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「バーベンハイマー」空前ヒットの背景にアメリカの国力衰退?国際関係から読み解く

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
ヒット映画「バービー」の一場面(左)と「オッペンハイマー」のポスター
ヒット映画「バービー」の一場面(左)と「オッペンハイマー」のポスター=©2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved(左)、ロイター

米国で7月に封切られた映画「バービー」と「オッペンハイマー」が大ヒットしている。

米バラエティー誌などによれば、8月下旬時点での全世界の興行収入は、バービーが約13.4億ドル(約1970億円)、オッペンハイマーが約7.8億ドル(約1145億円)をそれぞれ記録。特にバービーは配給元の米映画大手「ワーナー・ブラザーズ」の興行収入歴代1位となり、アメリカでも、全世界でみても今年最大のヒット作になる見通しだという。

二つの映画をまとめて見ようという動き「Barbenheimer(バーベンハイマー)」(「Barbie(バービー)」と「Oppenheimer(オッペンハイマー)」を組み合わせた造語)現象も起きた。ファンが、バービーが原爆を背景に笑っている画像などをX(旧ツイッター)に投稿。バービーの米国公式アカウントが好意的に反応し、日本などで反発を買いもした。

コメディー映画の「バービー」と「原爆の父」を描いたシリアスな「オッペンハイマー」という全く共通点がないように見える映画の共通点は何か。

防衛研究所の高橋杉雄防衛政策研究室長は8月4日の取材に「バービーと原爆のいずれもが、米国の白人社会にとって、米国が最も豊かで強かった時代を象徴するアイコンとしての共通点があるのではないでしょうか」と語っていた。

大統領就任祝賀パーティー会場に到着したケネディ大統領(中央)とジャクリーン夫人(右)
大統領就任祝賀パーティー会場に到着したケネディ大統領(中央)とジャクリーン夫人(右)=1961年1月20日、アメリカ首都ワシントン、ロイター

「米国白人社会にとって、ベトナム戦争が社会に傷痕を残す以前の、分厚い中間層が豊かな生活を享受できた第2次世界大戦後~1960年代こそが理想的な時代であったとの意識はいまだに残っています。1959年発売のバービー人形は、1960年代の『幸せな家庭』に置いてあったという意味で、当時の『強く豊かなアメリカ』のアイコンといえるものです」

白人を中心とする米国人たちが、無意識に自分たちの「昔、良かった時代」を二つの映画から感じ取り、「バーベンハイマー」として結びつけたのではないか、という仮説だ。

これについて、陸上自衛隊東北方面総監を務めた松村五郎元陸将も「高橋さんの意見に同感です。『バーベンハイマー』の動きは、最近の日米韓首脳会談や麻生太郎自民党副総裁の『戦う覚悟』発言、米メジャーリーグ・大谷翔平選手の活躍などとも関係があると思います」と語る。

映画と政治とスポーツ。なぜ、つながっているように見えるのだろうか。

松村氏は語る。「バーベンハイマー現象は、祖国の力が衰退していることを実感している米国人たちの焦りの裏返しでしょう。古き良き時代に思いを寄せているのだと思います」

確かに、最近の米国はあちこちで評判が悪い。

最近、アフリカ諸国で政治家や専門家がスピーチするときに使われる「はやり言葉」があるという。それは”China is giving us an airport , US is giving us a lecture”(中国は空港をくれるが、アメリカは説教をたれる)という文句だという。米国がアフリカ諸国に対し、「我々か中国か」と選択を迫るとき、批判的なフレーズとして使われているそうだ。

先月、南米アルゼンチンの学会に出かけた知人は、空港とホテルの行き帰りに利用したタクシーで、運転手から散々米国の悪口を聞かされた。学会も「興隆する中国にどうやって乗っかるのか」というテーマが大いに議論されたという。「金の切れ目が縁の切れ目」ならぬ、「力の切れ目が縁の切れ目」を地で行っている。

米大統領専用山荘「キャンプデービッド」で会談し、共同記者会見に臨んだ岸田文雄首相(右)と米国のバイデン大統領(中央)、韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)大統領
米大統領専用山荘「キャンプデービッド」で会談し、共同記者会見に臨んだ岸田文雄首相(右)と米国のバイデン大統領(中央)、韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)大統領=2023年8月18日(日本時間19日未明)、アメリカ首都ワシントン郊外、朝日新聞社

8月18日に発表された日米韓首脳共同声明は、ASEAN(東南アジア諸国連合)や太平洋島嶼(とうしょ)国との連携を強調した。松村氏は「米国は、アジアでは日韓の力、欧州ではNATO(北大西洋条約機構)の力、それぞれを前面に出す形にしつつ、自国の影響力を確保し続けたいと考えています。その狙いがはっきり出た文書でした」と語る。

ASEANでも太平洋島嶼国でも、米国について「自分たちを軽んじてきた鼻持ちならない大国」と批判する声をよく耳にする。バイデン米大統領は9月にジャカルタで開かれたASEAN関連の首脳会議を欠席した。インドネシアは「ASEANの盟主」を自認しているだけに、さらに米国嫌いに拍車がかかるだろう。

一方、麻生氏は8月8日、訪問先の台北市で開かれたフォーラムで「最も大事なことは、台湾海峡を含むこの地域で戦争を起こさせないことです。非常に強い抑止力というものを機能させる覚悟が求められている。こんな時代はないんではないか。戦う覚悟です」と語った。

これについては日本国内で「よく言った」「戦争に行かない世代の人間が何を言うのか」などの賛否両論が巻き起こった。 

台湾を訪問し、蔡英文総統(右)と会談した自民党の麻生太郎副総裁
台湾を訪問し、蔡英文総統(右)と会談した自民党の麻生太郎副総裁=2023年8月8日、台北市の総統府、朝日新聞社

松村氏は麻生氏の発言について「台湾有事で日本に前面に出てもらいたいと考えている米国の思惑を受けた発言とも言えます。弱音を吐く米国を支える意思を示すことが、日本の地位を高めることになるという計算が見え隠れします」と話す。

それでは、なぜ大谷選手の活躍が関係するのだろうか。

松村氏はこうみる。「大谷選手の活躍で、米国人の日本人に対する視線が変わっているのを感じます。日本人もなかなかやるじゃないか。頼りになる、といった空気です。バーベンハイマーのノスタルジーに浸っている米国人にとって、日本が頼もしい助っ人に見えるのでしょう。日本を頼ろうとする米国の政策を後押しする米世論の形成に役立っているのではないでしょうか」 

大リーグ・エンジェルズの大谷翔平選手
大リーグ・エンジェルズの大谷翔平選手=2023年8月28日、アメリカ・ペンシルベニア州、ロイター

頼られて気分が悪い人はいないだろう。だが、米国では専門家の一部ですら、「台湾は東アジアの問題。有事になったら、自衛隊がまず戦えばいいではないか」という意見もある。「日米同盟の強化だ」と無邪気に喜んでいい時代は既に過ぎ去ったとみるべきだろう。