摘み取ってきたばかりの観賞用の草や実が、手洗い場を彩る。四つの個室の便器は、輝くようにきれいだ。便座も衛生的で、便座カバーは触れなくても、手の動きだけで取り換えられる。
昔のニューヨークの白黒写真が、壁を飾っている。気持ちを落ち着かせるクラシック音楽が、まるでホテル内のように流れている。寒い日には、暖房もある。ささいなことでも、急な助けが必要になったときでも、そばには専従の係員がいる。
駆け込みたいときに、これほどありがたい公衆トイレは、ニューヨーク市内のどこを探しても、他にはないだろう。マンハッタンのど真ん中にこのほど、五つ星級の無料トイレが登場した。
「とても洗練されている」とヨランダ・レイエス(53)は、驚いていた。市内のブルックリンから来た女性の清掃作業員。地下鉄を降りて立ち寄った。「本当に気持ちよかった」
マンハッタンのミッドタウンにあるグリーリー・スクエア・パーク(Greeley Square Park、以下GSP)。ブロードウェーの32丁目と33丁目にはさまれた小さな広場に、この公衆トイレは2年半ぶりにリオープンした。再建費用は約60万ドル。すぐ近くには大きな地下鉄の駅と、マンハッタンと隣のニュージャージー州とを結ぶパストレインの終着駅がある。
長時間の通勤や、大きなカップのコーヒーを飲んだ後で、落ち着いて用を足せる場所を見つけるのは、市内では容易なことではなかった。
地下鉄の駅のトイレ(そもそもあればのことだが)や、乗り換えをする主要駅のトイレは、暗くて汚く、長居は無用だ。便器は詰まり、トイレットペーパーやせっけんはすぐになくなる。そもそも、使う気にもならないようなところすらある。
そこに、救世主のように、新しいタイプの駅の公衆トイレができるようになった。
まず、西半球で最も列車の発着本数が多いマンハッタンのペンシルベニア駅。ここを拠点とするアムトラック(訳注=全米を結ぶ鉄道旅客輸送の公共企業体)が、くたびれ果てたトイレを改装した。
人造大理石の床。こぎれいなグレーの個室。手に反応して水やせっけんが出る手洗い場。男性トイレに並ぶ小便器は、メトロポリタン美術館や高級ホテルのマンダリンオリエンタルで使われているのと同じTOTO社製だ。
ハドソン川をはさんだ交通の管理・運営にあたるニューヨーク・ニュージャージー港湾公社は、空港や主要駅にある200ものトイレを全面的に改修している。利用の快適性を高める一環だ。
マンハッタンのポートオーソリティー(港湾局)バスターミナル。2階にある女性用トイレは、黒い花崗(かこう)岩でできたカウンターが目を引く。明るい照明に鏡。お化粧を整えるにはうってつけのところだ。係員がきちんと清掃し、近くにはおむつを替えるコーナーも設けられている。
マンハッタンの隣接区クイーンズにあるジャマイカ駅。ここからケネディ国際空港に向かう高架鉄道エアトレインのエリアにある公衆トイレは、大幅に修復された。手洗い場の蛇口はステンレス製。栓は飛行機の形をしており、翼の部分をひねって開閉する。摩天楼の壁画も新鮮だ。
「トイレは魅力的でなくてもいいなんて理由は、どこにもない」とポートオーソリティー幹部のリック・コットンはいう。「それどころか、利用客の関心事項の1位になることが、よくある」
だから、トイレの掃除にも、もっと力を入れ始めた。利用者の感想をフィードバックする方法も整えた。
こうしたトイレの改善にかかる費用は1億1800万ドルを超える。その20%はポートオーソリティーが直接負担し、残りは施設の運用を委託されている民間企業が担う。
一方で、ニューヨーク市の公衆トイレ事情が、まだ満足いく状況とはほど遠いのも確かだ。
乱雑に広がる市内の地下鉄網には、気持ちのよいトイレがあまりに少ない。ニューヨーク・タイムズ紙が2019年にざっと調べたところ、472駅のうち使えるトイレがあったのは51駅にすぎなかった。中には、吐き気を催すようなトイレすらいくつかあった。
