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死に至る病ではない、ただ年老いただけ それでも自死は「分別ある選択」か

ニューヨークタイムズ 世界の話題
Daniel Zender/©2018 The New York Times
Daniel Zender/©2018 The New York Times

ロバート・シューツは1989年3月のある朝、米カンザス州ウィアーの自宅ガレージで、遺体で見つかった。古びた愛車クライスラーのフロントシートに座り、排気管から管を引いていた。座席にはバーボンウイスキー、ワイルドターキーのボトルがあった。80歳だった。

その前夜、娘は父ロバートと電話で言葉を交わしたが、その時に父が自死の意向を話してくれていたら、きちんと別れの挨拶を言えたのにと残念に思った。だが娘は、父に自死を思いとどまらせるつもりはなかった。

父は数年前、すでに、いつか自死するつもりでいることを娘に伝えていた。

娘は父の自死について、「さほど驚かなかった」と言う。「父がいずれそうすることも、その方法も、私は知っていたから」(ニューヨーク州北部の保守的な町に住む彼女は、嫌がらせを受けるのを警戒して、名前は伏せてほしいという)。

元家屋塗装工のロバート・シューツは、幸せな再婚をし、健康にも恵まれていた。魚釣りに行ったり、ゴルフをしたりして引退生活をおくっており、自死する人の多くが苦しむ抑うつ症や精神疾病の兆候もなかった。

それでも、いつか自死するつもりでいる理由について、彼は娘にこう話していたという。「自分が知っている人たちはみな、病院に入り、いくつもチューブをつけられて何週間もベッドに伏せた末に死んでいくが、それを考えただけでぞっとする」と。彼は、そうした死に方を避けるのを決断したのだ。

老人にとって、自死は理性的な選択なのか?

これは、多くの高齢者の間で論議されているテーマであり、医師たちがますます直面するようになっている問題だ。しかしながらほとんどの場合、どう対応すべきかについての訓練や経験が不足している。ニューヨーク大学医学部の老年精神医学者メーラ・バラスブラマニャムは、そう指摘する。

「非常に高齢ながらも健康に暮らしているが、何らかの形で自死を望んでいる人に、私自身も出くわす」とバラスブラマニャムは言い、「私たちの患者のかなり多くが、そうした考えに向き合っている」とも語った。

自死することに合理性があるかどうかについて、彼女の立場は定まっていないが、自分の見解は「進展しつつある」と言う。彼女は、医学上の議論がもっと活発化になることを願って、2017年の論文集「高齢者の分別ある自死」で共編者とともにこの問題を掘り下げ、最近も学術誌「米老年医学会ジャーナル」に論文を載せた。

ニューヨーク州ギャリソンにある生命倫理研究所「Hastings Center(ヘイスティングスセンター)」は、最新リポートの大部分を割いて、認知症になる前の「voluntary death(自発的な死)」に関する論議を特集している。

この問題をめぐっては、「rational suicide(分別ある自死)」という言い回しも含めて、あらゆる側面で熱心な議論が続いている(6カ月以内に死亡する可能性が高い末期患者で、かつ十分な判断力がある場合に限り、米国では現在七つの州と首都ワシントンで医師の自死介助が合法化されている。ただし、ここでは、この問題については触れない)。

米疾病管理予防センター(CDCP)の調べによると、2016年は8200人を超す高齢者が自死しており、この問題はすでに高齢者にとって社会医学上の喫緊の課題になっている。

「高齢者、とりわけ高齢男性の自死率が高い」と医師イエーツ・コーンウェルは指摘する。米ロチェスター大学医学部の老年精神医学者で、長く自死の研究をしてきた。

高齢者の自死は、肉体的な疾病、機能低下、個人的な性格上の特性や問題への対処の仕方、社会的な孤立といったさまざまな要素が複雑に絡んでいる。

しかし、コーンウェルの指摘によると、大半の高齢自死の背景には診断可能な精神的な病、とりわけ抑うつ症がある。

自死は、慎重な熟慮の末の結果というよりは、多くの場合、衝動的のものだ。誰にでもあてはまる「分別ある行為」の定義はない。

「自死願望は不動なものではない」とコーンウェルは言う。「シーソーのように揺れる。生きようという意志と死のうとする意志が行きつ戻りつする」

危険をはらんだ主張が論議に組み込まれることもある。老年精神医学者のバラスブラマニャムは「私たちが自死を望ましいこととか、正当化できることのように対応すると、死ぬ権利から死ぬ義務へと人びとの考え方をシフトさせかねない」と懸念する。

ただし、人数が多いベビーブーマー世代(訳注=米国の場合、第2次大戦直後から1960年代前半までの生まれを指す)は自律性が高いという特徴があるので、医師たちは彼らが自らの死期や死に方について十分に考えを深めることに期待を寄せる。

米ペンシルベニア州のリーハイ大学の生命倫理学者ディナ・デービスは「pre-emptive suicide(先制的な自死)」という言葉を使っており、「人は自分の生涯が下り坂にあることを感じ取るだろう」と言っている。

「やりたいことはやった。人生で満足することがだんだん少なくなり、重荷ばかりが大きくなる――私たちの多くは肉体が衰えていくに従って、そう思うようになるのは事実だ」

その時点で、「自ら命を絶つのはもっともなことかもしれない」と彼女は続ける。「残念ながら、いま私たちが生きている世界では、死ぬ時期を自分で制御しなければ、自分の願いに反した方向へと行ってしまいかねない」

デービス自身、徐々にアルツハイマー病が進行する母親の介護をしていた。「我々は(自死という)タブーに挑む話し合いを始めなくてはならない」と彼女は言う。

冒頭に書いたシューツの娘は、アルツハイマー病で死んでいく母親の様子をみており、自死した父親の思いを分かち合えた。死よりも悲惨な末路もある、と父親は確信していたのだ。

彼女は、生命力の衰えが自分には耐えられないと思えるレベルに達したら死を選ぶとの意向を4人の子どもたちに伝えてある。子どもたちは彼女の決意を受け入れているという。また、彼女は(乳がんの早期発見のための)乳房エックス線検査や大腸の内視鏡検査を受けるつもりはない。検査で病気が判明しても、治療を受けるつもりがないからだ。彼女は70歳の誕生日を祝って、胸に「DNR(Do Not Resuscitate=蘇生措置拒否)」の文字に装飾の囲みを施したタトゥーを入れた。

彼女はいま、田園生活風の暮らしを楽しんでいるが、認知力や肉体的機能が衰えていく様子についても細かくチェックしている。「衰退が目立つようになったら……」と彼女。「その時が来たということ」(抄訳)

(Paula Span)©2018 The New York Times

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