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「坂本龍一さんの遺志継ぐ」神宮外苑再開発の再考求めるロッシェル・カップさんの思い

World Now 更新日: 公開日:
3月に亡くなった坂本龍一さんと再開発が始まった明治神宮外苑地区=朝日新聞社
3月に亡くなった坂本龍一さんと再開発が始まった明治神宮外苑地区=朝日新聞社

この文を書いている今、私は故・坂本龍一さんの遺志を継ぐアクティビストの皆さんと共に、明治神宮外苑でのデモに参加しようとしている。

2021年の初めにタイムスリップしたとしたら、自分がこのようなことを書くとは想像もつかなかっただろう。「デモ?神宮外苑?坂本龍一?」と思ったかもしれない。

2011年春からのGLOBEでの連載「見出しを読み解く」の読者の皆さんはご存じのように、私は普段グローバル企業を相手に経営コンサルタントの仕事をしている。私の専門は、異文化コミュニケーション、人事管理、リーダーシップなど。コンサルティング以外にも、これらの分野やビジネス英語に関する書籍や記事を書いている。

大学で日本語を学び、アメリカ(シカゴやシリコンバレー)と日本を行き来しながら過ごしてきたが、最近は仕事の必要性から再び日本に暮らしている。東京はとても住みやすい、大好きな街だ。

再開発事業が始まった明治神宮外苑地区=2023年4月21日、渡辺志帆撮影
再開発事業が始まった明治神宮外苑地区=2023年4月21日、渡辺志帆撮影

現在のような樹木を守る活動に関わる前にも、何度か環境問題の活動に参加したことがあった。20代の頃は、東京・上野の不忍池の地下駐車場建設計画に反対する運動に参加した。ジャパンタイムズのコラムニストに連絡を取り、記事を書いてもらったりした。反対運動は広がりを見せ、その後、計画はキャンセルされた。

シカゴに住んでいた30代の頃には、家の近所に巨大な映画館を建てる計画が持ち上がり、住民たちと力を合わせて反対した。駐車場不足から、映画館に行く人たちが車で押し寄せるだろうという問題があり、しかもそこは小学校に隣接する不適切な場所でもあった。しばらくの反対運動の後、建設計画を推進していた市議会議員が私に電話をかけてきて、「あなたたちの勝ちです」と負けを認めた。市議会議員からこのような言葉を言われるのはかなり例外的なことであり、私にとっては名誉なことだと思っている。

最近では、西海岸シリコンバレーの木々豊かな美しい自然地域を台無しにする開発計画に反対するため、近隣住民と共に闘った。この時は、アメリカでの環境影響評価のプロセスを、身をもって経験した。粘り強く検討とリポートを重ねた結果、このプロジェクトもキャンセルになった。

以上のように、今までも市民運動の経験はあったものの、それは30年の間、断片的に関わってきただけだった。

現在の私の活動のきっかけとなったのは、2021年春の、東京・渋谷の代々木公園の東京オリンピックのパブリックビューイング計画反対運動だった。それは、パブリックビューイングの施設の建設のために、多くの木の枝が切られるというツイートを目にしたことから始まった。当時、新型コロナ感染拡大の不安と恐怖にさらされている真っただ中に、わざわざ数千人もの観客を集める施設をつくること自体に意味がなく、たった数週間のイベントのために木を傷めつけることもおかしいと思った。

どの程度世間の注目を集めることになるのか分からなかったが、元日本弁護士連合会会長の宇都宮健児氏が立ち上げた五輪中止オンライン署名の反響の大きさを見て、自分でも何かアクションを起こしてみることにした。

私の立ち上げたパブリックビューイング反対署名は予想以上の賛同を得て、テレビ出演やメディアからの問い合わせに対応するために1週間仕事を休まなければならなかった。あっという間に署名は154千筆に達し、小池百合子都知事はパブリックビューイングをキャンセルすることになった。

ただし、施設は警察官や消防士のワクチン接種センターとして転用されることになり、工事は実施された。聞くところによれば、多くの市民の目が監視しているため、木の枝の剪定は最小限にとどまったという。

そして20222月突然、多くの東京都民と同様に神宮外苑再開発計画のことを知り、1000本もの木が失われると聞いて驚いた。更に驚いたのは、東京都都市計画審議会がパブリックな議論なしで承認したということだった。

「代々木公園の木の枝を切ることで、あんなにみんなが怒ったのだから、1000本の木が伐採されると知ったら、もっと怒るに違いない」と、ツイッターのフォロワーにまた署名をするべきかと尋ねたところ、賛成のメッセージが殺到したのだ。

