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国産サケが日本の食卓から消える?三陸で漁獲量が激減、原因は海の変化だった

World Now 更新日: 公開日:
サケの稚魚
サケの稚魚=2023年2月、北海道標津町の標津サーモン科学館、山本智之撮影

水揚げされたサケ
水揚げされたサケ=2022年10月、北海道根室市、山本智之撮影

1日1万匹超から100匹に、三陸で漁獲量が激減 

ふ化放流技術の向上もあり、日本では1970年代半ば以降、サケの漁獲量は年々増えていった。だが、2000年代後半以降は長期的にみて減少傾向にある。

特に深刻なのは三陸地方だ。3月中旬、釜石湾漁協(岩手県釜石市)が運営するサケの人工ふ化場を訪ねた。敷地には、長さ25メートルのコンクリート製の飼育池が計23基ずらりと並ぶ。中では、放流予定の稚魚約400万匹が群れていた。

しかし、ふ化場長の佐々木有賢さん(54)の表情は厳しい。「川を上ってくるサケが少なく、十分な数の卵が手に入らない」。ふ化に使う卵不足が深刻化し、一部は北海道などから運び込んだ。

「三陸に帰ってくるサケの数は激減し、壊滅的といえる状況です」

佐々木さんが漁協に就職した1990年代、釜石の定置網では1日に1万匹を超えるサケがとれることも珍しくなかった。「最近は1日に100匹を超えれば良いほう。全く入らない日もある。いまだかつてない状況で、地元の水産加工業界にも大きな打撃になっている」

この秋のサケの遡上(そじょう)の見通しについて、佐々木さんは「今年も良くないのではないか」と話す。

稚魚たちが大海原での回遊生活を生き延びられるようにと、強い水流にさらして遊泳力を高めたり、エサを工夫したりするなどしている。日々努力を続ける佐々木さんにとって稚魚は「自分の分身みたいなもの」だ。「一匹でも多く、生まれた川に帰ってきてほしいんだけれども」

「適水温」が北上 緯度の高いロシアで増える漁獲量

サケ(シロザケ)に加えてベニザケやカラフトマスも含めたサケ類の世界的な漁獲動向をみると、太平洋をはさんで反対側に位置するカナダのブリティッシュコロンビア州でも日本と同じような現象が起きている。1990年代を境に、サケ類の極端な減少が始まった。

対照的に、緯度の高い米アラスカ州では1990年代以降も高いレベルで漁獲量が維持されている。

同じく高緯度のロシアでも十数年前からサケ類の漁獲量が顕著に増えている。北太平洋全体でみるとサケ類の漁獲量はむしろ増えている。

北太平洋におけるサケ類漁獲量の長期傾向

サケ類研究の第一人者、帰山雅秀・北海道大学名誉教授(74)はこの現象に着目し、海水温のデータから原因を読み解いた。

サケ類の子どもが成長するには、5℃以上の水温が必要だ。

北太平洋の6月の水温分布を時系列で比較すると、1980年代ごろまで、ロシアの沿岸は海水が冷たすぎて、サケ類の子どもが成長しにくい環境だった。しかし、2010年代にはロシアの沿岸海域は、「適水温」(5~12℃)になった。これはサケ類の漁獲量が急増した時期と一致する。

一方、サケ類の子どもの沖合への移動期にあたる7月のデータから、ある問題が浮かび上がった。

サケ類にとっての「最適水温」(8~12℃)の海域が徐々に北へシフトしていた。

これに伴い、北海道では10年代に入って最適水温のエリアが沖合へと離れた。同じことがカナダのブリティッシュコロンビア州でも1990年代以降に起きている。いずれも、サケ類の漁獲量が減少傾向に転じた時期と一致する。

つまり、温暖化が進み、これまではサケ類の子どもたちが暮らすには冷たすぎたロシアやアラスカの沿岸では、むしろ成育しやすくなった。一方、比較的南にある日本やブリティッシュコロンビア州では、沿岸の幼魚が沖合に回遊しにくい状況になりつつあるのだ。

サケの幼魚は沖合へ旅立つ前に沿岸に滞在して成長する。しかし、海水温が上昇したことで三陸地方の沿岸ではサケの幼魚が滞在できる「適水温」の期間が、1990年代半ばに比べて2週間ほど短くなってしまった。

サケのうろこの詳細な分析結果から、帰山さんは「川を下ったサケの子どもたちは、本来ならば沿岸で十分に成長してから沖合へ向かう。しかし、遊泳力などの体力がつく前に旅立たなければならず、これが生残率が下がる原因になっている」と結論づけた。

サケの研究に長年取り組む、帰山雅秀・北海道大名誉教授
サケの研究に長年取り組む、帰山雅秀・北海道大名誉教授=2023年1月、札幌市、山本智之撮影

また、この20~30年で大きく数を減らしたのは、対馬暖流の影響を受ける日本海側を中心に分布する「暖流系」のサケではなく、冷たい親潮の影響を受ける太平洋側の「寒流系」のサケだった。「暖流系のサケは寒流系に比べてもともと高い水温に適応しており、温暖化に強いと考えられる」と帰山さんは説明する。

これを裏付ける現象が6000年ほど前に起きている。

今よりも気温が2度ほど高く海面水位も高かった「縄文海進」のころを調べると、三陸地方を含む本州の太平洋側の遺跡から、サケの骨がほとんど出土していなかった。

帰山さんは「さらに温暖化が進めば、当時と同じように三陸のサケが激減してしまう可能性がある。それを防ぐためにも気温上昇を1.5℃以下に抑えることが大切だ」と話す。