カナダで最初に「安楽死」への注目が集まったのは、1990年代だ。全身の筋肉が動かなくなる難病「筋萎縮性側索硬化症」(ALS)を患ったスー・ロドリゲスさんが、医師の力を借りて自らの命を終わらせたいと願った。
だが、カナダの刑法が自殺幇助を禁じていたため、ロドリゲスさんはこの規定が憲法に違反するとして訴えを起こした。
1992年、ロドリゲスさんはカナダ国会に向けたビデオメッセージで「自分の死を承諾できないのであれば、誰がこの体を支配しているのか? 誰が私の命を所有しているのか?」と問いかけた。広く支持を集めたが、最高裁は1993年、彼女の訴えを退けた。自殺幇助を禁じる規定について、判事9人のうち5人が「合憲」、4人が「違憲」の立場だった。
ロドリゲスさんは94年、医師の助けを受けて亡くなった。医師が誰であったかは、今も明らかにされていない。
約20年後、難病患者が「死ぬ権利」を求める訴訟が再び起こされた。2015年に最高裁は訴えを認め、医師が死亡を手助けすることを禁じる法律を違憲だと判断した。今度は9人の判事が全員賛成しての結論だった。
バンクーバー島ビクトリアのステファニー・グリーン医師は、カナダの安楽死制度の特徴として「患者の権利に基づいている」と指摘する。
「投票や政府の発案ではなく、最高裁判所が憲法に基づいて判断したことから生まれた制度だ。このため、患者がすべての中心にあり、患者の権利として制度設計されている」
長らく産婦人科として働いていたグリーン医師は「人生の始まりと終わりの双方について関心が高かった」と言う。現在はもっぱらMAiDに携わっている。
カナダでMAiDの対象となるためには、治療が不可能で耐えられない苦しみがある、などの条件を満たす必要がある。
グリーン医師は「私が行っているのは、患者が人生の終わりにおいて選択肢を探すことの手伝いだ」と説明する。治療を続けるのか、緩和ケアを選ぶのか、あるいは医師の手を借りた死を選択するのか。
「MAiDは一つの手段であり、人生の最期の選択肢の一つなのです。その選択肢を全て探り、私は最期の希望をかなえているのです」。選択肢を与えるだけでも、多くの患者は安堵するという。
死期が迫っていなくても選択可能に
制度は現在も改革が進む。
当初は病気や障害によって死期が迫っていると「予見できること」が条件だったが、2019年にはケベック州の裁判所がこの規定を違憲だと判断。現在はなくなった。
世論調査ではカナダ人の7割以上がMAiDの制度に賛同し、「予見できる死」の規定をなくすことも同様に賛成が7割を超えた。ただ、問題もある。
対象が広がり、2023年からは精神疾患のみが理由でもMAiDが認められる予定だった。しかし、政府は「複雑な問題で、さらに検討する必要がある」として1年の先送りを決め、議会も認めた。
背景にあるのは「MAiDの要件が緩いのではないか」という問題提起だ。
国連の障害者に関する権利の特別報告者らは2021年、死期が予見できない障害者を対象者に含めることは「障害者として生きる権利の侵害」にあたる可能性があると指摘した。
カナダのメモリアル大で生命倫理などを研究するダリル・プルマン教授はMAiDの適用について、死期が明らかに近いなど、例外的であれば認める余地があるとの立場。「厳格な法的ガイドラインと監督が必要だ」という。
2人の医師が「条件を満たす」と判断するだけで適用対象となる現行の制度に、こう疑問を突きつける。
「カナダの制度は『自殺幇助』ではなく、国家が認めた『殺人』だ。カナダは死刑を廃止しており、人を殺すことが認められているのは例外的に軍隊と警察だけ。そこに医師を加えていいというのか」
MAiDを実施するまでの手順
- 2人の医師や看護師がそれぞれ独自に、MAiDの要件を満たすと判断
- 本人がMAiDを求める文書を書き、第三者の証人が署名する
- 本人が請求をいつでも撤回できると理解する
- 実施前に本人が最終的な同意を示す