかわらず、こうした熱水噴出孔は奇妙な生き物の宝庫になっている。その中で、共通して見られるのはチューブワームだ。幼虫のころは自由に遊泳して動き回るが、成虫になるとまったく移動しなくなる。数フィートもの長さになることがあり、内臓に寄生するバクテリアが硫黄を食べながら(訳注=必要な栄養素を作って)養ってくれる。

先のウィーン大学のブライトは、このユラユラ動くおかしな生物が、噴出孔の下にもいるのではないかと考えてみた。「本当に正気のさたとはいえないような発想だった」

ともかく、実証することを試みた。熱水噴出孔の上と下に生息する生物がどうかかわり合っているのか、理解を深めたかった。

米カリフォルニア州にあるシュミット海洋研究所の調査船「ファルコー号」に乗り込み、2023年6月27日から翌月29日の間、船上の研究チームを率いた。向かったのは、ほぼ南米大陸に沿って延びる東太平洋海嶺の噴火が起きやすい区域だった。

現場に着くと、遠隔操作の無人探査機「スバスチアン」を降ろした。2本の腕があり、ドリルやスコップ、ノコギリを装着できた。泡を立てている噴気孔に探査機を近づけ、ていねいに火山岩のいくつかをひっくり返して中をのぞき込んだ。

An undated photo provided by Schmidt Ocean Institute shows Monika Bright and Andre Luiz de Oliveira working with a remotely operated vehicle to overturn chunks of crust for samples, aboard the research vessel Falkor (too). (Schmidt Ocean Institute via The New York Times)  — NO SALES; FOR EDITORIAL USE ONLY WITH NYT STORY SLUGGED OCEAN-VENT-CREATURES BY ROBIN GEORGE ANDREWS FOR AUG. 8, 2023. ALL OTHER USE PROHIBITED. —
熱水噴出孔の岩盤をひっくり返すため、シュミット海洋研究所の調査船「ファルコー号」から無人探査機を遠隔操作する生態学者のモニカ・ブライト(手前から2人目の腕を伸ばしている女性)ら=Schmidt Ocean Institute via The New York Times/©The New York Times

あらわになったのは、地質学者がときに「空洞(hollow)」と呼ぶ構造だった。ガラス質の岩の空洞が複数の方向に迷路のように広がり、その一部はアーチや柱で飾られていた。かつてはドロドロに溶けていた溶岩が、ときとともに冷えて固まったものだ。

こうしたトンネルを通じて海水が流れ、その温度は驚くことにカ氏75度(セ氏24度弱)にとどまっていた。この隠れた地質の迷路を探査機がのぞき込むたびに、動物が目撃された。目立ったのは、無数のチューブワームの成虫だった。

「まさに、ただそこで育っていて、いついているって感じだった」とブライトは描写する。巻き貝や、ヘビのように滑る感じで進むワームもうごめいていた。

今回の発見は、深海の生態系に新たな疑問も投げかけている。例えば、この空洞内で見つかった動物と微生物の生態間には、関連性があるのかどうか。さらには、「海底下の動物ではよく見られる、幼虫などの成長段階がここにもあるのだろうか、と疑問に思わずにはいられない」とウッズホール海洋研究所のヒューバーは語る。

この発見は、宇宙の別世界の生命について夢をかき立てもする。「噴気孔について研究するときは、常に海全般について広く考えるようにしている」とヒューバーは続ける。例えば、土星の衛星エンケラドス。そのいてつく、硬い氷で覆われた海の中には、生物のるつぼが存在するのかもしれない。命を育むための重要な要素を備えており、海底には熱水噴出孔が潜在する可能性があるとされる。

しかし、ブライトは、地球こそが大事だと考える。「ほかの惑星やその衛星のことにまで考えをめぐらせようとは思わない。私たちの地球には、そもそもまだ発見されてもいない謎があまりにも多くある」とため息をつく。

「今回も、こういった場所はもう30年も研究して、知り尽くしているはずだった。それでもなお、予想もしていなかったものが見つかったのだから」(抄訳)

(Robin George Andrews)©2023 The New York Times

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