――健康調査では被災者の心のありようはこの10年でどのような傾向がみられますか。
調査では、うつ病の可能性がある人の割合は2012年の14.6%から19年は5.7%に下がりましたが、いまだに日本の平均より高く、とりわけ県外居住者は8.1%と高止まりしています。心的外傷後ストレス障害(PTSD)のリスクが高いと判断された人は、この3年間は10%程度で横ばいが続き、県外は11.5%に上ります。子どもに関しても県外居住者のほうがデータが悪いです。
――なぜ県外に避難した人の方が悪いのでしょうか。
これは県外に避難した人たちが差別や偏見に苦しんでいることをうかがわせ、孤立しやすい状況が懸念されます。対象者には調査票を郵送していますが、分厚い調査票がポストからはみ出してしまうと、「福島からの避難者とわかるからやめてほしい」という声もあります。
――原発事故による放射線への影響はどのように考えますか。
「甲状腺がんになる」といった放射線被曝の直接的な不安は下がりましたが、根拠のない「遺伝的影響があるのでは」という不安を持つ人は今なお4割近くに上り、この5年はほとんど変わっていません。それだけではなく、「原発事故の補償金をいっぱいもらっている」という偏見も被災者を苦しめているようです。
――福島の被災者と、宮城、岩手の被災者で違いはありますか。
自然災害では比較的PTSDの発生割合は低いことが知られていますが、福島からの避難者は高い状況が続いています。福島は自殺などの震災関連死が2000人を超え、宮城や岩手に比べ突出して多いです。両県は直接死と関連死の割合が9対1なのに、福島は4対6と関連死の方が多く、長引く避難生活の影響が表れています。最近の調査結果の特徴として、比較的若い避難者のうつ傾向が強いことがありますが、就学期やその後の人生を決める大切な時期に転々として環境が安定せず、いじめにあったことなども影響しているのかもしれません。
――3月で東日本大震災から10年になりますが、懸念されることはありますか。
調査の結果、健康へのリスクが高い人に対して、カウンセラーが電話して支援活動を続けています。ただ、震災から10年となると、そうした「支援する側」の疲労も心配です。たとえば、被災自治体職員の10%以上がうつ病を発症しているという調査もあります。自分も被災者なのに弱音をはけず、住民の苦情を受け続け、心がまいってしまっている。そうした自治体職員に対する支援も必要です。
――新型コロナウイルスも原発事故による放射線と同様、目に見えないものへの恐怖や不安は共通しています。
同様の偏見が、新型コロナウイルスでも起きています。福島の被災者もそうですが、人間関係が断たれネットワークを失ったことで、孤立感が強まっています。「目に見えない疑心暗鬼」も放射線とコロナは似ています。自殺の増加などコロナ禍による長期的な心の健康への影響も懸念されます。
まえだ・まさはる 精神科医。専門は災害精神医学。1960年生まれ。久留米大准教授を経て2013年から福島県立医科大教授。01年のえひめ丸沈没事故被害者の心のケアにもあたった。