少し変わったライオンがいる。
ウガンダ西部にあるクイーン・エリザベス国立公園か、隣国タンザニア北部にあるマニヤラ湖国立公園を訪ねてみよう。そこでは、それなりに高い木の枝で、一生のかなりの時間を休んで過ごすライオンを観察することができる。他のところでは、ライオンは木に登ることはあまりなく、登ったとしても間抜けな姿をさらけ出してしまう。
正確には、「登ること自体はうまい」とクレイグ・パッカーはいう。やはりタンザニア北部にあるセレンゲティ国立公園で、35年ほども「セレンゲティ・ライオン・プロジェクト」を指導し、科学的な調査をしてきた専門家だ。
ただし、問題は登ってから起きる。「『うわ、どうやって下りよう』という感じになってしまう」
他の捕食性の大型ネコ科動物は、しょっちゅう木に登る。
「解剖学的にいえば、ヒョウの方が体の構造がはるかに木登りに適している」。米ニューヨーク市にある「野生生物保護協会(WCS)」で大型ネコ科部門を統括するルーク・ハンターは、こう説明する。「ライオンと比べて体重が軽い。体格に占める肩甲骨の比率がより大きく、その形状は平べったくて凹状にくぼんでいる」
一方のライオンは「肩や前肢を含む前四分体がものすごく発達し、背中もとてもがんじょうにできている。バファローのような大型の獲物を引き倒すのに適している」とハンターは続ける。それだけの怪力を発揮できる代わりに、「ヒョウのように仕留めたインパラをくわえて素早く木に登ることはできない。そんな敏しょう性と垂直方向のパワーは、失われることになる」。
それだけではない。木登りはライオンにとっては危険でもある、と先のパッカーは指摘する。とくに、体の重いオスの場合がそうだ。「あれだけの重さで下りると、四肢を脱臼する恐れがある」
ほとんどのライオンにとっては、そもそも木に登る必要があまりない。群れをつくり、社会性があり、よほどのことでもない限り他の肉食動物に獲物を奪われるようなことはない。
一方、単独行動型のヒョウ。獲物を仕留めると、どこか安全なところに隠さねばならない。木の上まで運べないと、獲物の3分の1以上はハイエナに横取りされてしまうとの調査結果があるぐらいだ。
では、なぜ一部の地域ではライオンは木に登るのか。不向きな体。必要性もほとんどないのに……。
答えを先にいうと、先天的な能力はあまり関係がない。むしろ、後天的に得た学習行動という要素が大きい。これに、生息地固有の事情が加わる。
ウガンダ、タンザニアから南に離れたジンバブエでは、ライオンが木に登った観察記録はごくわずかしかない、とモレアンゲルス・ムビザーは語る。ジンバブエなど計5カ国にまたがる広大なカバンゴ・ザンベジ国際保護区でライオンを見てきた保全生物学者だ。
「木に登る理由はただ一つ。地上に接触を避けたいものがあるときに限られる」
例えば、異常な豪雨に見舞われた1963年。吸血昆虫のサシバエが大量発生し、ライオンは木の上に逃げたり、イボイノシシの巣穴に潜り込んだりして自衛するしかなかった。刺されれば、皮膚が破れ、傷口から入った感染症で死ぬこともある。
こうしたライオンの学習行動が、マニヤラ湖国立公園のライオンの木登りに先行していたのではないか――ライオンの行動研究に大きな影響を与えた1976年刊の「ザ・セレンゲティ・ライオン」で、著者の哺乳類学者ジョージ・B・シャラーはこう述べている。
「猛暑から逃れて木に登ることもありうる。見渡して、獲物を観察することもできる」とウガンダでWCSの肉食動物研究コーディネーターを務めるジョシュア・マボンガはさらに要因を加える。
ウガンダのクイーン・エリザベス国立公園にいるライオンには、別の理由もありそうだ。
他のところにすむライオンと比べて、群れの規模が小さいことだ。同じ生息域には、バファローやゾウの大群がいる。バファローが集団で突進してくれば、枝まで上がって身を守らざるをえないということになる。
「一番安全な場所は、木の上なんだ」とマボンガ。あるいは、パッカー流にいえば、「厄介もの逃れの木登り」で、相手は「大はゾウから、小はサシバエまでいる」。
そんな「避難登り」をするには、適切な樹木が必要となる。よく登るのが、サハラ砂漠以南に多いシカモアイチジクやサバンナ特有のアカシアだ。いずれも、地面から高すぎないところに水平な枝を張る。
「ライオンにとっては、とても登りやすく、よい居場所になる」と先のWCSのハンターはいう。
木登りの利点を体で覚えることができ、そのための条件が整っているところでは、ライオンはヒョウにでもなったように変身する。
クイーン・エリザベス国立公園では、大人から子供たちまで、一族全頭が木の上にいるのを見ることすらできる。そんなほほえましい光景を、ハンターはこう解説する。
「世代を重ねて受け継がれた木登りは習性となり、一族の行動様式として定着する」
そして、「よほど居心地がいいんだろうね」と付け加えた。(抄訳)
(Anthony Ham)©2022 The New York Times
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