地下鉄などを運営するニューヨーク都市圏交通公社(MTA)の広報担当によると、すべてのトイレは毎日清掃されている。それだけではない。二十数駅では最近、トイレをすみずみまで清掃した。延び延びになっていた修理も実施し、トイレットペーパーホルダーや液体せっけんの容器が壊されないよう、これまでより頑丈なものに取り換えた。
そんなところに登場したのが、GSPのトイレだ。これで、駅の公衆トイレの水準が、一気に引き上げられた。
外観は、森の緑を思い起こさせる。一歩入ると、中は明るく、150平方フィート(約14平方メートル)の床面積にしては意外に広い。四つの個室は、いずれも男女の区別がない。横長の共用手洗い場には、蛇口が二つ。天窓もあり、近くのビルなどからのぞかれないように、すりガラスが使われている。
入れ替え式の便座カバーや、季節を伝える観賞用の草などの飾り、クラシック音楽には、お手本がある。近くの公園ブライアント・パークにある公衆トイレだ。この世界の「ティファニー」と長らくたたえられてきた。
GSPのトイレはお手本よりも小さいが、建設にかかった費用は倍以上もする。下を走る二つの鉄道路線の上に適切に建てる必要があった。配管や電気系統も複雑で、舗装された歩道の上という立地条件も影響した。
「企業のトップだろうが、ホームレスだろうが、私たちは誰にでもサービスを提供する」。この二つの公衆トイレを管理する34丁目共同経営会社の社長で、ブライアント・パーク・コーポレーション(訳注=同公園を運営する非営利団体)の専務でもあるダン・ビーダーマンは語る。「いろいろな人がふれあう公共の場なのだから」
GSPの公衆トイレは、週末も含めて毎日利用でき、常に係員が配置されている。年間運営費24万5千ドルは、34丁目共同経営会社が負担する。
「とても助かるよ」と話すのは、ある朝、ここに駆け込んできたフィリップ・バローゾ。食べ物の配達をしており、係員に電動自転車の見張りを頼んで個室に消えた。普通なら、配達中は我慢するが、ここだけは別だ。
この公衆トイレが最初にできたのは、1999年だった。GSPはテーブルやイスがある人気スポットで、公園にはその名が由来する著名な新聞編集者ホレス・グリーリーの像も立っている。
できたときは、市内では初めての有料公衆トイレの一つだった。スウェーデン製の設備一式を備えていたものの、あまりに最新すぎて、詳しい使用方法を7カ国語で説明することにしたほどだった。
床そのものが入れ替わり、自浄機能が付いていた。しかし、しばしば使用禁止になった。ちょっとした故障でも、部品をスウェーデンから取り寄せねばならなかった。
「床そのものが回転するんだ。でも、複雑すぎてやっかいだった」と先のビーダーマンは振り返る。「結局は、『自動化された公衆トイレ』というアイデアを断念することになった」
2010年までに、通常規格の設備を使った無料の公衆トイレに変わった。それでも、問題は生じた。金属製の壁が薄すぎ、配管が凍って破損し、内部が水浸しになった。麻薬の常習者が長時間こもるようにもなり、過剰摂取で死者が出ると、17年に閉鎖された。
駅で靴磨きをしているジョセフ・ロドリゲス(51)は、再開を待ち焦がれていた。
「オレにはここが必要なんだ。みんなだってそうだ」。マクドナルドのトイレを使うためだけにフライドポテトを買っていたロドリゲスは、ぼやいた。「この街には、本当に公衆トイレが足らないよ」
なるべく公衆トイレは使わないようにしてきた不動産会社役員のジョー・ディー(68)でさえも、このトイレには感動した。
市内で育ったが、地下鉄の駅のトイレはいつも怖かった。汚くて、よそ者で満員だったからだ。
しかし、年とともに、トイレの回数も増えた。
「ここは、きれいだ」とディーは喜ぶ。「気に入った。年配者としては、とくにね」(抄訳)
(Winnie Hu)©2020 The New York Times
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