ーー水辺の利用について、世界と日本の最近の動き、そして現状はどうなっているのでしょうか。
都市が近代化していく中で、水と緑というのはもともとはあまり重視されてきませんでした。産業革命後、工業化が進むなかで都市の水辺は汚くなるなど、ネガティブな場所になってしまいました。
ですが最近では、水辺がきれいになったこともあり、人々が集まる非常に重要な資源になっています。ニューヨークや上海、ハンブルクなど多くの都市で、水辺が一番人が集まる場所になってきていますし、そこを結ぶ水上交通が発展してきています。世界の大都市は近年、水辺の都市空間を評価してきています。
日本でも江戸時代はいかがわしいものも含めて、水辺に活気がありました。文学や浮世絵、音楽など、文化の基層にありました。そしてそれは、明治維新で終わったわけでは全然ないんですね。動力船が出てきて、速さも、規模も、どんどん便利になって、水運がさらに活発になっていきました。
関東大震災の前に当時の東京市が船の交通量調査をした史料も残っていて、船の往来が活発だったことがわかっています。魚河岸は震災後に移転が決まりましたが、(1935年に)築地に完全に移るまでは日本橋にあり、船で魚をどんどん運んでいました。他にも、水辺には時代を象徴するような建築も多くありました。
ーー東京では現在、日常的な交通手段として船を使うという選択肢はなかなか出てきません。
交通量の多さで知られていた東京の舟運でしたが、戦後、徐々に失われていってしまいます。60年代には工業化で水が汚れ、堤防が築かれて船がつける場所がなくなり、輸送の手段が陸に変わっていきました。長い舟運の歴史がここでいったん、途絶えてしまいました。残ったのは観光客を対象にした非日常的なものになってしまったわけです。
その後世界的には80年代ごろから、ウォーターフロントの整備が活発になってきました。東京にはお台場の臨海副都心という野心的なビジョンがありました。ところがバブルが崩壊し、世界都市博覧会の中止もあって、それ以来大きなビジョンというものを示さなくなってしまいました。代わりに臨海部には高層マンションが多く立ち並ぶことになりました。
世界ではこの間、水上交通に再び注目が集まりましたが、日本では「空白の30年」とでも言うべき時間が過ぎてしまいました。東京の開発の重点は臨海部から内陸へ、例えば六本木や渋谷などにシフトしていきました。水辺にはずっと関心を持ってこれまで見てきましたが、なかなか大きな動きがないですね。
ーーニューヨークなどでは船が通勤の手段として活用されるようになり、東京でも船を使った通勤の社会実験が行われるなどしています。水辺をどのように活用したら良いのでしょうか。
世界の事例を見てみると、使われなくなったコンテナ埠頭の倉庫などを利用して、アート空間やレストラン、商業施設にするというものもありますが、それだけでなくオフィスや住宅もあるということが大事です。この(遊・職・住の)3つが同居して都市作りが進められると良いのですが、これがなかなか難しいですよね。
もう一つ、これは特にヨーロッパで顕著ですが、都市の中心部ではできるだけ車の通行を制限して、歩行者にやさしい街づくりを進めています。その際に自転車を活用しようとしているわけですね。自転車と船というのは相性がすごく良くて、そのまま持ち込んで船に乗ることもできます。
都市部だけでなく、日本は島が多いですから、離島観光に船と自転車を組み合わせて活用するということも最近はありますよね。環境にも優しいですし、良い流れだと思っています。
ーー日本で船の通勤利用など水上交通を活性化させるにはどのような課題がありますか。
課題はいくつもあります。そもそも陸の交通と水の交通を結ぼうという前提がなかったので、多くの船着き場は電車の駅の近くにありません。料金体系やチケットの共通化など、乗り継ぎを便利にすることも大事です。そもそも、船が係留できるところ、乗り降りできる場所も少なすぎます。
当然ですが天気が悪い日もあります。気持ちの面でもゆとりが必要で、それは都市に対する考え方の転換をも促すことになるでしょう。
利用する側の心持ち、気持ちの面でもこれまでとは違ったものが必要なのではないでしょうか。毎日ではなくても、余裕のあるとき、例えば時間に余裕のある帰宅時などに水辺に来て船で移動するというのは、かけがえのない体験になります。リフレッシュもできますよね。
ーー今後、水辺の活用に向けてどういった視点が大事なのでしょうか。
グローバル化が進んだ競争社会で、効率や利益ばかりを追求する社会を作ってきてしまったということがあります。その一つの帰結として、新型コロナウイルスのパンデミックが生まれてしまったということも言われていて、それに対して大きな反省がいま起こっていますよね。競争やスピードだけでない、スローなものの良さということも最近言われるようになってきました。
水辺は誰もが自由に入れて、交流することができる共有地「コモンズ」です。水辺の空間が持つ公共性と非日常性、それらを併せ持って人々の活動を刺激するような交流の場を取り戻していくことがこれから大事です。
水上交通は自然環境に身を置き、うまくいかない時もあれば、スローな時もあります。競争だけではない、そんな雰囲気が都市のリズムを誘導するという面もあります。そういう未来の都市像がいま求められているのではないでしょうか。
おおらかな気持ちで、水辺というコモンズをみんなで大切にしていくという動きが、日本でもどんどん生まれてほしい。それがポストコロナの時代に、まさに一番重要なことだと考えています。(聞き手・目黒隆行)