こうして、私の長い闘いが始まった。その終わりはまだ見えず、神宮外苑の再開発計画のいったん中止と再考を求めるために日々奮闘している。私は神宮外苑の再開発すべてに反対しているわけではない。もっと改善できるところがたくさんあると考えている。今の計画のまま、大量の樹木を不必要に切り倒すこと、歴史的なスタジアムを改修できるのに取り壊してしまうこと、市民が楽しむスポーツ施設を廃止してしまうこと、本来守られるべき風致地区*に、高層ビルや商業施設を建てること、これら暴挙には反対している。

そして、何よりも、不透明で民主的でない計画の強行に反対している。そして、事業者の利益が市民の利益より優先され、東京都環境影響評価審議会の委員の懸念の声、ユネスコの諮問機関である日本イコモス国内委員会や、多くの有識者や専門家の意見がことごとく無視されていることも許しがたい。

*風致地区=都市の良好な自然景観を維持するため、都市計画法に基づいて都道府県や市町村が指定する区域。建築や樹木の伐採などが制限され、具体的な内容は条例で定められる。

再開発事業が始まった明治神宮外苑地区=2023年4月21日、渡辺志帆撮影
再開発事業が始まった明治神宮外苑地区=2023年4月21日、渡辺志帆撮影

日本の都市計画、再開発、不動産事業、そして樹木や環境に関する問題について知るほど、驚きと懸念が湧いてくる。地域住民が自分たちの生活環境の決定に参加できない現状は、本当にひどいものだと思っている。

神宮外苑は、最近国内で増加している、商業利益を優先して木を犠牲にする再開発に脅かされている多くの公園の一つである。大都市・東京は他の都市よりも急速にヒートアイランド現象が進み(夏にここにいたことがある人は誰でもそれを証言できるだろう)、数千もの木を伐採するのではなく、むしろ木を増やすべきなのだ。

多くのアクティビストと協力しているものの、これまでの闘いは常にメディアという壁に阻まれ苦しむものだった。大きく報道され反響を呼んだ代々木公園のケースとは違い、神宮外苑再開発は代表的な大手メディア、特にテレビの番組では取り上げられることは少なく、1年経った今もなお、多くの人がこの問題に気づいていない。一部の大手メディアが、再開発計画にある新ラグビー場の整備事業に参画しており、そのことが再開発への反対運動を報道しない理由になっているのではないかとさえ感じる。

今年3月、坂本龍一さんが小池都知事をはじめとする政治家などに手紙を送ったことが明らかになり、神宮外苑の問題が一気に注目に浴びることになった時、その強い意志と勇気に強く感謝した。しかし、間もなく42日に逝去の知らせを聞いて再び衝撃を受けることになった。

坂本龍一さん=2018年12月25日、東京都港区、朝日新聞社
坂本龍一さん=2018年12月25日、東京都港区、朝日新聞社

坂本さんが厳しい闘病中であることを知ってはいたが、奇跡的に回復することを願っていたからだ。坂本さんが「more trees(モア・トゥリーズ)」という森林を守るNPOを設立していたことを聞いて、いつか会って木について話し、何かアドバイスを受けることができたらと夢見ていた。しかし、残念ながら今はもう、かなわない。

逝去の報を受けて、多くの人がすぐに神宮外苑を救うことが坂本龍一さんの最後の願い、遺言と考え始めた。実際、私もそう感じたし、その遺言を実現する責任を感じている。

坂本さんの多くのファンの皆さんが私の署名に賛同し、短い間に署名数は184000筆以上(420日現在)に上った。その賛同者の思いに対しても応えなければならない。

先週、東京新聞が坂本さんが小池都知事など宛てに送った手紙の全文を掲載したとき、私はもう一度胸を打たれた。

手紙では、坂本さんがニューヨーク市の100万本の植樹計画と東京の取り組みを対比させ、私がそのテーマで書いた「見出しを読み解く」の記事へのリンクを添えていたからだ。

坂本さんが私の記事を読み、他の人にも読んでほしいと紹介したことは、一瞬信じられないことのように思えたが、大変光栄なことだと深く感動している。坂本さんの最後の願いを実現するために、できる限りの事を尽くさなければならない。

私は、坂本龍一さんの姿に学び、自分の本来のキャリアと新しい活動の両立をこれからも模索していく。

数多くの坂本さんへの追悼記事の中で、印象に残った言葉がある。ドキュメンタリー映画Ryuichi Sakamoto: CODAで語ったという「声を上げないとしたらそれがストレス。見て見ぬふりするというのは僕にはできないことですから」。

おかしいと思ったこと、変えるべきだと思うことについて、ひき続き発言し続けていくことに変わりはない。

「Ryuichi Sakamoto: CODA」(2017年)予告編