ネコの飼い主なら、無視されたという経験がだれしもあるだろう。呼んでも、そっぽを向く。なんでイヌにしなかったのかとぼやく人だっているに違いない。
といっても、ネコはやっぱり聞いているようだ。それどころか、飼い主が考えている以上に、その声を気にしている。
そんなフランスの研究者たちの調査結果が、2022年10月の学術誌「Animal Cognition(動物の認識力)」に掲載された。
判明したのは、ネコが自分への語りかけ(cat-directed speech;赤ちゃんに話しかけるようないつもより甲高い声〈訳注=猫なで声〉になる)に単純に反応しているだけではないことだった。だれが語りかけているのか。そこも聞き分けていた。
「実験をしてみると、ネコは飼い主の二通りの声に別々の反応を示していた」。今回の論文筆者の一人で、パリ・ナンテール大学のネコの行動学者シャーロット・ドムーゾンはこう語る。
一つは飼い主の猫なで声。もう一つは飼い主が普通の声で大人の人間と話すときの声。しかも、「とても意外なことに、よその人の猫なで声には反応しなかった」。
イヌと違ってネコの行動を調べるのは難しい。それが、人間の理解を妨げる一因にもなっている。とくに、実験室に連れてくると、ストレスがあまりに大きくなることが多く、有意な行動観察はまずできない。脳の働きを調べるのに、MRI(磁気共鳴断層撮影)で検査しようとしても、じっと座っているわけがないので、できっこないということになる。
だから、今回の研究でも飼われているところに出向くことになった。そこで、あらかじめ録音した異なる人のさまざまな形の語りかけを聞かせ、反応を録画した。
ドムーゾンらの研究陣が抱いた最初の懸念は、ネコがそもそも反応しないことだった。ふたを開けてみると――。
「非常に繊細な反応を示していた」とドムーゾン。「片方の耳を動かすだけというときもあれば、スピーカーの方を振り向くこともあった。やっていた動作を止めもした」
多くはなかったが、スピーカーに近づき、鳴いたネコもいた。
「最終的には、飼い主の語りかけに対してネコの注意度が明確に増すのを見ることができた」とドムーゾンはいう。
結果は、自分の面倒を見てくれる人に対してネコが細心の注意を払っていることを示していた。
「それも、何をいっているのかにとどまらず、どんないい方をしているかにまで注意している」と動物の健康と行動が専門の米メーン州ユニティ大学の助教クリスティン・ビターレは指摘する(この論文執筆には加わっていない)。
今回の研究は、ビターレがすでに発表していたネコと飼い主との関係についての調査結果を補完するものだ。そのときの調査で分かったのは、両者の関係には子ネコと母ネコとの関係を再現するに等しいほどの重要性があることだった。
「もともとは母ネコとの交流のためにあった愛着行動が、新たな世話人である人間との交流のために修正された可能性がある」
イヌと違って、「ほとんどのネコは、実はエサやおもちゃのごほうびより人間との交流を好むから」とビターレはその理由を説明する。
イヌの方が研究しやすく、人間に優しいとされるのには、遺伝的な特徴もからんでいよう。
「イヌには牧羊や狩猟、その他の訓練で身につける能力に基づいて何百、何千年も人為的に選別されてきた歴史がある」とパリ・ナンテール大学のイヌの行動学者サラ・ジャンニンは語る(今回の論文執筆には加わっていない)。
ネコよりイヌの方が人間に近いという固定観念に、ジャンニンは異論を唱えている。「イヌは人類最良の友。信頼できるし、非常に忠実だといわれるが、イヌが実際にどう考えているかまでは分からない。イヌが人間を愛しているというのは、私たちの思い込みの投影にすぎない」
「科学者は長らくネコについて正しい設問をするのを怠ってきた」とドムーゾンは批判する。ネコは裏切り者であると確信する人にとっては、最近浮上してきた設問への答えは気にくわないことだろう。
「ネコが人間嫌いだなんてことはまったくない」とビターレは強調する。「むしろ、このところ増えている研究が示しているのは、ネコが生きる上で人間との社会的な交流がカギを握っていることだ」
確かにネコの反応は分かりにくい。でも、それが打ち解けないことを意味するものではない、とドムーゾンは改めて次のように説明する。
「あなたが期待するようなことをネコはしないかもしれない。呼んでも来ないのは、他のことに夢中か、休んでいたからなのかもしれない」
「イヌは呼べば来る。だから、同じような反応を期待されるのだろう。でも、家の反対側でうたた寝をしている人がいたとする。それがあなただったら、呼ばれてすぐに行くだろうか」(抄訳)
(Anthony Ham)Ⓒ2022 The New York Times
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