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NYでは地下鉄よりフェリーがクール? エコで景色も楽しめると通勤に利用

World Now 更新日: 公開日:
NYCフェリーでマンハッタンの「東34丁目」からクイーンズの「ロングアイランドシティー」に向かう男女=3月18日午後4時半ごろ、米ニューヨーク市、増池宏子撮影

タイムズスクエアにブロードウェー、そして五番街……。まばゆい観光名所がひしめくニューヨーク市マンハッタン区の中央部は「ミッドタウン」と呼ばれる。

NY1_NYCフェリーの航路

その象徴ともいえるエンパイアステートビルから東へ20分ほど歩くと、そこはイースト川の岸辺、東34丁目の船着き場(❶)だ。

マンハッタンにある船着き場「東34丁目」に並ぶNYCフェリーの乗客ら=3月18日午後1時ごろ、米ニューヨーク市、増池宏子撮影

朝は通勤ラッシュ 犬や自転車も乗り込む

ニューヨークの朝は早い。午前6時を過ぎると道路や電車、地下鉄だけでなく、川も慌ただしさを増す。フェリーが着くたびに、乗り降りする大勢の人々が行き交っていた。

3月初旬。晴天の朝は0度近くまで冷え込み、川を渡る冷たい風に誰もがコートの前をしっかり合わせている。東34丁目の船着き場には通勤客だけでなく、小さな子どもの手を握った人、自転車やキックボードを押す人、犬を連れた人も並んでいた。

マンハッタンから対岸の自宅へ帰る人もいる。夜勤明けの看護師ケリーさんの乗船時間はわずか7分。「朝はいつもフェリー。速いし、何より気持ちが良くって」

常連乗客はスマホで切符を見せて乗船する=2023年3月9日、米ニューヨーク市、大牟田透撮影

ニューヨーク市は調査運航を経て、民間委託によるNYCフェリーの本格運航を2017年5月に始めた。最大の狙いは、鉄道や地下鉄の駅から遠い、川沿いの住宅地に新たな公共交通機関を提供することだ。

通年運航は当初の2航路から6航路に拡大し、2023年3月現在25の船着き場がある。2019年には過去最高の年間630万人を運んだ。

地下鉄と同額、年間600万人が利用

コロナ禍で2020年は340万人に落ち込んだものの、2022年には600万人を回復した。150人乗り23隻、350人乗り15隻の計38隻を保有し、おおむね午前6時から午後10時半まで運航している。

旅行客など1回限りの乗船券は4ドル(約540円)だが、10回券なら地下鉄やバスと同じ1回2.75ドル。低所得者や高齢者などはさらにその半額で乗れる。2022年からは自転車の持ち込みを無料にし、脱炭素社会の推進にも役立てようとしている。

ウォール街最寄りのフェリー乗り場にはシェア自転車が用意されている=2023年3月2日、米ニューヨーク市、大牟田透撮影

ニューヨーク市にある五つの区のうち、北米大陸と地続きなのは北のブロンクスだけだ。マンハッタン、クイーンズ、ブルックリン、スタテン島は川で隔てられている。NYCフェリーはこの5区すべてで運航している。

世界金融の中心ウォール街に最寄りのピア11(❷)からイースト川をさかのぼる航路は、変化に富む眺望が楽しい。出発して間もなく全米最古のつり橋の一つブルックリンブリッジ、続いて地下鉄も通るマンハッタンブリッジをくぐる。

イースト川のブルックリン橋をくぐるNYCフェリー=3月17日午後5時ごろ、米ニューヨーク市、増池宏子撮影

ミッドタウンが近づくにつれ、両岸に高層ビルが増えていく。エンパイアステートビル(❸)のほか、国連本部やクライスラービル(❹)といったスカイラインが見どころだ。

凍えるような川風に吹かれてもマンハッタンの夜景に視線を向ける=2023年3月7日、米ニューヨーク市、大牟田透撮影

ミッドタウンを過ぎると、ルーズベルト島をすり抜け、最終目的地をめざす。クイーンズの住宅地アストリアや、市内最北端の区ブロンクスのスログスネックにある公園だ。

シャトルバスで駐車場と船着き場を結ぶ

アストリアでは地下鉄に乗るには30分に1本程度のバスを使わなければならず、マンハッタンに直結するフェリーは便利だ。スログスネックでは船着き場と駐車場を無料シャトルバスが往復し、自家用車との乗り継ぎの便を図っていた。

