ある動画では、アスリートが立ち止まり、高さを見極めて跳躍する。彼は建物の側面にフリークライミングを試みたあと、地面に跳び戻る。別の動画では、屋根を飛び越え、彼の影が前方に長く伸びている。
ところが、この体操選手はネコである。厳密には、彼は@gonzoisacat(訳注=gonzo〈ゴンゾウ〉には「風変わりな」「奇抜な」といった意味がある)だ。TikTokで60万7千人以上、Instagramで17万8千人以上のフォロワーがいる。
ゴンゾウは自身の短編映画のスターであり、ディレクターである。飼い主が彼の離れ業を撮影する代わりに、ゴンゾウは首に装着した小型カメラの助けを借りて自分で自身の妙技を映しとる。その成果は、ネコの視点から捉えたエクストリームスポーツ(訳注=過激な離れ業が売りもののスポーツ)のシネマベリテ(訳注=演出を加えない映画制作手法)風ドキュメンタリーだ。それはネット上で人気を博している。
ノルウェーでは、Go-Pro(訳注=超小型のアクションカメラ)を着けたネコが雪に覆われた牧草地を歩き回ったり、屋根に上ったりしている。中国では1匹のネコがアゴの下に着けたカメラで録画している。別のミスター・キッターズという名の「キャットフルエンサー(ネコのインフルエンサー)」にはTikTokで150万人、Instagramで100万人近くのフォロワーがいて、彼らはキッターズが鳥に向かってニャーと鳴いたりリスを追いかけたりするのを見ることができる。
「ネコは外に出ていくが、『彼は外の世界で何をしているんだろう?』といった具合だ」とデレク・ブーンストラは言っている。40歳の彼は、米ロサンゼルスで妻のマリアとともにゴンゾウを飼っている。
2人は約4年前、ゴンゾウを撮影し始めることにした。誰も見ていないときにゴンゾウが何をしているのか不思議だったからだ。それに、ゴンゾウが外を歩き回っている時に安全なのかも確認したかった。ブーンストラは組み立て式カメラを試した後、Insta360というブランドのカメラを1台買った(カメラをもう2台無料でもらうのと引き換えに、彼の動画にカメラ会社のタグを付けている)。
撮影を開始した最初の日は、「90分間、ゴンゾウが茂みで寝ている」場面が含まれていたとブーンストラは振り返る。ネコのタトゥーを入れているドキュメンタリー映画製作者だ。「これは実に魅力的だと、すぐに感じた」と彼は言うのだ。
ネコは、「Very Online」の最も古く、そして最も安定した鉄板商品の一つである。(ニューヨークの)「ミュージアム・オブ・ムービング・イメージ(MOMI)」で2015年、インターネット上のネコに関する展覧会を企画したジェイソン・エピンクは、オンラインのネコを大きく三つの時代に分類した。
YouTubeやメッセージボードが主流だったころは、ネコの動画はまるで米国の人気ビデオ投稿番組「America’s Funniest Home Videos(アメリカの最もおかしなホームビデオ)」のようだった。少し粗削りで素人っぽいところがあった。
「ネコはまだ産業集積されていなかった」。アーティストで学芸員でもあるエピンクは指摘する。
その後、Facebookが定着すると、ネコはミーム(訳注=インターネット上で拡散され流行するネタ)になった。「I Can Has Cheezburge(ぼくはチーズバーガーをたべられるよ)」を想起してほしい。「Lil Bub」や「Grumpy Cat」のような見た目がおバカでセレブなネコが、Instagramや初期のインフルエンサー・インターネットとともにのし上がった。
ウェアラブルカメラはペットよりもサーファーやスノーボーダーたちが頻繁に活用していたが、この技術の進歩はネコものコンテンツに適した新たなスタイルを生んだ。エクストリームスポーツの視聴者同様、ネコ動画のファンはネコのスターが跳んだり疾走したりする時のワクワク感をいつも味わっている。
「コメントの多くは『自分がネコだったらいいのになぁ』というものだった」とミスター・キッターズの飼い主スコット・アーウィン(58)は言う。「彼らにとっては、15秒間の逃避行なのだ」
インディアナ州に住むミスター・キッターズは、スポンサーが付いたコンテンツを制作しており、ペットの毛づくろい用掃除機やカメラ自体に関する動画を投稿している。ミスター・キッターズはさる8月にアカウントを開設し、いくつかのネコ関連商品を無料で手に入れた。
アカウントは伸びている。アーウィンによると、ここ1カ月間、アカウントはTikTokや、ネコの健康ケアを提供するPretty Litter、ビデオゲームのGenshin Impactとのパートナーシップで約8千ドルを稼いだ。
ミスター・キッターズは、アーウィンの20歳になる娘ルーシーの飼い猫だ(アーウィンたちは他にネコを6匹飼っている)。アーウィン父娘は、絆を深める方法としてネコの動画をお互いにTikTokに投稿し合ってきた。父は、ゴンゾウの動画を見た時、自分用にカメラを1台買った。彼は当初、映像を「フォトアルバム」として考えていた。
ミスター・キッターズは、ほぼ1週間でセレブになった。アーウィンはInsta360のタグ付けを開始し、カメラ2台が無料で提供されたと言っている(彼のリンクから誰かがカメラを購入したら、なにがしかのコミッションも稼げる)。
ファンはミスター・キッターズの甲高い鳴き声やさえずるような声を好んでいる。それは通常、人が人とのやりとりの時にしか連想できないような音だ。
それがこうした動画の本当の魅力なのかもしれない。ネコは不思議な生き物だ。私たち人間は、ネコたちの感情を読み取るために、しっぽの動きや鳴き声などのわずかな知識に頼っている。ネコの行動専門家であるFeline Mindsのマイケル・デルガドによると、これは家畜化の歴史に原因の一つがある。人間はネコよりもイヌと一緒に暮らしてきた期間が長いために、人間の動作などの癖をイヌに投影することがよくあるのだと指摘する。
「ネコは顔の筋肉が少ないので、ネコの気持ちを読むのは総じて難しい」と彼女は言う。
米ペンシルベニア大学獣医学部の動物福祉学名誉教授ジェームズ・A・サーペルは、外に出たネコや野良ネコも好奇心を刺激すると言っている。動画は、人間が介在しない、ネコの行動の隠された側面を浮かび上がらせる。「人は、飼いネコの冒険を追うことで、自分もスリルを得られるのかもしれない」とサーペルは言う。
しかしながら、アーウィンによると、映像の多くは退屈かもしれない。結局のところ、ほとんどのネコは一日の大半を居眠りするか、座って過ごすのだ。だが、「時々、黄金の15秒間を見られる」とも言う。
それでも、ファンたちが、彼に人間らしさを求めるのは、なんだか奇妙だ。ミスター・キッターズのファンの中には、ミスター・キッターズが木に登るのを見たいなどと特別な交流を求める人もいて、アーウィンは困惑している。
「彼にそんなことをさせることはできない」とアーウィンは笑った。「私は、彼が撮影し監督している動画を投稿する以外、何もしていないのだから」(抄訳)
(Amelia Nierenberg)©2023 New York Times
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