マンハッタンの西を流れるハドソン川にも航路がある。ミッドタウン西(西39丁目)からピア11を経て、スタテン島へ向かう。こちらはピア11までの夜景がお勧め。スタテン島とマンハッタンの間はNYCフェリーではないが無料の大型フェリーが24時間運航していて、自由の女神の正面を通る。

「ピストン輸送」の表現がぴったりなのは、東34丁目と対岸にあるイースト川航路終点ハンターズポイント南の間だろう。東34丁目を後ろ向きに離岸したフェリーは、船首の向きを変えると4分ほどで川を渡り、客が入れ替わるとすぐに戻ってくる。

乗船を待つ人たちに話を聴いてみた。

マンハッタンで働く免疫学者のウィリアムさんは、毎日通勤でフェリーを使う。「家も研究所も船着き場から歩いてすぐ。地下鉄だと遠回りになる上に混んでいる。便利で、しかも日常とちょっと離れる感じがいい」という。

冷たい川風でリフレッシュしながら、朝日で輝くマンハッタンへ通勤する=2023年3月9日、米ニューヨーク市、大牟田透撮影

レストランマネジャーのフランクさんは「自転車が好きなんだけど、地下鉄は階段ばかりで持ち込むのが大変。寒い12月~2月以外は、自宅から20分自転車に乗ってフェリーで通っている」と言って、自転車と一緒に乗り込んだ。

リハビリに通うため、週2回利用するというスティーブさんも「やっぱり地下鉄まで歩くのも、その階段も大変なんだ」とフェリーの便利さを強調した。

マンハッタンと西のニュージャージー州を隔てるハドソン川は川幅が広く、以前から民間のフェリーが日常の足として活躍してきた。これに対しイースト川など市内の川では橋やトンネルで車や地下鉄を使う市民が多く、民間フェリーは主に観光客向けだった。

定時運航は95%超え 災害対策としても

NYCフェリーは多額の補助金がつぎ込まれているものの、よほどの荒天でない限り95%以上が定時運航している実績もあって、船着き場近くの住民を引きつけた。今や、新しい航路が発表されると、近隣の多くの人が自分の生活に使えないか、ごく自然に考えるほどに浸透してきた。

「1台に1人しか乗っていないマイカー通勤なんて時代錯誤だ。公共交通機関にもっと予算を投じるべきだ」。フェリー通勤するウィリアムさんのように、自動車の乗り入れ規制などと並ぶ脱炭素社会の実現に向けた手段としての意味を見いだすニューヨーカーは少なくない。

NYCフェリーのデッキから朝日に輝くマンハッタンを眺める=2023年3月9日、米ニューヨーク市、大牟田透撮影

災害対策の意味合いもある。ニューヨークは2012年10月、超大型ハリケーン「サンディ」の直撃を受けた。地下鉄や自動車トンネルが水没するなど大きな被害を受けたことも、フェリー振興政策を後押ししている。共和党のマイケル・ブルームバーグ市長時代に動き出し、民主党のビル・デブラシオ氏、エリック・アダムス氏と、市長が代わっても引き継がれてきた。

アダムス現市長は2022年、「フェリー・フォワード・イニシアチブ」を掲げ、さらなる拡充を打ち出した。

朝の快速運転で乗客増を狙う

補助金批判を受けて、増収策にも力を入れる。1回券を値上げしたほか、2023年3月には、ブルックリン南部ベイリッジ(❺)とピア11などを結ぶ南ブルックリン航路で、朝の通勤時間帯に主要地だけに止まる快速運転の一部試験導入を発表した。通常四つ止まって約40分かかるベイリッジとピア11の間を、途中停泊地を一つに絞って21分に短縮するもので、市長自ら試乗し、様子を公開する熱の入れようだ。

ニュースを見たニューヨーカーがつぶやいた。「ベイリッジからピア11まで20分というのは速い! ネットで調べると地下鉄だと50分前後はかかるって出るぞ」

マンハッタンの船着き場「東34丁目」から対岸のクイーンズに向かうNYCフェリー。背後にはバンク・オブ・アメリカタワーやクライスラービルなど、ミッドタウンのオフィスビル群がそびえる=3月18日午後5時20分ごろ、米ニューヨーク市、増池宏子撮影